子攫い女
第8話 街はキケンがいっぱい!?
冒険を始めたハルトの目下の目標はまず隣町へと行くことであった。しかし道中からすでに多数の問題に出くわしていた。
まずあまりにも人の目を引きすぎる。この姿の人間が彼女しかいないということもあって目立たないはずがなかった。それに伴い昨日以上に子供たちが自分に近寄ろうとしてくる。幸いにも聴覚のおかげで接近をすぐに感知でき、接触される前に回避することは可能であった。
だが子供たち以上の問題はそれは自分に詰め寄ろうとする上流階級の人間たちであった。この街では狐は上流階級の人間たちの遊び道具も同然の存在である。その狐の耳と尻尾を持った少女など彼らにとっては世にも珍しい存在、傍に置けばそれだけで周囲から一目置かれることは間違いなかった。
ハルトは鬱陶しさを感じずにはいられなかった。はじめは遊び感覚で付き合っていたものの、何度も話しかけられるうちに見え透いた下心にうんざりしてきた。
「お嬢さん。こんなところで一人で何をしているのかな?」
また一人、上流階級と思わしきふくよかな男がハルトに声をかけてきた。このときすでにハルトは匂いで相手を区別できるようになっていた。上流階級からはループスとどこか同じ匂いがしたのだ。
「何?」
ハルトは不機嫌な様子を隠しもせずに応対した。眉間に皺を寄せて耳を伏せ、尻尾をブンブンと上下に叩きつけるように振り回す。
「おぉ……やはり素晴らしい耳と尻尾だ」
案の定であった。男はハルトを人間の格好をした狐だと認識していた。男の態度から自分を篭絡しようとしていることを察したハルトは右腰のホルスターに引っ掛けられた銃に手をまわした。ここからの反応次第では銃口を向けることも辞さないつもりだった。
「どうだね。おじさんの家でお茶でもいかがかな?」
「結構です。今日そうやって何度も誘われたけどそういうことには興味ないから」
「ふぅん。釣れないねぇ」
男はやけにあっさりと引き下がった。その場を後にしたものの、ハルトはこれで終わるはずがないことを見越していた。
ハルトは警戒心を強めて足を早めた。背後からあの男の足音が聞こえてくる。彼がこちらを尾行していることはわざわざ振り返らずとも明白であった。
この街の表通りに自分が安心できる場所はない。そう確信したハルトはあえて路地裏へと入り込んだ。人目のつかない裏道は表よりも危険が増えることは重々承知であった。だがここなら堂々と銃を撃てるというメリットもあった。
路地裏に身を隠してもなおあの男の足音はこちらを追ってくる。ハルトは銃を取り出すとその銃身を二つに折り、弾薬を一つ装填した。魔法を封じた弾ではない、威嚇と牽制のためにと用意した音と煙を放つ空砲だ。
「いけないよお嬢ちゃん。大人のいうことを断るなんて」
ハルトの姿を見つけた男がゆっくりと手を伸ばしながら彼女へと近づいてきた。これが支配者階級の横暴かと呆れつつもハルトはゴーグルで目を覆うと銃の引き金に手をかけ、その銃口を男へと向けた。
「それ以上近づいたらこれを撃つぞ。当たっても命の保証なんてできないからな」
銃を向けたハルトは近づこうとする男に接近をやめるように警告した。しかし初めて銃を目にするであろう男はその意味を理解できずに冗談と受け取って歩む足を止めようとしなかった。こうなっては是非もない。
ハルトは一瞬銃口を頭上まで上げると躊躇なく引き金を引いた。空砲は強烈な炸裂音を放ち、同時に銃口から煙を噴き上げた。初めて受けた空砲に男は驚き、思わず足を止めて耳を塞いだ。その隙にハルトは全速力で男の脇を通り抜けて逃亡した。
これでは上流階級にケンカを売ったとみなされても仕方がない。しかしこのまま捕まって手籠めにされるよりはよほどマシであった。ハルトは逃げ足を緩めず、街の外れの道まで駆け抜けた。彼女が駆け抜けた後には銃口から漏れ出る煙が尾を引いていた。
「ハァ……ハァ……思ってたよりしつこい奴だったな」
音で誰も追ってきていないことを認識したハルトはゆっくり足を緩めて地べたに腰を下ろして胡坐をかいた。
まさか初日からこんな目に合うとは思いもよらなかった。これも自分が狐だからか、少女だからか、あるいはその両方か。
そんなことを考えながらハルトは銃を折り、空っぽになった弾を抜き取った。
幸いにもハルトは隣町までの道順は知っていた。それに従って行けば日が暮れるまでにはたどり着けるだろう。
時間にはまだいくらか余裕があった。朝からいろいろと巻き込まれて疲れていたハルトは小休止を挟もうと試みた。
「いたぞ!あの狐だ!」
しかしそうはさせてくれなかった。ついさっき撒いたはずの上流階級の人間たちがわざわざハルトを捕まえようと追いかけてきたのだ。しかも今度は丁寧に狐狩りのための猟犬まで連れてきていた。生身の人間なら簡単に振り切れるハルトも犬が相手では分が悪いことは本能的に理解できた。もうこの時点で逃げるという選択肢はない。
「わざわざ犬までけしかけてくるとかお構いなしかよ」
悪態をつきながらハルトは銃に次の弾を込めた。今度は空砲ではなく、強烈なエネルギーを込めた魔弾であった。無論直撃させるつもりはなかった。
ハルトはゴーグルを装着し、胡坐を解いて立ち上がるとその銃口を再び上へと向けた。
「あれはなんだ?」
「気にするな。デカい音を出すだけの玩具だ」
追手たちはハルトの身柄を確保すべく我先にと距離を詰めようとしてきた。
そのうちの一人が空砲を経験してしまったが故に警戒心をさらに薄めている。やはり実力行使に出るしかない。私腹を肥やすことに必死になる上流階級の人間を軽蔑しながらハルトは耳を伏せて再び引き金を引いた。
弾から魔法が解き放たれ、周囲を白一色に染め上げるほどの強烈な閃光とすさまじい衝撃がハルトを中心とする周囲一帯に押し寄せた。
衝撃は一瞬で拡散し、周囲に生えた雑草を吹き飛ばして塵を巻き上げて頭上を流れていた雲に穴をあけた。
「ッ!?」
追手たちはハルトの頭上に放たれたそれを見て絶句し、腰を抜かして放心した。聞いていた話とまったく違っていたからである。猟犬たちも光と衝撃の威力を目の当たりにしてすっかり戦意を喪失している。
「お前たちが欲しいのは俺の身体か?それとも自分の命か?」
ハルトはそう言いながら銃から弾を排出し、すぐに次の弾を込めるとその銃口を追手たちへと向けた。もし前者を選ぶようなら今度こそ標的へと撃つつもりだった
彼女に選択を迫られ、本能的に命を危険を感じ取った追手たちはハルトに背を向け、蜘蛛の子を散らすように街へと逃げ帰っていった。
「懲りねえ奴らだなぁ……弾だってタダじゃないっつーの……」
追手を返り討ちにしたハルトは銃から弾を抜き、今度こそ小休止へと入るのであった。
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