ケモミミTS魔法少女は何を見る~俺は天才だ!~【カクヨム版】

火蛍

ケモミミTS魔法少女

第1話 ケモミミTS魔法少女誕生

 少年は神童であった。

 魔法の才覚に溢れ、非凡なまでの力を見せた。勉学も常人と同じ程度の努力で常人のそれをはるかに超える成績を出した。

 からくりや機械にも興味を示し、設計図を見ればその機構を理解することができた。十歳を迎えたころには独力で簡素な機構を設計開発することもできるようになっていた。

 

 少年は周囲から羨望と嫉妬を集めた。

 彼は魔法使いの誰もが認めるほどの天才でありながら、何の由緒もない庶民から輩出された。その独自の出自が庶民からは羨望を集め、逆に上流階級出身の由緒正しき血筋を持つ魔法使いたちからは嫉妬を集めた。  


 そして、少年は自らに向けられた嫉妬によって人生の歯車を大きく狂わされようとしていた……



 朝の七時、とある魔法学校の学生寮の一室にて少年は起床と同時に違和感を覚えた。

 目を覚まし、身体を起こすと視点が普段より低い。寝間着もブカブカに感じられた。それに加えて音が普段とは違う場所から聞こえているように感じられた。


 「俺はどうなっちまったんだ……?」


 独り言を零した瞬間、少年は己の身に起きた違和感が本物であることを確信した。


 「声が変わってる!?」


 少年だったそれは元々の声を完全に失い、新たに得た声は幼い少女のものとなっていた。

 もしやと思い、ベッドから抜け出てずり下がったズボンと下着を前に引っ張って己の股を確かめると、そこには十五年の人生を共にしてきたモノの存在がきれいさっぱり消えていた。


 「俺、女になってる!?」


 そう、少年は少女になっていたのであった。


 「ッ!?耳がない!?」

 

 少女は音の聞こえ方の違和感の正体にも気がついた。耳がこれまであった場所に無い。音が聞こえている気がする頭頂部に手を回すと毛に覆われた柔らかいものが付いているのがわかりった。しっかりと触れられた感覚があり、それが自分の耳であるということが理解できた。

 さらには腰にはこれまで存在しなかった謎の重さを感じた。少女は己の腰に手をまわし、重さの正体を掴んで前方へと引っ張って視認すると同時に衝撃を受けた。


 「尻尾も生えてる!?」


 自分の尾てい骨があった場所からは白い長毛が生えた大きく長い尻尾が伸びていたのだ。尻尾を先端から根元まで目で追うとそれは間違いなく自分の腰から伸びている。自分の意思で自由に動かすこともでき、さらに引っ張れば根本に確かな痛みも感じた。それは自らに起きた変化が決して妄想やまやかしなどではなく正真正銘の本物であることの証明だった。


 少女は自身に起きた変容のすべてを確かめるべく恐る恐る鏡を覗き見た。するとそこには昨夜までの姿はなく、まったく面影のない見慣れぬ少女の姿があった。

 推定百四十センチほどでラインの起伏に乏しい華奢な身体、真っ白な髪と頭頂部にピョコンと伸びた大きな耳、暗めの黄色に変色して縦に裂けるように伸びた瞳、そして腰から伸びたフリフリと揺れる大きく長い尻尾。ついさっきは気づかなかったが尻尾の毛は先端が黒くなっている。

 

 「狐……?」


 少女についた耳と尻尾は狐の外見的特徴と酷似していた。狐は学校の周辺地域では上流階級の人間による狩りの標的にされている動物であった。

 この学校に在籍する生徒や教師はその大半が上流階級の出身である。もしこの姿が狐狩りを想起させようものなら……それを思い出した少女は動揺が止まらなくなった。


 少女はとにかくその耳と尻尾を隠そうと試みた。しかし帽子を被っても耳はそれを押し上げて浮かせてしまう。それに加えて帽子を深く押し込むと今度は音が聞こえない。尻尾を隠そうとしてもズボンが不自然に膨れ上がって不自然かつ不格好な上に不快な圧迫感を覚えた。

 数十分の悪戦苦闘の末、どうあがいても隠し切れないことを悟った少女は隠すことをあきらめた。

 

 気が付けば時刻は午前八時、学校の食堂が開く時間になっていた。

 基本的に朝の食堂は遠方からきた寮暮らしの学生が利用するための者である。しかしその利用者の大半は遠方から入学してきた上流階級、もしくは中流階級の学生であり、それが少女に食堂の利用を躊躇わせた。

 

 だが飢えを防ぐためにも背に腹は代えられない。少女は外出のために少年であった時に着用していたブカブカの学生服に着替えた。

 食堂を利用するためには注文が必要であり、それをするためには相手の姿が見えることが大前提である。極力姿は見せたくないと思っていたがどうしても仕方がなかった。


 「クソッ、なんで俺がこんな目に……」


 少女は悪態をつきながら己の正体を悟られないように音を殺してこっそりと部屋を抜け出し、食堂へと向かったのであった。

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