死人に口なし、猫にも口なし

櫻庭雪夏

目覚め

 ある日の昼、正午を過ぎた頃。

 民家の縁側ですやすやと眠る一匹の猫が、目を覚ました。

 キャラメルのような、薄い茶色の毛。この、広くて立派な日本家屋で、高齢の飼い主の女性と一緒に暮らしている。

 日当たりの良い縁側も、その横の長い廊下も、広い和室も、大きな庭も、全て彼の遊び場なのだ。

 縁側に手足を伸ばして横たわっているその猫は、降り注ぐ暖かい春の日差しを独り占めしながら、伸びをする。クシャッとなったその顔は、寝起きの人間さながらだ。

 猫は起き上がり、ふと、後ろの障子の方を振り返る。同時に、首元の小さな金色の鈴が、チリンと音を立てた。

 長い廊下に鈴の音がこだまし、静けさがやってくる。穏やかで平和な日常の風景。のはずだが、猫は襖の向こうをじっと見つめたまま、しばらく動かない。

 ふと、部屋の中から、ガサガサと音がする。

 誰かいる。それは、毎日餌をくれる人間ではない。誰か、自分の知らない人間だ。そして、音がする部屋の中では、何かが起きているのだ、と。

 猫の本能は、そう告げていた。

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