日本核武装論
現在のウクライナ問題は、西側諸国の論理をロシアに押しつけるだけでは解決しないだろう。ロシアの侵略行為が道義上許されないものだとしても、ロシア側の言い分に耳を傾ける必要はある。ロシアが核兵器の使用に踏み切る可能性がある以上、そうせざるを得ない。一見それはロシアの威圧外交に屈することのように見えるが、ロシアから見れば、NATOの拡大は自国の安全を、さらに言うならば帝国ロシア復活を阻む脅威なのである。ロシア側の要求を全面的に受け入れることは出来ないとしても、対立する両陣営の主張の妥協点を探っていく必要はあろう。現状、ウクライナをロシアとNATOの間の緩衝地帯として残すことが、ヨーロッパの平和を保つ現実的な方策に見える。前章で述べたとおり、急速な国土の拡大はいずれどこかの時点で収束に転じる。国家の帝国主義化は権力者の誇大妄想に始まる。ならば、その周辺にいる人々や国はそれを妄想の中に封じ込めてしまう方策を立てるべきであろう。間違っても、帝国主義を正当化するような口実を与えてはならない。この場合、ウクライナをNATOに加盟させることは西側諸国にとっては正しい行いでも、ロシアにとってはウクライナを侵略する口実となるのである。実際にロシアはNATO拡大を阻止するために武力行使に踏み切ったわけで、たとえその論法が間違っているとしても、大義名分があれば戦争は始められるのだ。
将来的にロシアとNATOがどこに妥協点を見いだすかは分からない。だが、ロシアとてNATOとの全面的な対立を望んでいるわけではない。その落としどころを探る中で鍵となるのが両陣営のパワーバランスである。軍事・経済両面においてロシアにはNATOに対抗できるほどの力はない。しかし、ロシアには核兵器という強力な切り札がある。勿論、NATO加盟国の中には核保有国も含まれるので、紛争の決着は最終的には武力ではなく話し合いでつけることになる。これが核抑止力である。ウクライナ問題において核抑止力が効かないのは、戦略核の使用も辞さぬロシアに対し、NATOにはこれに応じる構えがないためである。ウクライナの帰属に関する両陣営の覚悟の差は明らかで、NATOの弱腰を見透かした上でロシアは侵略行為を続けているのだ。
さて、これと同じ視座で極東アジアを眺めると、日本が現在のウクライナと同じ状況に置かれることは十分に想定される。帝国主義的色彩を強める中国なりロシアなりが我が国の領土を侵したとき、日米安全保障条約はどれほどの効力を発揮するであろうか。勿論、同盟国としてアメリカは軍事的に日本を支援するだろう。しかし、侵略国が日本に対して戦略核を使用した場合、アメリカが核攻撃でこれに応じるとは考えられない。そんなことをすれば、アメリカ自体が核攻撃の対象となり、全面的な核戦争へと発展するおそれがあるからだ。日本がアメリカの核の傘の下にあるというのは単なる幻想でしかない。実際に核を使用しうるという前提がなければ、核抑止力は機能しないからだ。そうなると、当然日本も核武装すべきだという議論が出てくる。識者の中には、日本が核武装することによって極東アジアの情勢は安定すると唱える者もいる。今後日本が国家として存立していく上で、この見地からの議論を避けることは出来ない。
しかし、その一方で、日本は世界唯一の被爆国であり、戦後平和憲法を維持してきた国でもある。核兵器の不拡散を世界に訴えていくべき立場にある国である。核の廃絶を訴えつつ、紛争の当事国とならぬための外交努力をすべきだという議論も、当然なされねばならない。例えばこの問題を個人の問題に置き換えてみると、アメリカは銃社会であるが故に銃を用いた凶悪犯罪が頻発する。一方、日本は銃の所持が規制されているため、悲惨な凶悪犯罪が起きにくい社会の仕組みが出来上がっている。国家が核兵器を所有することは個人が銃を持つことに似ている。どの国もが核兵器を持てるとしたら、どこかでそれを使用する国が現れるだろう。銃の場合、犠牲になるのは比較的少ない数の人々ですむが、核兵器を使用した場合、核戦争に発展する可能性は否定できず、核兵器応酬の連鎖が始まれば、人類は滅びの道を歩むことになろう。より高い視点から見れば、日本は核兵器の開発などすべきではないという議論になる。
国家の核武装は無視できぬ問題ではあるが、考えてみれば子供の喧嘩と同じ幼稚な議論である。核の廃絶を訴えていく方がよほど難しい課題だ。究極的には、人類がそれほど高尚な種族になれるかどうかという問題に行き着く。世界の指導者たる者の中に人の命を奪うことを躊躇わぬ人間がいるという現実を前になお、人類は次なる段階へ進むことが出来るのだろうか。
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