11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方 しい

第1話 紫影と咲紅

 十一月十一日、聖堂に集められた生徒たちは螺旋状に中心を取り囲み、まだかまだかと神贄祭を待ちわびている。

 神贄祭とは、高等部二年に属する生徒の中から十一人が選ばれ、白蛇へと捧げる贄を選出する祭りだ。

 十一という数字は特別なもので、信仰する白蛇の瞳が十一に見えるので縁起の良い数字となる。二十二、三十三も同様だ。

「神からの御神託が降りました。贄候補の子たちよ、心して聞くがよい。贄に選ばれるのは大変名誉なことで、神の御加護と寵を受け、輝かしい未来が待ちかまえている。世界中の人々から慕われ愛され、素晴らしい日々を過ごすだろう。また、十一人の中から稀に巫覡ふげきが選出され、さらなる繁栄が期待できるだろう」

 折りたたまれた和紙が広げられていく。

 高等部一年の咲紅さくは選ばれはしないが、二年の十一月十一日には自分の番が来る可能性がある。

 逃れられない運命を受け入れる者、望む者、嫌だと訴える者と様々だが、後者は口に出すことすら許されない。懲罰房行きであれば軽いものの、いつの間にか学園からいなくなっている者もいる。

 十一名に選ばれた生徒は立ち上がり、軽く会釈をする。

 聖堂の真ん中に出た生徒は、後に蛇の紋様のある首飾りが授与され、宿舎から出る以外はつけなければならない決まりとなっていた。制服も一新し、襟元や袖の縁は金で彩られ、胸元にも金で蛇が描かれた白の制服を渡される。

「贄に選ばれた者は、別館の宿舎へ速やかに引っ越しをし、そちらで授業を受けるように」

「いいよなあ……先輩方。授業は全部カメラを通して部屋で受けられるんだぜ」

「贄生は毎月儀式やるんでしょ? どんな内容だろ?」

「さあな。そもそも贄様に選ばれたら住む世界が違うし、基本的に接触不可能だからなあ」

 潜めた声が耳に入ると、気づかぬうちに目に力がこもっていた。

 贄となれば崇められる対象となる。だが願い下げだった。言わば得体の知れない神への供物だ。呼び名ですら不快で首筋をかきむしりたくなる。

「十一人は、誇りを持って残り少ない時間を過ごすがよい。それと、新しく警備課に配属された隊長を紹介する」

 紫影しえいと呼ばれた男が中央に現れたとき、聖堂内がどよめいた。

 憎たらしいくらいに出来上がった身体と顔。鼻筋が通り、感情の読めない黒い瞳は何百とある視線を浴びせられても、いっさい揺らぐことはなかった。

 左手には隊長の証である腕章がつけられていて、蛇の紋様がある。贄に選ばれた生徒が羽織るブレザーと同じ印だ。

 警備課──この学園の治安と秩序を守る集団であり、主に贄が慎ましく過ごせるよう徹底した管理を任されている。

「さっちゃん、前の隊長はどうしたのかな?」

 横でこっそり聞いてきたのは、初等部一年から一緒である千歳だ。

 日本人形のような儚さのある、線の細い少年だ。

 千歳とは小学一年からの幼なじみで、同じクラスになることも多かった。趣味も違うのになぜか気が合い、よく一緒にいる。

「さあ。入れ替わりはそこそこあるだろうし、別に珍しくないだろ」

「そうだけど……ねえ、紫影隊長がこっち見てる」

「え?」

 両手の指を交差させ、千歳はうっとりとした顔で彼を見つめている。

 中央と一年がいる場所は距離があるため、千歳の言う「こっち見てる」は誰にでも当てはまるだろう。当然、咲紅にも当てはまる。

──なんだ……?

 背中が暑くなり、拒絶したいのに無理やりこじ開けられた不快感が襲う。目を逸らしたいのに逸らせない。

 蛇に睨まれた蛙にはなりたくはないと、咲紅は必死で睨み返した。

「あいつっ…………」

 こちらを見て、笑った気がした。小馬鹿にしたような笑みだ。

 負けたくはないと直視するも、子供戯言だと言いたげに紫影が先に視線を外す。

 受け取ったマイクで何か話しているが、咲紅の耳には届かない。

 頬の熱さも震える拳も、きっと馬鹿にされたからに違いない。

 もうこちらを見ることはなくなり、さらに苛立ちが募った。




──無慈悲な運命がふたりを包み、邪淫の牢獄をこじ開ける。

──審判者と生贄の壮絶な愛の物語。



 幽閉された牢獄の中では、定かではないが誰もが羨望の眼差しを向ける類い希な知恵と経験を授かれるという。

 なぜ他人ごとなのかは、羨望の眼差しとやらを向けられたことがないからだ。ここに住まう生徒は大抵、保育部の頃から高くそびえ立つ白い塀の中に入れられ、外の人間には会ったことがない。

 咲紅は初等部一年からだが、理由は本人も分かっていなかった。おそらく家の事情だろうと思っているが、高等部二年に上がった今も、事情とやらは把握していない。

 厳しい掟があり、抜け出した者、または抜け出そうとした者は重罪だ。ひっそりといなくなる生徒もいて、あとはどうなったか誰も知らない。

 本日は特別授業だと、真っ白な白衣を着た生活指導課の教師がやってきた。警備課は二十二人と人数が決まっているが、生活指導課には制限がない。

「あなた方は白蛇様の聖なる御加護を受けた、寵児なのです。寵愛を受けた者は神へお返しをしなくてはなりません。本日はお返しの方法を学ぶ授業をします」

 ホワイトボードに貼られたパネルに、顔から火が出るほど燃え上がった。

 生まれたままの姿の男児があまりにリアルで、左へ進むたびに大人の男性へと変貌していく。

 丸みを帯びた身体が筋肉質になり、角張った魅力的な筋肉と骨格だ。すらりと伸びた足には質感のある袋と立派に育った肉棒があり、目が離せなかった。

 教卓にあるのは、男性性器を象ったグロテスクな型と、受け入れるものは柔らかそうなシリコンタイプの下腹部。

──あんなグロテスクなもの……見たことがない……。

 筋がくっきりと浮かび、張りの出た先端は外側へ広がっている。

 恐怖を感じた咲紅は、両足を閉じて心痛に耐えた。

 むずむずするような、虫が這う感覚に襲われ、額には大粒の汗が浮かび上がる。

 白衣を着た教師は何か言っているが、まったく耳に入ってこない。穴があったら埋めて土をかけてほしいし、何も聞こえないよう耳を削ぎ落としてほしい。

 はやし立てる者や下劣な笑いを投げる者に、保険医は容赦なく罰を与えていく。

「どうしました?」

 勢いよく立ち上がったせいで、後ろの机に当たり、盛大な音を立ててしまった。

「腹が痛いんで保健室に行ってきます」

 腹痛を訴えるわりにはしっかりと明瞭で滑舌ある言葉を口にし、咲紅は全力で教室を後にした。


 勢い任せに出たのはいいが、特にどこかへ行こうとしたわけではなく、段々と走るスピードを落としていく。

 曲がり角で大柄な男とぶつかり、咲紅はよろめき壁に頭をぶつけた。

「──っ…………」

「なんだ、お前か」

「根岸……!」

 体育教師である根岸は、咲紅の宿敵だ。

 ことあるごとに目の敵にし、他の生徒は許しても咲紅だけはあきらかに厳しい罰を与える。高等部に入ってから今も続いていた。

 蛇のように狙っては外さない目で見下ろしてくるので、咲紅も絶対に負けていられなかった。

「まだ授業中のはずだ。お前はなぜここにいる?」

「腹が痛いんで、保健室に行ってきます。保健の先生にも許可済みです」

「ほーう……」

 頭の先から足までねっとりと視線で舐め回される。

 気持ち悪いと吐き出したいが、目上の人間に対する態度をだしにされ、徹底的な罰が待ち受けているだろう。

 根岸は咲紅の左手を捻るように掴んだ。

 爪が食い込んで痛みがあったが、さも平気だと意地が勝つ。

「保健教師が授業中であると、今は誰もいないだろう」

「代わりの先生がいるはずです。保健の先生はひとりじゃないですから」

「今は出払っている。俺がついていってやろう」

 根岸の太い手が肩に置かれ、ぐっと寄せられた。

 汗の匂いが不愉快で顔をしかめるがまったく気づいておらず、手は二の腕、背中、臀部の上をかき回す。

「やっ……めろよ!」

「教師に対してなんだその口の聞き方は」

「アンタが変な触り方をするからだろ!」

「本当に腹が痛いのか? まさか仮病ではあるまいな?」

 天井を見上げれば防犯カメラは死角となっていて、絶対にわざとだと心の中で悪態をつく。

 手が臀部に触れた瞬間、全身漆黒に包まれた男が現れた。

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