第6話 敵の名はアボー 牧場を救え
牧場を狙う傭兵達を撃退した一行…
「二人共意気込んでるところ悪いけど無茶も良いとこよ…」
「ミレアちゃん?」
「今回のは今までの盗賊とは訳が違うわ。傭兵達やその雇い主をただ倒せば良いって訳じゃないのよ」
そう…問題はいくつもある。
一つ目に傭兵達の雇い主はより強力な護衛がついている、もしくは自分が住む場所の警備が厳重等の可能性がありそもそも三人では肝心の雇い主にたどり着けるのかと言う点。
二つ目はもし雇い主を倒すような事が出来ても、こちらの思うようにいかない可能性が高い事。殺せば当然こちらが指名手配される可能性がある上に、殺さずに牧場を諦める約束をしてもそれを破る可能性が高い点。
仮に三人がいる間はおとなしくしても、いずれはスイギュー町も出ていってしまうのだから、その後に今回のように傭兵達に襲われたら今度こそ牧場を奪われてしまうだろう。
それどころか自分が襲われた事を良い事に町の警備隊に捕まえさせようとしたり、雇い主の人脈によっては後日もっと人員を増やして確実に三人全員を殺しにかかる事だって考えられる。勝ったところでそいつを抑えれる可能性が低いのである。
三つ目の問題、それはそもそも町に味方がいないかもしれない点。この町の警備隊や権力者が全て相手側の味方なら、傭兵達に襲わせて牧場を奪おうとした事や仮に弱みを掴めてそれらをばらすと脅しても効果はない。
もしそうじゃない人間が居ても、相手の味方が多ければその分うやむやにされてしまう可能性が高い事は変わりない。正当性を見せてもそれを周りが味方しなければ意味がない。
最低でもこれぐらいの問題はミレア達にも想像がついた。
「つまり、勝てるかどうかも分からない上に、勝ったとしてもそれで解決できるか分からないって事?」
「そうよ…、さっきは昼の件もあってつい傭兵達から助けたけどこれ以上関わったら…。はっきり言って牧場を売り渡してしまう方がそこの二人にとっても安全よ…」
「確かに…そうよね…」
弱々しい声であった。母親はミレアの言ってる事が取るべき行動、いやもっと早い段階でそうするべき事だったと後悔していた。
「お母さん!そんな事する必要…!警備隊に頼めばいいじゃない!襲われた証拠もあるし、襲ってきた本人達がここにいるんだから!」
少女はそんな母とは反対に牧場を渡すことには断固拒否である。
少女にとって亡き祖父、母や父、数えきれない思い出が詰まった牧場と店を嫌な大人達に理不尽に盗られることが何よりも我慢ならなかった。
母親もそんな娘の気持ちに答えたい気持ちは一杯だが…。
「無理よ…」
母親は知っている。
こいつらを雇っているのは、この町で今一番の力を持つアボーと言う人物である。
アボーは商人として有名な他、傭兵・盗賊・犯罪者とのつながり等黒い噂も絶えない男だった。彼は過去に何度か町の大きな事件に関与している容疑もかけられ、逮捕寸前とまで言われることもあった。だが結局一度もそれらの容疑で捕まる事はなかった。
町の大人達は知っている。警備隊はアボーの味方なのだと。結局裏では繋がっているからいくら訴えても意味がないのだ。この町にはアボーに対抗する勢力もない。この町はアボーが牛耳っていると言って良い…
それなのに彼女達は反発してしまった。売買の話を夫は最初に強く断っていたが結果として大怪我を負ってしまい、それがあってからも断り続けてついにこんな事になってしまった。
「確かにとんでもない相手だね…」
「ええ、こんなの相手にするべきじゃないわ…」
少女や母親、ミレアも暗い表情である。
「…出来るのか?」
ミレアはその言葉に顔を上げた。
「…それで妹は助けられるのか?」
「!!」
「ムスビちゃん…」
「…ここでこんな小物を見て見ぬふりしか出来ない人間が、それ以上の悪党相手に何が出来るんだ?」
「ッ!!」
「…確かにこの牧場や店を手放す事はこの後そこの家族達で決めるべきだとは思う。こいつら以外にもここを欲しがる奴はいるかもしれないから」
「…だがそれはそれとして、俺はアボーを片付けてからこの町を出たい。それが今の俺達にとって寄り道であってもいい。だがそれがいつかきっと大事なことに繋がる」
「うん、私もそうしたい!目の前で見ちゃったからほっとけないもん!」
「…そして牛乳の恨みはセブンス家を倒す為の練習台にして晴らす」
「それ根に持ってたのね…」
「…」
「でもそうね…やってやりましょう!」
この旅は長くは続けられない。続くとしてもこんな奴らを相手にする機会なんてまずない。何も経験せずにセブンス家に挑むか、色々と足りないかもしれないがここで絶好の機会を経験しておくか、ミレアは後者を選んだ。
「うん!やろう!みんなで!」
「ま、待って!なんの事情かは知らないけどあなた達がそんな事しなくたって…」
「…頼まれなくても、止められてもやる。もう決めた事」
「それによく考えたら、こいつら倒した時点で面倒なのは変わりないわ。しつこそうな奴らだし」
「でも何で私達の為にここまで…」
「…お前らの為だけじゃない。それに助けたいから助けるだけ」
「そう…」
「…それにまた食べたいし」ボソッ
「え?」
「で、どうするの?まさか正面から突っ込むわけないでしょ?」
そして夜中…
「まだか、いい加減眠たくなってきたぞ」
小太りの男性改めアボーは黒スーツ達の帰りを待っているがちっともその気配がなかった。
アボーは自分の住む屋敷の門を二階のバルコニーから覗いていた。そして一度屋敷の中へ戻ろうとしたその時…
『ガガガッ……』
門が開いていた。門の辺りに人影は一つ。よく見るとそれは黒スーツの男だった。
「ちっ、あの野郎。また時間かけやがって。………?他の傭兵はどうしたんだ?」
アボーが疑問に思っていると黒スーツは地面に倒れ込み動かなかった。
「な、何だ?」
アボーは困惑しながらも護衛の二人に様子を見に行かせた。そして護衛が戻ってきたら…
「アボー様こちらを!」
一枚の紙が黒スーツに貼り付けられていた。
アボー様へ
拝啓
見ての通り二人を襲った傭兵と黒スーツの両足を折ってそちらにお返ししました。襲ってきた事は治療費をそっちが負担してくれるならチャラにします。
牧場はあなたには売らないし渡さないらしいので諦めてください。そして二度と牧場の方々へ関わらないでください。そうしてくれたらこっちもそちらに手出しはしません。
もし受け入れてくれるなら三十分後にまた傭兵達を連れて来るので、上記の内容を誓ったあなたのサインと印鑑付きの誓約書を用意して門を開けて待っていて下さい。
敬具
「何だこのふざけた内容は!」
「ですが門で倒れているところを確認したらその紙と本当に両足を折られた者が門の外にも複数名…」
「ぬぅ、となると手紙の内容も本当と言う事か(しかしどういう事だ。三十人近くはいたのにそれを全員とは…)」
「一体何者でしょう?傭兵を撃退したようですがやり方からして貴族や軍隊でもなさそうですし」
(確かに手紙で交渉をする事はあっても明らかにこれは喧嘩を売っているかただのバカか…)
「………。ただのバカならこの手紙通り本当に受け取りに来るはず、そこをお前達全員で捕まえるか殺せ(もっともそんな事はさすがにないだろうが…)」
三十分後…
「嘘だろ…本当に来やがった…」
これには隠れて待ち構えていた護衛達もビックリだった。手紙を送ってきたであろう人物が手押し車に傭兵達を乗せて本当に来るのだから。
「ふふふ、力関係もろくに理解してない大馬鹿者め…!死ね…!」
そして門を開けて近くにいる護衛が手に持った手紙を入ってきた者へ渡した。
渡された手紙をその場で確認…
内容は白紙だった。そして手紙を開けたその時に隠れた護衛全員が一気にその者を突き刺していった。
「ハハハ!本物のバカめ!調子に乗るからこんな最期になる!」
「全くどうなるかと思ったが今日もうまい酒が飲めそうだ!ガハハハハ!」
アボーは上機嫌に笑っている…
だが一方、下の様子は…
「な、これは!」「一体どういう事だ!」
護衛全員で少年を刺したはずだった。だが刺さっていたのは少年が着ていた黒のローブだけだった。
「い、いや上を見ろ!!」「何!?」
ムスビは護衛達の上空に飛んでいた。
「ふん、バカめ串刺しにしてやる!」「落ちていては躱すことは出来まい!」
皆落ちてくるムスビに狙いを定めている。そこへ…
「吹きすさべ烈風よ!」
呪文の詠唱に護衛達が気づく頃には遅かった。既に全員が宙を舞って、屋敷の方面へ吹き飛ばされていった。
ミレアは傭兵達の山の中から出て最大出力の風魔法を使ったのだ。
護衛は地面に叩きつけられたり、噴水に沈んだり、茂みまで吹っ飛ばされたりで皆すぐには起き上がれなかった。六人の護衛は館近くに落ちるだけだったが一人だけ館のバルコニーへ吹っ飛ぶ者がいた。
「な!?貴様こっちに来るなぁぁぁ!」
『ゴーン!!』
アボーの叫びむなしくムスビの頭突きがクリーンヒットし、アボーはその場に倒れ込んでしまった。
周りに居る三人の護衛は最初驚きこそしたがすぐさまムスビに向かっていった。が…
(…思った程強くないな)
ムスビの素早さに護衛達は翻弄されてしまい、三人共バルコニーから突き落とされてしまった。
(…さてこいつを連れて例のを探すか)
アボーを引きずりながらムスビは館の中を進みだした。
「ハァ…ハァ…(今何人か落ちてきたわね…。ムスビの言ってた通りに出来るかしら…)」
「ミレアちゃん肩貸すね」
護衛達が起きない内にミレアを連れて敷地の外まで逃げるのだった。
時は少し遡りムスビ達がまだ牧場に居た頃…
「ぐ、ぐおぉぉぉ!くそっ!あのガキ共ふざけた真似しやがって!」
風魔法をくらってしばらくして何人かの傭兵が起き上がった。
「な、何ですって~!!?正面から突っ込むって言うの!?あなた正気!?」
外に居る傭兵達にも聞こえるぐらいミレアの大声は響いた。
「…ああ、もっとも正面からと言っても、今外で起きた奴らも使わせてもらうから作戦なしではない」
その言葉に傭兵達が悪寒を感じた時には遅かった。
ムスビは外に飛び出し、傭兵一人一人の足をへし折った後、頭を殴り気絶させていった…
「ちょ、ムスビちゃん!ひどい人達だけど何もそこまでしなくても…」
皆がムスビの行動に驚きつつ少しひいていた。
「…安心しろ、何も無駄にこんな事はしない」
「人質にして牧場を諦めさせる事も多分出来ないのにどうするって言うの?」
「…こいつらはカモフラージュに使う。後は逃げ出されたら面倒だから先にやっておいた。」
「カモフラージュ?」
「…そう、これからあの黒スーツに手紙を持たせた状態でそいつの館まで連れていく」
手紙と言うのに一同はどういう事か分からない様子であったが、ムスビは机を借りて手紙を書きそれを皆に見せた。
「…こんな手紙送ったらどうなると思う?」
「多分こんな事を書いても聞くような相手じゃないし、最初の内容からして敵を煽っちゃうんじゃないかしら…」
「…そう。当然こんなもので「はい、分かりました」なんて返事はまず返ってこない。…だが最後に書いた再び来るってチャンスは逃さないだろう。それも本当に足を折られた奴らを一回目、二回目の時どっちも用意して、俺が来るのを見たら、アボーは『傭兵達をなんの方法かは分からないが退けただけで調子に乗っているガキが馬鹿みたいな交渉本当に出来ると信じて来た』と思うはずだ」
「でも手紙の内容信じるかな?」
「…少なくとも三十分間隔開けた程度なら本当に来るか待つはずだ。正体の分からない邪魔者を消す絶好の機会はアボーにとっても逃したくないだろうから」
「でもそれでどうするって言うの?わざわざ来る事を知らせて、待ち伏せされでもしたら…」
「…その待ち伏せが狙いだ」
「どういう事?」
「…ミレア、お前の風魔法はアボーにはバレていない。敵が飛び出して来たらそいつらを一気に風魔法で吹き飛ばしてくれ」
「で、でも私、風魔法をさっき使ってバレてるんじゃ…」
「…いや、家の中でのびてる奴らは俺が倒した奴らにはミレアの魔法はバレてない。そいつらを一回目に送る」
「で、でもそれじゃ二人共危ないよ。敵もムスビちゃんの他にミレアちゃんも一緒に居るのを見たら、魔法を使う前にミレアちゃんだって狙われて…」
「…傭兵達を使う。傭兵を手押し車で運んで、その傭兵達に紛れてしまえば誰もミレアには気付かない。手紙には傭兵達を届けると書いたからその行動自体も『手紙の内容が本当だった』で処理される、むしろ俺の動きに皆注目するはず」
「上手くいくかな?」
「…敵が阿呆なら多分上手く行く」
「確かに敵への作戦は分かったけど、アボーとはどう決着をつけるの?」
「…逮捕できそうな証拠を何とか見つけるしかない。戦いに勝ったら俺はアボーを隣町まで連れていく。そこで事情と犯罪の証拠を提示してアボーを逮捕してもらって終わる」
「でもそんなに上手く行くのかしら…」
「…運が良ければ上手く行く」
「ま、待ってよ。私は何をすれば良いの?証拠探しをこっそりやれば良いの?」
「そう言えば…」
「…ミサキ。お前は危ないから魔法を使った後のミレアを連れて館を離れてくれ」
「そ、そんなひどいよムスビちゃん。私これじゃ何にも役に立ててないよ」
「…焦る必要はない。それにミレアは魔法を使ったら多分一人で逃げられなくなる。一緒に逃げるのもちゃんとした役割だ」
「う、うん…」
「…」
それからしばらくして三人はアボーの居る館へ向かうのだった。
(…ちょっと珍しく喋りすぎたかな)
ムスビはさっき作戦の事で喋りすぎた事を思い出し少し恥ずかしがっていた。
こうして作戦も成功して館内を探索するムスビだったが…
(…どうにかここまでは成功…いや、風魔法で一気にアボーの所まで来れたから大成功か…)
暗い廊下を進みながら一部屋一部屋見ているがどこにも目当てのものは見つからないまま二階は見終わった。
ムスビは一階に降りて、幾つかの部屋を見たが何も無いまま進んでしまっている。
そして玄関前に辿り着いた時にドアが大きく開き外の護衛達が中へ入ってきたのだった。
「貴様…!今度は逃がさんぞ!」「アボー様を離してもらう!」護衛は一斉に襲いかかるが…
バルコニーから落ちた時や風魔法をくらって落下した時のダメージが皆残っており動きが少し鈍くなっていた。
ムスビは護衛達の急所に攻撃して全員撃破したが相当苦戦してしまった。鎧があるせいで頭を狙わないと相手に有効打を与えられなかったのである。
ムスビは倒した護衛達が目覚めない内に一応用意していた縄で倒した八人全員を縛った。
後残っているのは一階のもう半分だけ…
まだ見てない方を探索に行こうとした所…
『コツ…コツ…』
誰かの足音が聞こえる。足音は段々と近くなって来ている。
『ビュンッ!』
「!」
ムスビはサッと頭を下げ、飛んできたナイフを避けた。
「おいおい、今の避けんのかよ。ちっ面倒なの来やがったな…」
暗い廊下から一人の男の声が響いてくる。
「小僧、大したもんだな。アボーの旦那お抱えの護衛達を皆倒しちまって」
そう言って出てきたのは身なりが少しボロボロの柄の悪そうな男性だった。
(…強いなこいつ。と言うか勝てるか分からないな)
「だがここまでだ。こっちから先には行かせないのが今の俺の仕事なんでな」
(…奴の先に多分ヤバい物がゴロゴロあるな多分、それにもしかしたら…)
「小僧、今そこの玄関から出るなら見逃してやっても良いが…どうする?」
男は剣をムスビに向け問うが…
「…冗談じゃない。今ここで逃げる為に背中を見せる方がよっぽど最悪だ」
「そうかい…なら!」
男は物凄い勢いでムスビとの差を詰めた。
「死になぁ!」
男はムスビに剣を斬り下ろしたが…
『ダッ!ゴロゴロ…』
ムスビは横に転がるように避け、護衛の盾を拾い一つ男に投げつけた。だが…
「盾をありがとよ」
投げた盾は男にキャッチされた。
「こっちもプレゼントしてやるぜ!」
そう言って男は盾をムスビの方まで飛ばした。ムスビは左側から飛んできた盾を避けきれず後ろの甲冑まで吹き飛んでしまった。
「ガハハハ!どうした!俺のお返しのプレゼント余程効いたか?」
一方館から少し離れた所では…
「ハァ…ハァ…」
「ミレアちゃん大丈夫?」
「だ、大丈夫よ…」
「なら良いんだけど…。それにしてもムスビちゃん大丈夫かな?」
ワンッ
アズキはのんきそうに二人を見つめていた。
「ここで心配したってしょうがないわ…それにあいつはそんな簡単には死なないわよ…」
「そうだね、ここで心配してても…。やっぱり私見に行くよ、ムスビちゃん無茶しちゃいそうだもん!」そう言ってミサキは館の方へ駆け出していった。
「ちょ、ちょっとミサキちゃん!?」
「ま、全く…思ったより皆自分勝手なんだから…」
そう言ってミレアも館の方へ戻って行くのだった。
ワンッ
アズキも二人についていった。
第六話 敵の名はアボー 牧場を救え 終
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