第17話⁂瞼の母⁂
すったもんだの末、本妻がとんでもない提案を出した。
「離婚はしない子供は、私が自分の子供として育てる」
本妻は憎き自分の大切な夫を奪った雪乃を恨んではいたが、それ以上に子供が欲しかった。
更には、狂気の沙汰とは思えない目に余る提案をして来た
「これからも愛人生活は続けて構わない。だが私は絶対に離婚する気はない。子供を日陰の身で育てるより、正式な夫婦の子供として育てた方が子供のためだ。もしこの要件を聞いてくれるなら、私から夫を奪った罰として慰謝料をふんだくってやるつもりだったが、そんな事はしない。そして雪乃が自立できる道しるべを作ってやる。料理の得意な雪乃に店を持たせてやると言う話だ。雪乃は女中としてよく働いてくれた。特に料理は群を抜いていた。若いのに、うどんも自分でこねて手作り麺で、うどんをよく作ってくれた。それはもう絶品だった。例え修業は積んで居なくとも小さい頃から米が不作でも、貧乏で食べる事にも事欠く中、土壌を選ばない、痩せた土地にも育つ雑穀の、ヒエ、アワ、キビを工夫して、料理を作っていたせいか、今までの女中の中で一番の料理上手。その腕は、そんじょそこらの食堂の店主どころの騒ぎではない。店の資金は出してやるから、子供から手を引け」
こんな事を言われて、ショックを通り越して卒倒しそうだが、よくよく考えると、貧乏人の私に夫を奪った責任を取って、高額の慰謝料をよこせと言われても『ない袖は振れぬ』という、ことわざ通り、仕送りに消えて手元には僅かばかりしか残っていない。
本妻の意向を吞むしかなくなった雪乃なのだ。
こうして初枝の夫、村上洋介は、4歳まで実母雪乃に育てられて何不自由なく育ち幸せ一杯だったが、ある日突然愛する母と無理矢理引き離されて、本妻の元で生活する羽目になった。
◆▽◆
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あの日の事は今も忘れない。
僕は、いつも本宅からやってまいりました。と言って父をどこかに連れていく意味不明のお手伝いさんの事は知っていた。
そんな意味の分からない事を言ってやってくる年配のお手伝いさんが、ある日僕を迎えにやって来た。
「お坊ちゃまのお父さんが別荘に連れて行ってやるから来なさいと、言っていらっしゃいます。どうしますかお坊ちゃま?」
「僕行くよ!別荘でよく魚釣りに連れて行って貰ってるんだ!」
こうして使いの車にお手伝いさんと乗り込み、父の元に向かったんだ。すると付いた先は立派な豪邸の前「場所が間違っているよ」いつもは駅前で待ち合わせしていたんだ。
そう訴えたにも拘らず、そこに怖い高級品に身を纏ったおばさんが立って居て、車から強引に引きずりおろされて、家の中に促された。
これが誘拐の一部始終。
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要は本妻さんが、洋介もよく知る年配のお手伝いさんを使って、洋介を家に強引に連れて来たという事なのだ。
その目的は、夫の最大の宝である子供を、どんな事をしても愛人の手から奪う為。
(夫は子供を産んでくれた雪乃に惹かれているが、それは貧精子症の自分が子供を持てる事など夢のまた夢。そんな夢を叶えてくれた唯一の女性だからだ。女性として魅力を感じたからではない。子供さえ私の元に奪えたら夫は離婚したいとは絶対に言わない筈。そしてまた私の元に戻ってくれるに決まっている、あんな素性の悪い学の無い娘なんかに、高貴な家柄のこの私が負けるわけが無い。その為には、子供を色んな手を使って何としても奪わないと。そしてまた昔のように、愛する夫とこの家で仲良く暮らしたい)
こうして最後の話し合いが、豪邸村上家で行われた。
実母雪乃は夫を奪った罪で、膨大な慰謝料を要求されたが、払える事が出来ず、止む無く子供を本妻さんに渡して引き下がる決意をした。
◆▽◆
あの日の別れは今でもはっきり覚えている。
洋介が寝た頃合いを見て実母雪乃は、涙にくれながら最後の別れを惜しんでいた。
その話し合いというのは、雪乃を打ちのめすものばかりだった。
致し方ないと言われればそれまでだが、婚姻関係にある本妻さんから夫を奪い、更には知らない内に夫の子供まで授かっていたともなれば致し方ないのだが、それでもあんまりだ。
雪乃が誘惑した訳でも無い。
運悪く建造の毒牙に掛かってしまっただけなのに、いつの世も最終的に泣くのは女性の方だ。
ましてや子供の気持ちが乱れるので、絶対に会いに来ないと言う念書まで書かされての別れとなってしまった。
これでは全く踏んだり蹴ったり、お腹を痛めて生んだ大切な命より大切な洋介に、絶対に会ってはいけないなんてあんまりだ。
身を引き裂かれる思いで泣き泣き身を引くしかなかった。
雪乃の涙の雫💧が頬に一滴二滴と垂れて、何か……身体を締め付けられる感覚。
更には声を詰まらせて泣く異様なおえつに、眠いながらも感じた何か?……良からぬ危機感。
「これは大変!」そんな危機感に苛まれながら、眠い目を両方の手の指でギュッとこじ開けた洋介。
すると、目の前にあんなにもいつも明るい、家族を太陽のように照らしてくれていた向日葵のような母が、洋介の顔をまじまじと見ながら、今まで一度たりとも見せた事の無いまるでこの世の終わりといった表情の母が、大粒の涙を拭おうともせずに、張り裂けんばかりの泣き声と辛そうな表情で、最後の別れを惜しみ洋介に抱き付いていた。
するとその時、爺やが強引に雪乃の身体を洋介から引き離し、車に押し込もうとしている。
洋介は母の温もりが離れてしまった瞬間、全てを感じ取った。
{これは今生の別れとなってしまうかもしれない?絶対に嫌だ!}
「ギャアアア————ッ!ワァワァ~~ン😭ワァワァ~~ン😭お母様ワァ~~~ン😭お母様」
最後の悪あがきで車にへばり付くも、無理矢理爺やに車から引き離されてしまった。
あんなに辛い別れは、生れてこの方一度たりとも味わった事が無かった。
愛する母は何処に………。
◆▽◆
月日は流れ————
大学生になった洋介は、実母雪乃が、東京日本橋に〔ごはん処🍢🍛雪乃〕を出して現在破竹の勢いで伸びているらしいと聞き付けた。
どうも20店舗以上もの店を、展開しているらしいという事を父親から聞いて知っていた。
別れて15年片時も忘れた事の無い愛する母。
どうしても会いたくなった洋介は家族に内緒でこっそり母の店〔ごはん処雪乃〕に向かった。
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