192:幼馴染の声
--------頑張ってくれたまえ。サトシ君。
中里さん。……いや、カナニ様。
俺は、今から頑張ってもまだ間に合いますか?もしかして、もう遅かったりしますか?
誰も居ない部屋の隅で膝を抱えながら、俺は心の中でカナニ様に尋ねてみる。もちろん、そんな問いに答えは返ってこない。そりゃあそうだ。カナニ様は、そもそも俺個人に期待してくれているワケではないのだから。
俺がイーサのお気に入りだから、頑張ってと言ってくれただけ。だって俺なんか、何の力も持ってないのだ。ホントは、誰も俺になんて期待しちゃいない。
そう、思考回路が不安に溺れそうになった時だ。意外にも俺の記憶は、俺の問いに応えてくれた。
--------もう遅いと言われたら、キミは頑張るのを止めるのか?
「……え?」
カナニ様から直接言われた事のない言葉だ。でも、その声はどこからどう聞いても中里さんのモノで。そこまで考えて、俺はハッとした。
あぁ、これはカナニ様の言葉じゃない。これは【自由冒険者ビット】で、同じく中里さんが演じていたマウントの台詞だ。
--------こんな事になって。今からがんばる意味なんてあるのかよ!
ずっと仲間だと信じていたゴックスの兄貴に裏切られ自棄を起こすビットに、マウントが言う。
--------もう遅いと言われたら、キミは頑張るのを止めるのか?なぁ、ビット。
キャラクター達は、いつだって俺達に正しい事を教えてくれていた。たくさん、たくさん。これからもずっと。
俺も誰かに伝えられる人になりたいと思ったから、声優になりたいと思ったんだ。
〇
「アイツ!どこに逃げやがった!」
「上からの通達で、アイツは絶対に逃がすなとの事だ!このまま逃げられでもしたら大事だぞ!」
「……」
ゲームではありがち。追っ手から逃げるってシチュエーション。まぁ、ゲームならさ?途中で何らかイベントが起こる筈なんだよ。
よくあるのは……そうだな。一度敵に見つかって戦闘になり、その後に敵兵の制服を奪って何食わぬ顔で行動する……ってのが定石かもしれない。
「監視カメラのリアルタイムデータをこっちに回せ!この砦にカメラの死角になるような場所は無い!」
「ったく、手間かけさせやがって。見つけたらタダじゃおかねぇ」
……戦闘?
いやいやいやいや!
無茶言うな!そんなの俺には無理だ!だって戦えねぇし!そもそも俺、喧嘩もした事ねぇのに!訓練だってイーサの部屋守でずっと免除されてたんだぞ!マジで無理だから!
「クソッ。だいたい何で牢が開いてるんだよ。あそこは将官以上しか開けられない筈なのに」
「なぁ、誰か裏切ってるんじゃないのか?」
「……滅多な事言うな。上に聞かれでもしたら虚言流布で懲戒モンだぞ。ひとまず、逃げたヤツを探そう。まずはこのフロアからだ。空いてる人員は例外なく招集しろ」
「そんなに人手が割けるかよ。まぁ、最後にアイツを見失ったのがこの辺だ。すぐ見つかるだろ」
扉の向こうから聞こえてくる声に、俺は心臓が飛び出すかと思った。ヤバイ。一つ一つ部屋を開けられたりしたら、確実にアウトだ。なにせ、俺は現在たまたま目に入った部屋の片隅で、丸くなって震えているだけなのだから。
「……情けねぇ」
そうは言っても本当に仕方がない。現実なんてこんなモンだ。アニメや漫画の主人公のように、急に覚醒して強くなったりはしないのだから。戦えない俺は、ただ敵が居なくなるのを震えて待つ事しか出来ないのだ。
「大丈夫だ。絶対に俺は見つからない。俺はちゃんと逃げ切って、エーイチも助け出して、エイダから情報も貰う。そして、イーサの所に帰る。だから、大丈夫。大丈夫だ……と、仲本聡志は自分に言い聞かせた」
俺は心臓が飛び出しそうな程の恐怖を少しでも落ち着かせる為、囁くような声でセルフナレーションをする。こういう時ほど、自分と距離を取った方がいい。俯瞰しろ。五感の全てを“恐怖”に持っていかれたら何も考えられなくなる。
しかし。そういうなけなしの努力を速攻で裏切ってくるのが“現実”だ。
「じゃあ、この部屋から行くか」
「!!??」
おいおいおいおいっ!さっそくかよ!?俺の必死の処世術を嘲うかのようだな!オイ!
外から聞こえてくる“この部屋”とは、どう考えても俺の今居る部屋だろう。なにせ、この付近に部屋と言えば此処しかなかった。
「……おれは、だいじょうぶ。ぜったいに、だいじょうぶ」
心臓がうるさい。俺、全然大丈夫なんかじゃない。
この部屋に、身を隠す場所なんて一切ないのだ。開けられたら最後。
見つかったら俺はどうなるんだろう。痛めつけられてまたあの牢屋に入れられるのだろうか。いや、俺は一度逃げているから今度はもっと厳重な場所に入れられるに違いない。そしてそのまま俺はリーガラントに連れて行かれて……。
そうなったらイーサはどうなる?
--------サトシー!
「っ!」
イーサの事を考えていたのに、何故か金弥の声が聞こえてきた。いや、イーサと金弥の声は同じだからイーサの声でもあるのだが。
だとすると、これはどっちの声だ?
最近、金弥とまったく会えていないせいで、ふと思い出す金弥の声質が”イーサ“になってしまっている。
「……なぁ、キン。お前って普段どんな声だったっけ?」
そう、一瞬だけ恐怖を忘れて呟いた時だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます