159:癇癪玉爆ぜる
「ならば、イーサがたくさん頑張ったら、サトシに頑張れって言えるようになるということか?そうすれば、サトシはイーサに頑張れって言って欲しくなるか?」
「は?なんだよ。それ」
「イーサがアイツらよりも頑張れば、サトシはイーサの“頑張れ”が欲しくなるか?」
ジッと、金色の目が俺を射抜くように見つめてくる。なんだ、イーサ。お前、俺に頑張れって言いたいが為に、頑張ろうとしてるのか。
なんだ、それ。
「ふふっ。イーサ。お前って、ホント変なヤツだな」
「サトシ。どうして急に笑う?イーサは変な事を言ったか?」
「いや、変じゃない。全然変じゃない」
俺はイーサの頭をポンポンと二、三度撫でてやると、内心まいったなぁと苦笑するしかなかった。俺が金弥と絶交だと言って口を利かなくなってから、金弥はもうバカの一つ覚えみたいに『頑張れ。サトシ』と言うようになった。
『中里さんの一回が、俺の何回分で追いつくか分からないから!俺、何回も言う!』
そんな事を言いながら。
「なぁ、そんなにイーサは、俺に頑張れって言いたいのか?」
「言いたい。サトシにイーサがやれるモノは全部イーサがやる。サトシが他のヤツから何かを貰うなんて嫌だ」
まるで、あの時の金弥の気持ちを代弁するようなイーサの言葉。それを、まさに金弥の声で言われるのだから、堪らない。
俺は他人に『頑張れ』を貰って必死に前へ進もうとしている。イーサは俺に『頑張れ』を与えながら、先に進もうとする。
「わかった」
俺は首元に、今や当たり前のようにあるネックレスに触れると、ずっと此方を見ていたカナニ様に視線を戻した。
「カナニ様。さっきの、やっぱりいいです。『頑張れ』はイーサがくれるそうなので」
「……そうか」
ほんとは、死ぬほど言ってもらいたい。あの時の無念をここで晴らしたい。
でも、もういい。分かった。だって、そんな金弥への張り合いは無意味だ。なにせ、俺の夢は金弥から奪われたんじゃない。
いつだって、俺から夢を奪えるのは、俺だけだ。こんな当たり前の事に、やっと俺は気付いた。
「あーぁ」
夢を諦めきれていないのだから。金弥に追いつく為に、これからはイーサに『頑張れ』と言ってもらおう。金弥の声で、頑張れと言って貰えた方が俺も背筋が伸びる。
「イーサ、腕痛いから」
「サトシ、がんばれ。何かを、がんばれ。イーサも頑張るから。がんばれ、がんばれ」
「分かった。じゃあ、お前も頑張れよ。イーサ」
「うん」
俺は腕を痛い程掴んでくるイーサに、少しだけ寄りかかった。あぁ、やっぱりイーサもキンもお日様の匂いがする。この匂いが、やっぱり俺は好きだった。
「なぁ、君。サトシ、と言ったか」
「え?」
すると、突然カナニ様が俺に声をかけてきた。先程よりも、どことなく声の調子が柔らかい。更に、俺達を見る目は懐かしいモノでも見るような表情を浮かべている。
「君、名前は?」
「さ、サトシです」
「では、サトシ」
「っ!」
これは、甘い調子の声を出す時の中里さんの声だ。色艶が凄い。そんな声で、たった今。俺は初めて“サトシ”と名前を呼ばれたのだ。その衝撃といったら!
「私はキミに頑張れとは言わない。ただ、私は君に対し、一つだけ頑張って欲しいと思う事がある」
「は、はい」
なんだ、コレ。カナニは男なのに、妙にドキドキしてしまうのは俺のせいじゃない。この、中里さんの声のせいだ。
「な、なんでしょうか。カナニさま」
そう、俺が寄りかかっていたイーサから離れてカナニ様の方へと吸い込まれるように向き直った時だ。既に目一杯力強く握りしめられていた腕に、更に大きな力が加わった。
「ちょっ、イーサ。いてぇよ!」
「……カナニ。お前、サトシに何を言う気だ」
「大した事ではありませんよ。彼にちょっとしたお願いがあるだけです」
「お前ら親子は面倒な事ばかり言うから嫌いだ」
「面倒な事を言うのが、私共宰相の務めですから」
「これは命令だ。カナニ。お前はこれ以上何も言うな」
「貴方様が戴冠式を終えるまで。私のこの身はヴィタリック王のモノです。その命令は聞きかねます」
先程まで感情にブレが見えていたカナニ様の表情が一気にスンとしたモノになる。その表情の作り方と喋り方は、確かにマティックの父親だと思わせる、圧倒的に腹黒い何かをハッキリと感じた。
「いーーーー!ならばっ!マティック!勅命だ!勅命を出せ!」
「では、正式に勅命を出す為に、城に戻って手続きをしなければなりませんね。最低半日はかかりますので、少々お待ちください」
「いーーーー!」
目の前で、イーサが腹黒宰相親子に弄ばれている。今や、完全にイーサの癇癪玉が爆発して、俺の横になっていた簡易ベッドでジタバタと暴れている。
まぁ、こんなイーサは見慣れているので、俺からすれば大した事はないのだが、シバとドージさんは若干引いている。
完全に「うわぁ」って感じだ。
まぁ、そりゃあそうだ。いくらイーサの精神年齢が低かろうと、見た目は完全な成人男性だ。
ベッドの上でのたうちまわる成人男性なんて、正直見ていられないだろう。
「では、サトシ。君に一つ頑張って欲しい事があるのだが、聞いて貰えるかな?」
「サトシっ!聞かなくていいからな!」
「なんですか。カナニ様」
「おいっ!サトシ!聞くなと言っているだろう!」
イーサの制止など俺は一切聞く耳を持たなかった。『頑張れ、サトシ君』は諦めたが、それでもこの声で『頑張って欲しい事があるんだ』なんて、痺れるような声色で言われて、無視する事なんて出来る筈もない。
「何でも言ってください、カナニ様。俺、きっと頑張ってみせます」
俺は、完全にイーサからカナニ様の方へと向き直ると、内容を聞く前から頑張る事を誓った。
「では、少し失礼」
そんな俺に、カナニ様は俺の耳元へとその口を寄せたかと思うと、その瞬間。俺の視界に、カナニ様の胸元から、キラリと光るモノが見えた。
それは、俺も良く知る“あの”ネックレスだった。そう思った瞬間、俺の耳元に涼し気な吐息がかかる。
「キミに、会って来て欲しい人物が居る。ソイツを、城まで連れて来て欲しい。出来るか、サトシ」
「は……はい。もちろん」
耳元で聞こえてくる甘みを帯びた品のある声に、俺は思考を停止して頷く。あぁ、この声に逆らえるワケないじゃないか。なんだか、頭がぼーっとする。
「そうか、頼まれてくれるか。それは助かった」
そして、スルリと俺の耳元から離れて行ったカナニ様の声に、俺が腹の底からシビれていると、まさかの不意打ちを食らってしまった。
「そうか、じゃあ。頑張ってくれたまえ。サトシ君」
「っ!」
あ、頑張れって言ってくれた。
そう、俺は目を見開いた瞬間。
俺の隣の癇癪玉が、今宵一番の爆ぜを見せたのだった。
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