154:一方その頃店の裏では



 マティックは目の前の光景に、完全に引いていた。




「うぅぅぅっ、なんだ!アイツら……なんで、ポチがあの時のことをぉっ!俺が言った台詞まで、全部知っていやがるっ!いやっ、もうそんな事ぁ、どうでもいいっ!ヴィタリックぅ……なんで逝った!おまえは、あのころも、いまも……いっつも言葉が足りねぇっ!」

「ヴィタリック。お前はいつも、俺を置いていって!あの時もそうだった。共に床についた筈だったのに、起きたら隣にお前は居ない……!いまも、こうして置いていかれてっ!お前が居なければ、俺は俺で、いられない……これから、お前の居ない人生をどう生きればいいんだっ」


 ジジィ共が人目を憚らずに泣いている。正直、見ていられない。視界の暴力だ。


「でもなぁっ!言葉は無くとも!お前はいっつもその目で語ってくれんだよなぁ!俺には分かるぜっ!ヴィタリック!お前がカナニを信じるように、お前を信じてるっ!これからもそうだった筈なのにっ!うぉぉぉぉっ!俺がっ!会いに行けばよかった!!」


 この酒場の店主。

彼は“鉄壁”、“剛腕”の指揮官として名高い、伝説の指揮官。カボス・ドージだ。その様子から察するに、先程サトシの話していた周囲を説得した若き指揮官とやらが、まさに彼なのだろうが。


「英雄も、今や見る影なしか。それに……」


 そう言ってチラともう片方の年寄りへと顔を向ける。


「俺は、お前が居たから自分を信じていられた……お前の宰相として恥じぬようにと。それだけを頼りに背筋を伸ばしてきた!俺はもとより国の事などどうでも良いのだっ!お前以外どうでもいいっ!愛しているんだっ!ヴィタリック!」


「きっついですねぇ」


マティックの父親。

幼い頃から見てきた父の姿と言えば、厳格で、巨木のように揺るがぬ精神力を持つ。文官であるにも関わらず一見すると屈強な兵士と見間違う程の、まさに父と言えば剛の者であった筈なのに。


「まったく、いつから王と“関係”を結んでいたのやら……げろ」


 共に床についた話など、欠片も聞きたくないのだが。マティックは父、カナニの涙を見ながらうすら寒い思いを一切隠す事はなかった。


「しかし、それにしても。サトシ……何故、彼がそんな事を」


--------あの、ヴィタリック王って、もう亡くなってますよね?


 そういえば、ナンス鉱山に向かう前夜。

サトシは既にヴィタリックの死を知っている様子だった。むしろ、死んでいない方がおかしい。そんな口調で語るサトシの声は、先程の酒場内で、歴史を語っていた時の彼の声と同じだった。


 そう、まるで客観的な歴史書でも読み上げるような。俯瞰して語るような口調。そんな他人事のような、語り部のような声で、彼はこの世界の事を雄弁に語ってみせる。


「サトシ、貴方は一体……」


「酒を飲みに来ると、やぐぞぐ……したじゃねぇかぁっ!」

「王位を次に渡したら、共に世界を旅しようと言ったではないかっ!」


「あぁぁっ!やかましいっ!いい加減に黙りなさい!そこの老害共!」


 マティックは普段なら絶対に口にしないような言葉遣いで、泣きわめく年寄り共を一蹴した。しかし、完全に自分達の世界に入り込んでしまっている年寄りに、マティックの声が届く事はない。


『ちょうじ!』


「今度は何ですか?」


 またしても、酒場の方からサトシの声で別の何かが語られ始めた。しかも、その声はハッキリと誰かを模しているのが分かる。正直、気付きたくはなかったが、サトシの声真似は本当に一芸秀でているせいで、すぐに分かってしまう。


 なにせ、その声は――


「っ!これは……」

「お前ぇのっ、声じゃねぇか。カナニ」

「あぁ、どうして私のこえが」


 マティックの父、カナニの声だった。


『クニ。お前と初めて会ったのはもう五十年以上前だ』

『クニ、私の人生を変えたのは。お前だよ』

『時に無邪気な子供のようであり、時に皆を導く父のようであり、そして、私にとってはかけがえのない友でもあった』

『クニ。お前は、俺の声の一部だったよ』


 まるでそれは、カナニがヴィタリックに向けたような弔辞だった。“クニ”というのが一体誰を指すのかは分からない。しかし、その中身は完全に、今のカナニを物語るソレと同じだ。

 故に、もうこの場所は完全に終わってしまった。


「あ゛ぁぁぁぁぁっ!」

「う゛おぉっぉぉっ!」


「今日は、もうダメですね。この場所を、建設的な話し合いの席に戻すのは……不可能だ」


 しかも、サトシが誰の者とも分からぬ“弔辞”を読んだりするものだから、完全に話し合いはパァになってしまった。時間もない中こうして、父と共に城を抜け出し城下まで来たというのに。


「責任は取ってもらわないとですね。サトシ」


 そう、マティックが腕を組んで椅子のせもたれに体重をかけた時だった。


「親父、ちょっといいか?入るぞ……って。はっ!?なんだこりゃ!」


 それまで一人で店を切り盛りしていたドージの息子。シバがひょこりと扉の向こうから現れた。


「なんだなんだァ。酒でも飲んでたのか?俺にだけ働かせといて」


そして、驚くほど泣き喚く年寄りの姿に目を剥いている。そんな姿に、マティックは何故かホッとした。この二人が、余りにも泣き喚くものだから、泣かない自分がおかしいのかと、少しばかり思ってしまっていたのだ。


「おい、親父。……親父!」

「っなんだ!?今大事な所なんだ!」

「何がどう大事なんだよ!いい加減仕事しろ!」

「無理だ!俺は……今日はもう、何も出来んっ!おまえが、ひとりでやれ!」

「なに腑抜けた事言ってやがんだ!殺すぞ……って、ちげぇ」


 こちらはこちらで、泣きわめく父親相手に息子が大変なおかんむりである。気持ちは分かる。マティックは苛立ったようなシバの表情に、完全に心を重ねた。


「なぁ、サトシが潰れちまった。もうアイツらもお開きにするみてぇだし、ちょっとコッチの部屋で休ませてやっていいか?」

「ポチが……?」

「あぁ、アイツの酔い方性質がワリィな。話しは聞いてて楽しかったが、感情のブレがデカすぎる。今ぶっ倒れたトコだ」

「……ベッドを用意しよう」

「そーしてくれ」


 言うだけ言うと、シバはすぐに部屋から出て行った。どうやら此処にサトシが来るらしい。


「ちょうど良かった。という事は、あの方も来ますね」


 意識はないというが、まぁ、丁度良い。


「公務も放り出してこんな酒場に来るとは……。あのバカ王子が」



 おっと、もう“王”だった。

 そう、マティックは冷めたように口にすると、泣きわめく老害達を横目に、新しい面子が揃うのを、今か今かと待ち構えたのであった。



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