第2章 〜疑念の天候〜
篇首:暗示
「
姉のその目はとても凛々しく、捉えられた私は目を逸らすことが出来なかった。それにあまりにも単純な質問だった為、当時の私は何か含みがあるのではないかと推測し言葉を詰まらせていた。
「どうして……」
「あぁ」
据えた目を一切に逸らすことなく私を見つめ続ける。正解があるのだろうか、 それとも単純に私の意志を確認したいのかどちらか分からず、私は妙な考えばかり
夏希姉さんが家に帰ってきたある日のこと、私はいつものように剣術の
確かその日はとても穏やかな気候だった為、夏希姉さんと共に庭で練習をしていたのだが、その練習終わりの出来事だった。姉から突然質問を受けたのだ。
──どうして強くなろうと思ったのか……?
夏希姉さんからその質問を受けたのは何もこの時が初めてではない。過去なんらかのタイミングで姉から尋ねられたことがある。
──ただ、その日は違っていた。
今までは『桜の姉』として私に問われていたものであったが、その日は一人の『戦士』として私に問われたもののように感じた。
──どうして強くなろうと思ったのか……?
姉には過去に伝えたことがある。「夏希姉さんに憧れ、私も夏希姉さんみたいに強くなりたい」とさながら姉妹の
それは決して嘘ではない、本心で夏希姉さんのようになりたい気持ちがあったから一生懸命になれたのであり、姉の機嫌を取ろうと意図したことなんて
それほど、当時の私にとって夏希姉さんは輝いて見えたのだから…
とはいえ、今考えてみれば私は見透かされていたのだろうと思う。半ば本心ではあるものの、もう一つの意図が見えてしまったのであろう…… それが剣を交えて姉に伝わってしまったのか、 あるいは最初から……
「……」
「──絆を、守りたいんだ」
その日、初めて私は口に出した。「絆を守りたい」と……
まだ誰にも打ち明けたとことの無かった思い。10代半ばの女が人を守りたいなどと、
恥ずかしさと言うよりも声に出すのがとても怖かった。ついに私はその「使命」から逃げることが出来なくなると恐れていたからだ。
まして皇族を守るという職務に就く夏希姉さんの前で上記を述べるのには大変躊躇した。夏希姉さんの高い志に対して私の思いなんて述べるに値しないだろう…… 愚かな考えなのかも知れないが、夏希姉さんの抱える使命に比べれば私はまだ逃げ道が残されている。
それを思うだけでも私は胸が苦しくなった。
人を守るなんて立派なことを述べたものの、その声はとても小さく、震えていた。どんなに意志が強くても水面に漣程度しか起こす事のない風にもかき消される程の弱い声であった。
ただ、姉の耳にはしっかりと届いたのか黙って首肯をしてくれた。
「……絆を?」
決して笑うことなく問い返す。半分は分かっていた、そしてもう半分は意外だった… と言いたげな
「うん……」
「そうか……」
私の言葉をどう感じているのだろうか……
ただ、再び訪れる静寂に耐えきれず私は俯いてしまった。自信の無さと、姉の使命に比べどれだけ小さいかを改めて思い知らされたからだと思う。この時ばかりはやはり言うべきではなかったと少しばかり後悔していた。
しかしながら下に俯く私とは逆に、夏希姉さんは
「桜…… 人を守ると言うことは、時に自分の意志すらも反しないといけない時がある。どんなに強い信念を内に秘めていてもだ……」
言葉の重みが違った。
私はただ、もっと強くなれとか、意識を高く持てとか…… そういった
──当たり前だそんな事は
その人の為に命を賭ける、その人の為に強くなる、その人の為に全てを捧げる……
……当たり前だ
目が覚めたようにはっとなり空を眺める夏希姉さんへと視線を向けた。
「意志……?」
「あぁ、人を守る上で最も大事なもの…… だが、時として自分自身の一番の敵となり得るものだ」
信念、意志…… 当時の私にはあまりにも
ただ、空を見つめ続ける夏希姉さんの表情は今でも鮮明に覚えている。どこか悲しげな顔をしており、今思えばこれから起きる自分達の運命を悟っていたのかもしれない……
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