第3話 箒の神さま
沼岡道路はふしじ沢と美津市を片道三車線の大きな道路だ。その右車線と左車線の間に桜雷神社はあった。大きな道路の車線の間に参道の通る少し変わった神社だ。
珠はその神社の埃っぽい廊下で、竹箒を握っていた。
「その箒は外の掃除をするためのものです。屋内の掃除にはこの畳帚のような、穂の素材が細くて柔らかい物の方が向いています」
そう言って小ぶりな箒を突き出してきた少女は、ハシルヒメでもカワタでもなかった。
「ハシルヒメにこの箒を渡されたんだけど。あなたはここの従業員?」
「ハシルヒメさまは掃除が苦手なので、道具の違いが分かってないのです。わたしはハバキ。箒の付喪神です」
ハバキと名乗った少女は藁のすね当てのようなものをつけている以外は、珠と同じ巫女装束を着ていた。明るい茶色の髪が後ろでまとめられていて、その先の房が背中辺りで綺麗に切りそろえられている。
「この神社は神様がそんなにたくさんいるの? ハシルヒメもカワタも神様なんでしょ?」
「カワタさま……カワタノイナリヒメさまは沼田神社の主祭神で桜雷神社には遊びに来ていただけだと思います。ここ桜雷神社はハシルヒメさまのみが祀られた、中規模な神社としては珍しい神社なのです」
「中規模ねぇ……」
本殿と祭殿に分かれていて、それぞれが平屋とはいえ普通の一軒家くらいの大きさはある。それとは別に社務所や屋根付きの舞台のようなものも確認できた。
珠からすればかなり立派な神社だ。そのぶん掃除をする場所も多いのだろう。
「えっと、ハバキだっけ? それじゃああなたも他の神社から遊びに来てるの? 神様なんでしょ?」
「付喪神はハシルヒメさまやカワタさまと比べたら妖怪みたいなものです。なのでハバキは神社などには祀られてはいません。たまたまこの神社でお世話になっています」
「人の世話できるような神様には見えなかったけど」
「ハバキの宿った箒を買った時点で、ハシルヒメさまはハバキのご主人なのです」
ハバキは手に持っていた小ぶりな箒を抱きしめた。
「よくわからないけど、それがあなたの本体ってこと? わたしが持ってる箒は?」
「それは……」
ハバキは手を伸ばし、珠の持っている箒を手に取った。
「外用箒と内用箒でセットの商品なので、二つ揃ってハバキです。テル金物という、ゴミ屋敷に片足突っ込んでいるお店にずっと置かれていたところを、ハシルヒメさまに買っていただきました」
「あ、わかった。ハシルヒメは付喪神のついた道具を集めてるんだ」
「いいえ。ずっと売れ残っていて格安だったので買ったそうです」
「えぇ……神様名乗ってるならもっとそれらしい理由あるでしょ。まぁいいや。わたしには関係ないし」
珠はハバキから小ぶりな箒を受け取った。
「わたしはハシルヒメの願いとやらを叶えて、さっさと自由になりたいの」
珠は後ろに下がりがなら箒で廊下を掃き始めた。
「あ、床を掃くときは前に進みながらやるようにしてください。掃くところを先に踏んでしまうと、埃が舞ってしまって綺麗に掃くことができなくなってしまいます」
「え? こ、こう?」
珠は体の向きを反転させて、一度掃いたら一歩進み、またもう一度掃いたら一歩進むというのを繰り返してみた。
するとハバキは眠る猫のような笑顔を見せた。
「そうですそうです。掃き終えたところに足を置くようにしてください。自分の歩ける場所を広げていくつもりで掃くのがコツです」
「ねぇ、思ったんだけど」
珠は箒をハバキへと突き出した。
「そんなに掃除に詳しいなら、ハバキが掃除をすればいいんじゃない? というかハバキがいるなら掃除屋なんて呼ぶ必要がなかったと思うんだけど」
「ハバキは道具なので、自分では動きません」
ハバキは珠の突き出した箒を受け取らず、逆に大ぶりな箒をそっと差し出した。
「さぁ、じゃんじゃん使ってください」
珠は差し出された箒をじっと見つめる。
「たしかにハバキが箒そのものなら、箒に向かって掃除しろって言ってるわたしがヤバい奴か。でも自動で掃除してくれる、優秀な円盤型の掃除機ってあるよね」
嬉しそうにしていたハバキの目元から、笑みが消えた。
「あいつはここにはいません。あいつを買えないケチなところが、ハシルヒメさまのいいところです」
「ごめん悪かったって」
珠の中でうっすら描いていた、ロボット掃除機と入れ替わりで立ち去るというプランは儚くも崩れ去った。
(次の日にはロボット掃除機が壊されてそう)
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