身代わり作戦

「噂通り、と申しますか豪胆な方でいらっしゃいますね」

「あぁ、普通ならば突然その国の王族に捕まって馬車に乗せられたら焦るものだと思うがな。ますます代役にふさわしい」

「はい、しかも計られましたよね」

「ん?何をだ」


 御者席から飛び降りて開いたドアから応じにはなしかけていたのは御者に扮して同行していた、王太子の側近ディモンド。そんな彼はとぼける王太子に苦笑した。


「孤児院の件でございます。もちろん世話になっている孤児院の再建をしたいのは事実でしょうが、彼女でしたら、王家が一つの孤児院の肩を持つわけにはいかないことぐらいご存知でしょう。それでもその条件を受け入れるかこちら側の本気度を探られたのでしょう」


 その言葉に王太子はニヤリと笑う。


「まあ、そうだな。だがとっさにそこまで考えつけるのも大したものだ。孤児院の件はどこの家がもっとも適任か少し考えることにする」

「かしこまりました。しかし孤児院の補助は今回の件が上手く言ったら、という条件では?」

「彼女が失敗すると思うか?」

「いえ、全く」


 二人はそう言って、彼女が消えていった建物の方を見て笑うのだった。




 一方シャーロットは初めて入る王城の豪華さと自分につけられた使用人の多さに流石に戦いていた。エルドランドの王都の北に位置するブランメリル城。城と名は付くもののこの王都が作られるのに合わせて作られたここは城、というより宮殿といった方がよく、建物もそびえ立つ、というよりかは横に広いようだ。そして彼女がイメージする城の建物以外にもいくつもの建物が敷地にあり、彼女が案内されたのもその一つで、何でも王族の生活スペースだという。


 おそらく自分についた使用人の中ではリーダー格に当たるであろう、やや年配の侍女に解説されながら、シャーロットは今の自分の状況をあらためて考え、嘆息した。


 建物に入るや大勢の使用人に囲まれた彼女は早速と言わんばかりに風呂に入れられ、髪を丁寧に溶かされたあと、今は末の姫のドレッシングルームだった、という部屋で、ドレスを選ばれている。なんでも公の場以外では王太子が保護した高貴な客人、という設定でシャーロット、として過ごして良いらしく、いまはとりあえずシャーロットの姿に合うドレスを選んでもらっている。


「本来ならきちんと身頃を測っていちから全て作るべきなのですがね。殿下は突然動かれますから。シャーロットお嬢様としての服も作って良い、とおっしゃってますので後ほど採寸いただきますが、とりあえずはブラニカ姫様のドレスが合うようで良かったですわ」


 そう言いつつ、侍女の一人が持ってきた淡い桃色のドレスをシャーロットに合わせていて一つ頷く。どうやらこれに決まったらしい。すると周りにいた侍女たちもこちらへきてドレスを着付けてくれる。


「お嬢様はこういった服は初めてでしょうからコルセットは緩めにしておきますね。今日は殿下以外の前へ出ることもありませんし。殿下ですか? 最低限の装いができていれば何もおっしゃられませんよ」


 侍女の言葉にもっときっちり装わなくて大丈夫なのか? と聞いたシャーロットに彼女は緩く微笑む。彼女を含め突然ここに連れてこられた彼女の境遇とこれからすることを知らされている使用人たちは皆拍子抜けする程好意的だった。もちろんそこには聞いていた以上に「お姫様らしい」シャーロットの振る舞いが、使用人たちを納得させていたというのもある。


 ドレスを着せたあと、髪やら、リボン位置やら、小物やらといろいろ調整していた彼女だったが、納得いく仕上がりになったのだろうポン、と手を一つ叩くと、シャーロットに微笑んだ。


「さぁ出来ましたよ。もうすっかり上流のお嬢様にしか見えません。殿下が今後のことで打ち合わせしたいとおっしゃってましたが今からでも問題ありませんか」

「えぇ,もちろんよ。ありがとうミスキャセル。こんな素敵なドレスを着たのは初めてだわ」

「喜んでいただけて嬉しいですわ。お嬢様は王家の都合で大変な苦労をされるのですから、楽しめるものは楽しまれませんと。では殿下に伝言をしてまいりますね」


 そう言うと彼女はシャーロットに礼をして部屋を出ていく。シャーロットに準備が出来たから殿下の元へ案内する、という知らせが来たのは割とすぐのことだった。




 案内されたのは、この広い王宮と比べると割合狭い客間だ。もっともシャーロットに取ってはこのぐらいの広さの方が落ち着く。先程少しだけ案内された、末姫の私室はあまりの広さにこれを自分が使うのか、と唖然としたほどだ。


 部屋に入ると、すぐに王太子もやってくる。シャーロットが立ち上がりゆっくりとそして深々と膝を折ると、彼はその姿をみて、ニコリと微笑む。


「皆、楽にして良いよ。シャーロットも随分様になっているね。そういうドレスの扱いは難しくないかい?」


 その言葉にゆっくりと姿勢を戻したシャーロットは軽い笑みを作る。


「ドレスのさばき方は先程教えていただきました。お見苦しくなければ幸いですが、いかがですか?」


 そう言ってやや上目遣いでこちらを見上げるシャーロットのそばにより自ら椅子へと案内して座らせると、


「いや、正直驚いている。きちんと装えば十分姫に見えると踏んでいたが想像以上だ」


 その手放しの賞賛に内心、恥ずかしくなってくるシャーロットだが、努めて作った笑みを維持する。そんなシャーロットを見て「さて」とつぶやいた王太子は彼もまた椅子に腰掛ける。


「この部屋は防音の魔法がかかっている。入れている使用人は皆事情を知っている上に信頼できるから、心置きなく話して構わない。そなたが辛ければ普段通りの口調でも構わないよ」

「いえ、このままで結構です。油断するといざというときにボロを出してしまいますわ」


 その回答に満足気に笑うと、王太子は話を続ける。


「良い心がけだ。まずはあらためて今回の件を了承してくれて感謝する。陛下も非常に安堵していた。ただ問題はこれからだ」

「第二王子がいらっしゃるまで時間がほとんどありませんよね」

「そう、理解が相変わらず早い。シャーロット嬢には今日から一週間で第二王子を迎える準備をしてもらわなければならない。とりあえず作法と礼儀のおさらいと、あとは最低限覚えて欲しい情報を頭に入れることに注力して欲しい。基本的にそなたの周りは事情を知るもので固めるから、末姫の好みやクセについてはそこまで配慮しなくて良い」

「わかりましたわ。でも、いくら初対面とはいえ、生粋の王族を騙せるでしょうか?」

「幸い向こうの第二王子はわりとそそっかしいらしいから、会う時間を短く絞ればなんとかなると踏んでいる。あと、秘密兵器を用意した」


 そう言うと、後ろに控えるディモンドに目で合図する。すると彼が大事そうに持っていたケースが開けられシャーロットの目の前に置かれる。その中身にシャーロットは飛び上がりそうになるのをかろじて抑えた。


「こ、これは?相当高価なものでは」


 そこに入っていたのは大粒のルビーが赤く光るネックレス。その輝きは宝石を間近で見たことのないシャーロットでも相当な価値を持っていることが分かった。


「まあ、そのとおりなのだが、これはただのルビーではない。ルビーに似た魔法石だ。そしてこの魔法石はだな……よしミスキャセル、少し彼女にこれをつけてくれないか」


 その言葉に応じてミスキャセルがこちらに近づきそして大事そうにネックレスをシャーロットにつけてくれる。もともとこうなることは聞いていたのだろう。ミスキャセルがさっと見せてくれた手鏡を見ると、やや豪華過ぎる印象があるものの今日のドレスとも充分合っていた。


「当日は王家の威信をかけて着飾らせるからもっと似合うようになるだろう。そしてこのネックレスを使えば」

『シャーロット?きこえるか』


 シャーロットは顔がこわばりそうになるのをかろうじて耐え眼の前の王太子を見つめる。その表情に王太子は苦笑した。


「なかなか表情が崩れないな。それはさておき、こんなふうにこの魔法石には仕掛けをしてあって、私の声をそなたに伝えることができるようになっている。逆も然りでそなたが頭の中で何かを考えれば、それが私に伝わるようになっている。まあ、どうしても不自然になるからお守りくらいに思っていてほしいが、特に最終夜の舞踏会は参加するも者の数も多いからな。これで相手の情報を教えたりすることはできる」

「心強いですわ。でもあくまでも基本は私が頑張って皆様の情報を覚えなければならないのですね」

「そういうことになる」

「わかりましたわ。精一杯努めさせていただきます」


 そう言って王太子の方を向いてにっこり微笑むシャーロットに彼もまた笑みを返す。


「あぁそうだそれから、そなたは末姫に化けるのだから私のことを『殿下』とよんでいては不自然だな。彼女は私のことを『兄様』と呼んでいた。少し違和感があるかもしれないが日頃からそう呼ぶようにしてくれるか」

「わかりましたわ、兄様。私は兄弟がおりませんので少しの間でも兄、と呼ぶ方が出来て嬉しいです」


 その言葉に王太子が「そう思ってもらえたなら嬉しい」と笑い、部屋全体も優しい空気に包まれる。


 そんな中で王太子は部屋にいる皆に目線を向け気合を入れるように声を出す。


「では一週間後に向けて皆頑張ってほしい。失敗は許されないし、プレッシャーもあるだろうができるだけシャーロット嬢の負担にならないよう気遣ってくれ。ではこれで」


 そう言うと、王太子は立ち上がり颯爽と従者達をつれて部屋から出ていく。それを深いお辞儀で見送ったシャーロットは「頑張らなくちゃ」と心のなかで呟く。その時まだ彼女は魔法石のアクセサリーを付けたままだった。

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