ゴブリンも倒せない者ども

春晴

第1話

「はぁ……」


 緑に囲まれた野原。吹いている涼しい風に当たりながら、僕―—サクは路頭に迷っていた。

 所持金0ゴールド。

 金欠だ。

 何回も巾着の中を見ても、丸い金貨は一枚もなかった。


「……ヤバいな」


 思わず声が漏れる。

 まだ家賃も払ってないし、武器のローンだってまだ残っている。それに飯も食べないといけない。

 日が経つたびにお金は増えることなく減っていくばかり、ついに貯金が底をついてしまった。

 なぜ金欠になったのか?……心当たりはある。

 おそらく四日前あれが原因だろう。……いや、昨日のあの出来事が原因だろうか?


「……そんなことを考えても意味ないよな」


 僕は重いため息を吐く。

 先のことを考えよう。

 金を稼ぐには働くしかない。

 僕は冒険者だ。

 依頼主からの報酬やモンスターの鱗や皮、肉などを商人に売ることで収入を

 得ることができる。難しい依頼ほど報酬も高く、希少な素材だと高額で取引

 される。

 冒険者は金儲けにはもってこいの職業なのだ。

 お金を稼ぐには依頼を受けて、モンスターを倒すべきなのだが……問題がある。

 依頼を達成ができなければ報酬をもらうことができない。

 それどころか失敗料としてお金を払わなければいけないのだ。素材を取れても質が良くなければ商人に買い取ってもらうこともできないし、最悪死ぬ思いをしたっていうのに収入がマイナスになってしまうことがある。

 だから冒険者かと言って必ずしも儲けているわけじゃないのだ。

 僕たちみたいに……


「お……い。サク……」


 空っぽな巾着を見ながら、これからどうやって生活しようと考えていると、背後から弱々しい声で僕の名前を呼んでいるのが聞こえる。

 あ、オオガミだ。

 振り向くとパーティーメンバーがいた。

 白髪のボサボサの大男。

 180センチと高身長で、体つきもいい。鍛えられた身体の上に白銀の鎧を纏っている。

 普段は陽気な性格の男なのだが、今は違うみたいだ。

 腹を押さえながら顔を青くしている。あきらかに体調不良だと分かった。


「大丈夫!?オオガミ」

「回復を……頼む……腹が痛てぇ」

「腹? まさかモンスターにやられたの?」

「……キノコに」


 は?


「腹へったから……道に落ちていたキノコ食ったら……その毒キノコだったみたい

 だ」

「……」


 冒険者になって依頼を受ける前に一つやることがある。

 それはパーティーを作ること。

 依頼を達成するにはモンスターを倒すには役割を分担して、人と協力する必要がある。

 中には一人で依頼をこなす一匹狼の冒険者がいる噂があるが、本当にいるかどうか定かじゃない。

 彼は同じパーティーに所属するオオガミ。

 盾と剣を器用に使ってモンスターと戦う騎士である。


「くっ……」

「くっ……じゃないよ。なんで毎回落ちている物を食べるのさ?」


 オオガミは力があってモンスターと戦闘になったとき頼りになる存在なの

 だが、ただ……

 バカなんだよな。

 このように道端に落ちているキノコや薬草をすぐ食べようとしたり、作戦を立てたのに理解できず、結局敵に突っ込んだり。

 オオガミの弱点を挙げるとしたら、超絶にバカ。あと女性に騙されやすいところ。

 そのせいで昨日、武器商人の女性に騙されて、聖剣(ニセモノ)を買ってしまったのだ。

 値段は五万ゴールド。大金である。

 この世界に一本しかない聖剣が五万ゴールドで売っていたら普通は疑うのだが、オオガミは満面の笑みで買ったらしい。


「本当にバカだ……」


 呆れてため息と共に本音が出てしまった。


「うぉぉぉぉぉぉ!」


 オオガミは腹から大きな音を鳴らして、崩れ落ちた。

 明らかに緊急事態だっていうことが分かる。


「うおおお!やばい……は、はやく……治療ヒールを」

「……ヒールじゃ下痢は治らないよ」

「なに!?」

「毒だから解毒薬か解毒魔法エンポールじゃないと」

「じゃエンポールを頼む……」

「使えないんだよ」

「おいおいサク。魔法医師ヒーラーだろ? 毒ぐらい治せないのかよ? 情けねぇな」


 お前の方ほうがよっぽど情けないよ。

 漏れるのを我慢しながら地面に倒れているオオガミを睨んだ。


「しょうがないよ。まだ冒険者になったばっかりなんだから。これから覚えるようになるんだよ」

「じゃ、解毒薬でもいいからくれ」

「ないよ。今日の任務は電光虫を捕まえるだけで、毒属性のモンスターを討伐

 するわけじゃないし」

「なんだよ。気が利かないな……冒険者っていうのはトラブルが付きものなんだ。どんなことでも対応できるように準備しねぇと」


 お前がそのトラブルを起こしているんだよ。

 オオガミに言われても説得力がない。

 僕は「そうだね」と軽く流す。


「ったくよ。やっぱり俺様がいないとダメだな。ハハハハハッ」


 殴りたい。こいつの腹を殴りたい。

 普通にやったら間違いなく負けるのだが、腹をくだしている今、もしかした

 らこいつに勝てるんじゃないか?

 しかし、どうやら腹を殴る必要はないみたいだ。


「うおおおおおお!……またきやがった」


 嫌な音が野原に響く。

 オオガミは震えながらゆっくりと立つ。


「俺は……騎士。だから無様な姿を見せるわけにはいかない……」


 もう十分無様な気がするが。

 そんなことを思ったのだが、口に出さないでおこう。


「サク……俺は……いい作戦を今……思いついた」

「なに?」

「あいにく、ここは野原だ……周りには森がある。そこでしようと思う」


 分かったから、早く行けよ。

 決断したオオガミは走ってもないのに息がきれていて、辛そうだった。まぁ、自

 業自得だけど。


「しかし一つ問題がある。尻を拭く物がない」


 知らねぇよ!


「……そこら辺に生えている草で拭けばいいんじゃない?」

「それだ!」


 適当に言ったが、どうやらオオガミには名案だったらしく、僕の肩を叩いて褒

 める。

 もう呆れて笑うしかなかった。


「じゃ……俺は……作戦を実行するために森に向かう」

「そ、そう。気をつけてね」


 出ないように姿勢よく歩くオオガミの後ろ姿を見て、僕は再び思う。


「やっぱりバカだな」

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