第178話 リックの願い

「今日武器屋の店主が気になることを言っていたんだ⋯⋯」


 トントン


 だが話をしようとした時、突然執務室のドアがノックされる。


「どうぞ」


 俺は部屋に入るよう促す。

 すると門番の一人と見覚えのある人物が部屋に入ってきた。


「サーシャ様、エミリア様⋯⋯ご無沙汰しております。そしてリックくん。久しぶりだね」


「クーサイ様、ご無沙汰しております。先日お城であったパーティー以来ですね」

「久しぶりねクーサイ」

「ご無沙汰しております」


 部屋に入ってきた髪がフサフサの中年男性は、ドルドランド州の南に位置する、ウサン州の領主で侯爵であるクーサイ様だ。

 俺も以前何度かゴルドに連れられて会ったことがあるが、その時はとても友好的な人だった。


「本日は突然訪問してしまい、申し訳ありません。ゴルド子爵が追放されてからドルドランドの街の治安が悪くなってると聞いて、ここまで来てしまいました」

「わざわざご足労頂きありがとうございます」

「そして私が調べた所によると、治安が悪くなったのはアールコル州の無法者達のせいだとか」


 他所の領主にも知られているのか。それだけでドルドランドの今の状態が危機的だということがわかるな。


「そうよ。この間なんてウィスキーがこの部屋にずかずかと土足で踏み込んで来たんだから」

「エミリア様とサーシャ様がいらっしゃる部屋に!? なんて無礼な男なんだ! この様子ではあの噂も本当かもしれませんね」

「噂ですか?」

「ええ⋯⋯ウィスキー侯爵が無法者達を使ってドルドランドを混乱に陥れようとしているとか。そしてその混乱を自らが収め、自分の手柄にしようと考えているようです」


 自作自演か。もしクーサイ侯爵の言うことが正しければ、その手柄を持ってドルドランドを乗っ取るつもりなのだろう。


「最悪な男ね」

「リック様のドルドランドを汚す行為、到底許せるものではありません」

「おお⋯⋯私もお二人と同じ考えです。ウィスキー侯爵のしていることは容認出来ません」


 貴族の中にはキチガイな考えの者が多い。だがこのクーサイ侯爵はまともに見えるな。


「リックくん、我が領地からこの街はとても近い。何かあったらすぐに駆けつけるので遠慮せずに申し出てほしい」

「ありがとうございます。その時が来ましたらよろしくお願いします」


 そして俺はクーサイ侯爵と握手をかわす。


「では私はこれで失礼します。突然の訪問を受け入れてくださり、ありがとうございました」


 クーサイ侯爵は部屋から出ていく。


「ウィスキーと違ってあのクーサイという男は、少しは物わかりが良さそうね」

「クーサイ様は人格者であると言われています。もしもの時はご協力して頂くのもよろしいかと思います」


 二人はクーサイに対して好意的に見ているようだ。

 確かに今のやりとりを見て、悪い奴だと思う者は少ないだろう。


「それで? リックが話したかったことは何なの?」

「そうですね。クーサイ様の登場で話が逸れてしまいましたね。私もリック様のお話の続きが聞きたいです」

「ああ、実は今日武器屋の店主から聞いた話だけど――」


 俺は頭の中で引っかかっていたことをエミリアとサーシャに伝える。


「そこまでは確認していなかったわ」

「もしその情報が本当なら、私達は大きな勘違いをしていたかもしれません」

「だがまだ確証がない。信頼できる人に調べてもらいたいけど⋯⋯」

「だったらセバスに頼むわ。セバス!」


 エミリアが声を上げると突如俺の背後から気配を感じた。


「承知いたしました」


 ひっ! この人どこにいたんだ!

 驚いて思わず声を上げてしまいそうになったぞ。

 まさか天井にでも隠れていたのか? まるで忍者だな。


「い、今ここに来ている荒くれ者達について調べて下さい」


 俺はセバスさんに頭を下げてお願いする。


「お任せ下さい」


 セバスさんなら間違いなく、俺の望む結果を出してくれるだろう。

 俺は以前からこの方は優秀だと思っていた。何故ならわがままなエミリアの執事を長年務めるくらいだ。無能なはずがない。


「では、さっそく調査に入らせて頂きます。失礼しました」


 そしてセバスさんは美しい所作でドアから部屋を出ていく。


 立ち去る時は普通なんだな。

 また忍者のような動きを期待した俺は、セバスさんの行動に拍子抜けしてしまう。


「それとサーシャに聞きたいことがあるんだけど」

「どのようなことでしょうか」

「もし俺が領主になったら、どれくらいの金が使えるか教えてほしい」

「金貨百枚程です」


 サーシャから瞬時に答えが返って来た。

 さすがサーシャだな。おそらくドルドランドの内情が全て頭に入っているのだろう。

 勇者パーティーにいた頃も知識が豊富だったし、的確な判断が出来ていた。自分で言うの悲しくなるが、俺が領主をやるよりサーシャの方が、上手くドルドランドを統治出来るような気がする。

 だけどこれからやりたいことがあるため、例えサーシャでも領主の座を譲ることは出来ない。


「もし前領主のように、領地の予算等を考えないというなら、金貨五百枚程使用できますが、リック様には必要のない話ですよね?」

「その考えでオッケーだ」


 民を犠牲にして自分の至福を肥やすなど恥ずべき行為だ。権力があるからといって何でもしていいと考える奴にはなりたくない。

 だけど金貨百枚か⋯⋯全然足りないな。

 何か別の手で金を稼ぐしかないか。


「だけど何でそんなにお金のことを気にするの? 何か目的があるなら私に教えなさい」


 エミリアとサーシャが真剣な目でこちらに視線を送ってくる。

 エミリアはちょっと⋯⋯いや、かなりじゃじゃ馬だが、二人は信頼できる。

 俺はノノちゃんとの約束を守るため、二人に計画の内容を口にするのであった。

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