第175話 貧民街の子供達
「お兄ちゃん? どうしたの?」
かつて自宅があった場所にたどり着いたが、そこには何もなかった。
「家がないんだ」
密集した住宅街の中で、その空間だけが何かに削り取られたかのようだ。
「えっ? ここがお兄ちゃんのお家なの?」
「うん」
「何もないよ⋯⋯」
もしかしたら誰かが勝手に住んでいることは想定していたけど、まさか住む人間がいなくなったからといって、壊されているとは思わなかった。
「ここは間違いなく俺の家があった場所だ」
けど既にこの場所には未練がないから、誰が使おうが、なくなっていようが特に心が揺れることはない。
「そこの兄ちゃん。そんな所で立ち止まってどうしたんだ?」
突然背後からぼろを纏った、白髪の中年男性が話しかけてきた。
「ここに家があったと思うのですがなくなっていて⋯⋯」
「ああ、この家かい。何でなくなったか知ってるぞ」
「本当ですか?」
未練はないが、気にならないというのは嘘になる。せっかく顛末を知っている人がいるなら聞いてみよう。
「教えて下さい」
「ただじゃ教えられねえな」
男はそう言って右手を差し出してくる。
金か。まあ何かしら対価は必要だと思ったよ。
ここにいる人達は日々生きていくのに精一杯だ。金でも食べ物でももらえるならもらうというスタンスの人は多いだろう。
「これでいいですか」
俺は銀貨を一枚男に握らせる。
「まいどあり。それでこの家がなくなった原因だが、一ヶ月か二ヶ月前に、領主の息子であるデイドが部下を引き連れて破壊していたぞ」
「デイドが?」
なるほど。俺に恐怖し、お漏らしをしたことに対する腹いせか。全く我が兄ながらどんだけ器が小さいんだと呆れてしまう。
「目が血走っていて、明らかにおかしな雰囲気だったな」
「そうですか。教えてくれてありがとうございます」
「いいってことよ。これで今日はご馳走にありつけるぜ」
そう言って白髪の男は笑顔を浮かべながらこの場を去っていった。
「お家⋯⋯壊されちゃったの」
「そうらしいね」
「お母さんとお兄ちゃんが住んでいたお家を一度でいいから見たかったなあ」
ノノちゃんの願いを叶えてあげたかったけど、もう無いものはどうすることも出来ない。
そして俺達は貧民街を出るために足を進めるが⋯⋯
「やめろ!」
突然どこからか悲鳴のような声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん」
「ああ」
俺とノノちゃんは走り出し、声が聞こえてきた方へと向かう。
すると建物を左に曲がった所で、ノノちゃんと同じ年くらいの子供達四人人が、大柄な男達に囲まれていた。
「くせえくせえ! ここはネズミの死骸のような臭いがするな!」
男の一人が貧民街の子供達に対して、威嚇するように声を張り上げる。
「そ、それならここに来なければいいだろ!」
一番年長者に見える少年が、男から子供達を守るように立ち塞がる。既に少年は顔を殴られたのか頬が腫れ、口から血を流していた。
「俺達はこの街のために
「街のためってなんだよ!」
「このドルドランドをあるべき姿に戻す。そのためにまずはゴミを掃除しないとな」
「まさかゴミって俺達のことか!?」
男達は少年の言葉が正しいかのように、腰に差した剣を抜く。
「ちょうど新しい剣の試し斬りがしたかったんだ」
「どうせ死ぬんだ。ここで死のうが一週間後に死のうが変わらねえだろう」
どんな理屈だよ。呆れてものが言えないぞ。
「ふ、ふざけるな! お前達なんかにやられるものか!」
だが少年の強がりを無視して、男達の一人が剣を振り下ろす。
少年は後ろの子達を守るため、その場から動けずにいる。このままでは待っているのは確実な死だ。
「こ、怖いよう!」
「誰かクトを助けて!」
少年の背中にいる子供達から泣き叫ぶような声が聞こえるが、ここは貧民街のため誰も助けようとするものがいない。何故ならこの場所では珍しい光景ではないからだ。それにもし衛兵がいても男達を止めるかどうかわからない。
少なくともグランドダイン帝国では貧民街に住む者達に人権などない。良心ある衛兵なら、この現状を見て助ける者がいるかもしれない。だが貧民街にいる者達は税金を払ってないので、衛兵は一般の市民達と同じ様に扱わない風潮がある。
そのためこの場を見逃した衛兵も、男達の殺人行為も罪には問われないだろう。
「やめろ! うわぁぁぁっ!」
少年の悲痛な声だけが響き、この場には優しさなどない世界であると思われた。
だがこの場にいた一人、いや二人の手によってその理不尽な世界は壊されるのであった。
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