第160話 何でも正直に言えばいいという訳じゃない

「さて、次はリックに話を聞きましょうか」


 この後の答え次第で、俺もエミリアの蹴りを食らうことになりそうだ。ここは慎重に言葉を選んだ方がいいだろう。

 何故ならこれから弁護士不在の裁判が始まるのだからな。


「リック座りなさい」

「えっ? もう座ってるけど」


 エミリアは何を言ってるんだ? 俺は既にソファーに座っているぞ。


「ここ、ここよ」


 そう言ってエミリアが指差した場所は何と床だった。

 くっ! エミリアは相変わらずドSだな。正直こんな店中で床に座りたくない。しかし今のエミリアとサーシャの有無を言わせぬ圧に逆らうなど俺には出来なかった。

 幸いなことに客や店員の多くは、店の外に避難しているため、この場には俺達しかいない。


「わかったよ」


 仕方なく俺はソファーから降りて地面に座る。

 だがここでもエミリアから注文が入った。


「何普通に座っているのよ。正座よ正座」


 そうだと思ったよ。俺は正座じゃなければいいなと思っていたけど残念ながら予想が当たってしまった。

 俺は改めて正座で座り直す。


「それでリックはこの下賤な男の口車に乗って、このような如何わしい所に来たの?」

「いや、ちゃんと別に目的があって⋯⋯」


 テッドも酷い言われようようだな。こう見えてジルク商業国の代表を務めるラフィーネさんの護衛で、エリート何だが。


「それより何で二人がドルドランドに? それに何で俺の居場所がわかったんだ」

「私達は皇帝陛下の御命令でドルドランドに来ました。そして門番の方に、リック様が街に来られたら知らせていただけるよう、お願いしていたからです」

「皇帝陛下が?」


 俺と同じタイミングで公爵令嬢の二人がここに来るなんて。何か作為的なものを感じるな。

 おそらく俺に領主をやらせるための説得要員といった所か。

 とりあえず俺を断罪する話題から逸らすため、このままこちらから質問することにしよう。


「話を誤魔化さないでくれる? 質問していいのは私だけよ」


 くっ! やはりエミリアには俺の考えなどお見通しということか。何か変なスキルでも持っているんじゃないだろうな。


「それで? ここにいる目的を教えてくれない?」


 これ以上誤魔化しても俺の立場が悪くなるだけだから、ここは素直に答えることにしよう。それにもしかしたケインさんを探すのに、二人も協力してくれるかもしれない。


「実は人を探しているんだ」

「それは本当なの? もしこの場を逃れるための嘘だったら承知しないから」

「リック様は嘘などつきません。そうやって疑うからリック様との婚約が破棄されるんですよ」

「そ、それとはこれとは関係ないわ! あんたはいちいちうるさいのよ!」

「怒るということは、あなたも心の中でそう思っているのではないのですか?」


 二人が言い争いを始めてしまった。この二人は本当に仲が悪いな。エミリアはともかく、サーシャは誰とでも仲良くなれる子だと思っていたけど⋯⋯いや、ハインツとは仲が悪かったな。


「とにかく今はリックを問い詰めることが先よ!」

「そのことに関しては同意ですね」


 いつもならそう簡単に二人の言い争いは終わらないが、今日は同じ目的があるせいかすぐに終わってしまった。


「今言ったことは本当だ。二人も聞いたことあるかもしれないけど、俺達が探しているのはジルク商業国の勇者ケインだ」

「ケイン? 誰よそれ」

「⋯⋯失踪した勇者ですね。確か何年前から行方がわからないとか」


 どうやらサーシャは知っているようだ。勇者パーティーにいた頃も世界情勢とか詳しかったからな。


「でもそれで、何故この如何わしい店にいる理由になるのよ」

「テッドが⋯⋯そこで気絶している奴が、こういう高級店から仕入れる情報なら信憑性が高いって」

「そうですね。このお店のキャストならお金には困ってはいませんし、嘘の情報を仰ることはないかもしれませんね」


 どうやら二人とも俺の話に納得してくれそうだ。

 サーシャがいて良かったな。もしこれがエミリアだけなら、俺は何を言っても問答無用で断罪されていただろう。


「リックの言いたいことはわかったわ。でもさっき女に言い寄られて鼻の下を伸ばしてたじゃない」

「そんなことはない。初めての場所で戸惑っていただけだ」

「どうだか」

「リック様⋯⋯それは本当ですか?」


 まずい。エミリアからはまた殺気が溢れかえり、サーシャの目から輝きがなくなってきた。

 このままだとどんな目に遭うかわからないぞ。

 ど、どうする。こうなったらさっきからチラチラと俺の視界に入っているものを伝えるしかないか。


「やましいことなどしていない。その証拠に俺が紳士だと言うことを教えよう」

「何よそれ?」

「証拠とはなんですか?」

「正座してから気づいたんだけど⋯⋯二人ともさっきから下着が見えてるぞ」

「「きゃっ!」」


 二人は顔を真っ赤にして声を揃え、ドレスのスカートを抑える。

 そう。俺は床に正座していることで視点が低くなり、先程からピンクとブルーの下着が見えていたのだ。


「もし如何わしいことを考えているなら、スカートの中が見えていることを伝えないはずだ」


 これで俺が変なことを考えていないと二人に伝わっただろう。


「言いたいことはそれだけなの⋯⋯」

「は、恥ずかしいです⋯⋯」


 あれ? 何故かエミリアが凄く怒っているように見えるのは気のせいだろうか。気のせいに違いない。


「俺が紳士だってわかったろ?」

「どこが紳士よ!」


 突然エミリアは叫ぶと俺の顔面に向かって蹴りを放つ。


「グハッ!」


 そして俺は油断していたこともあり、その蹴りをもろに食らうと、テッドと同じ様に床に崩れ落ちるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る