第10話 五秒で終了した婚約者
「俺が紹介出来るのは、この店が最後」
例の店を出て十数分後。
ほどよく賑わう街の真ん中で、彼は静かに足を止めた。
「そう、分かったわ。お疲れ様。大体交渉のやり方は分かったし、後は一人でなんとかするわ」
「ああ、そうか。お疲れ……って帰るかよ。ここまで来たら最後まで見届ける」
「あら案外義理堅いのね」
「違う、これはそういうのじゃない」
エメラルドグリーンの瞳がじっと私を見つめた。
何を考えているんだろう。
「じゃあどういうの?」
「興味本位」
「何それ」
そこは愛を囁く場面じゃないのかと、ちょっと前までの私ならそんな風に思っただろう。
でも今は違う。
だって彼はアレンじゃないから。
「まあいいわ。頼もしい用心棒が見つかれば」
「ああ、今度こそ見つけてくれ」
私はゆっくりと店を見上げた。
それはボロボロでもなく、煌びやかでもなく、文字通り普通のお店。
「…………」
「なあ」
「何?」
「今、普通だって思っただろ」
「……思っていないわ」
「間があったぞ、間が。いいか、念を押して言うけどここで最後だからな。面白そうとか珍しいとかそういう期待は、二の次に考えろよ」
「でもこれまでがあれだけインパクトがあったし、少しくらい期待しても……」
「だーかーらー、用心棒を見つけたいんだろ?」
もちろん見つけたい。
私は黙って頷いた。
「だったら真面目に探せ」
なるほど、真面目にか。真面目にね。
「……なら、あなたがなってくれてもいいんだけど?」
「は?」
「用心棒」
「はぁ!?」
彼は大きく後ずさった。呆れたように思い切り眉をひそめている。
「何度も言うけど、俺は花屋の」
「冗談よ」
「ったく」
厳密に言えば半分くらい。
私はぶつぶつと呟く彼の後ろ姿に、自然と口元が緩むのを感じた。
最初は不愛想な人だと思ったけど、慣れてきたら案外接しやすい人なのかもしれない。
「じゃあ今度こそ本当に見つけましょうか」
「ああ、そうしてくれ」
私は優しくお店の扉を開けた。
「すみませーん……」
きらびやかでもなく、汚くもない店内。
平凡なカウンターに受付の人が立っていて、フロアにはいくつかの丸いテーブルが置かれていた。そこでは街の人がのんびりと会話をしている。
「とりあえず、あそこで話をすればいいのよね?」
「そうだな」
彼の確認を取ってからカウンターへと足を運ぶ。
「それで……だから……」
「?」
「どうした?」
テーブル席の方。
不意に私は聞きなれた声が聞こえたような気がして私は思わず足を止めた。
「いえ、なんか声が……」
その事をトリュスに伝えようとして、振り返ろうとした時、私の視界に何かが映った。
見慣れた顔、見慣れた仕草、見慣れた表情。
それは紛れもなく。
「アレン……!」
「ん? おや、誰かと思えばエイミーじゃないか!」
テーブル席で会話をしていた人物の一人が、私の姿に気付いておもむろに立ち会がる。
それは元婚約者のアレンだった。
その姿は相変わらず、王子様かと思うほどにキラキラと爽やかな雰囲気を纏っている。
「まさかこんなところで会うなんて」
そう言って彼は、この場には似つかわしくないような立ち振る舞いで、こちらへと近づいてくる。
「……どうしてここに?」
「それは僕の台詞だよ。もしかして、僕のことを探しに? 復縁する気になったのかな。それはよかった!」
「ちょっと冗談言わないで」
どうしてそうなるだろう。
その発想力にはある意味脱帽する。
「冗談じゃないんだけどなぁ」
「……」
私のきつい視線にも全く物怖じせず、にこやかに笑うアレン。
本当にこの男は自分のことしか見えていない。
「きっと君は僕と復縁すると思うよ」
おまけに何でも自分の思った通りになると思っている。
「だってその方が幸せだ」
「私は……」
慌てて彼から視線を逸らした。
言い返せる言葉がなかった。
そんな事はないと言っても、その言葉を裏付ける根拠が見当たらない。
私はギリと奥歯を噛みしめた。
「あー、えっと、取り込み中のところ悪いけど大丈夫か?」
その空気に割って入るように、ぼそりと告げたのはトリュスだった。
「トリュス?」
「うん? なんだい、彼は」
アレンもトリュスの存在に気付いたのか、不思議そうに首を傾げる。
「個人的な話だろうし、口出すのもどうかと思ったけど、店に不釣り合いの空気出されると嫌でも目立つんだけど……ここは修羅場な社交場じゃないからな」
物怖じせずつらつらと、彼はそんな風に言いきったのだった。
案の定、アレンは理解が追いつかなくて、方眉をひそめている。
その様子がおかしくて、私は思わずにんまりしてしまった。
「……それもそうね」
そうだ、ここは社交場でもなんでもない。
失礼なルールなんて、何もない。
「アレン」
「何かな?」
「紹介するわ。こちら私の新しい婚約者のトリュスよ」
「……なんだって?」
よし、狙い通り。動揺している。
たまには自分の思い通りにいかないものがあるってことを実感した方がいい。
「き、君……本当かい?」
「違います」
「!?」
「!?」
こうして私のついた嘘は、あっさりとバレてしまった。
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