第8話 胡散臭さの攻防戦

 

「彼はですね、一級の剣闘士の資格を持っています。おまけに街で行われた重量挙げの優勝者になったこともある。更にこう見えて編み物が得意です。お願いすれば、温かいマフラーなどを編んで貰えますよ」


 ムキムキの男を提示されてから数分、オーナーことザミールはペラペラと滑らかな口調で用心棒候補の男について語った。

 私はというと……とりあえず黙ってそれを聞いていた。


「そしてお値段は、なんと破格の一か月あたり金貨500枚」

「500枚ぃ!?」


 その枚数にこの世の終わりのような悲鳴が聞こえる。

 声の主は私じゃない。

 叫んだのはトリュスだった。


「静かにしてくれませんかね、トリュス殿」

「いやいや、おっさん。だってそりゃ、ぼったくりだろ」


 ぼったくり。

 その言葉を受けてあからさまにザミールの顔が曇った。


「……こほん、ぼったくりなと失礼な。当店は一流の人材紹介所ですよ? この程度の金額は平均的ですが、何か?」


 一歩も引く気は無い面持ちで、彼はトリュスに言い返した。

 けれど、トリュスはトリュスでそれが嘘だと分かるのか一歩も引かない。


「いーや、絶対嘘だね」


 そう言って、相手の意見を跳ね除けた。


「困りましたなぁ」


 ザミールは、懐から出した扇で自分の顔を仰いだ。


「このままですと、まともなお取引が出来ませんよ。ねえ、お嬢様」

「……」


 ザミールからのどうにかしてくれと言いたげな視線が私に突き刺さる。


 困ったな、そんな風に言われましても。


 横目で彼の顔ちらりと拝む。

 トリュスはといえば、面白く無さそうな表情でやや不貞腐れていた。うーん。


「……ねえ」

「うん?」

「高いかしら?」


 私は下から覗き込むようにして、トリュスの顔色を覗った。

 ちょっとだけ目が合って、トリュスは呆れたように口を開いた。


「どう考えても高いだろ。今の所持金じゃ三か月も持たない」


 確かにその通りだった。

 両親には『いいと思ったものは即決せよ』と言われていたけど、『金銭面を考えろ』とは言われていなかったからである。いや、これからはそこまで考えなくてはいけないのだ。


「トリュス」

「ん」

「大切な事を教えてくれて、ありがとう」

「? あ、ああ」


 恐らく用件は読めてない。曖昧な返事が彼から返ってきた。

 でも、それでいい。


「……オーナ」


 私は小太りの男の姿をじいっと冷静に見つめた。

 私の雰囲気の変化に気付いたのか、彼は慌てて姿勢を正す。


「は、はい、なんでしょう」

「他の方もご紹介していただける?」


 そう言って、私は彼の出してきたノートのページをトントンとひとさし指で叩いた。


「えっ、ええ……構いませんよ」


 一瞬戸惑った表情を浮かべた物のすぐさま商売人の顔に戻る。

 彼はノートをペラペラとめくり上げ、とある一ページでその動きを止めた。


「では少し価格を抑えて、こちらなど」


 止まった彼の腕がこちらに向けられる。

 写真、説明文、構成などは先ほどとさして変わりない。


「この方は?」


 私は詳細について説明を求めた。


「天才発明家のポニョリータ氏です」


 彼は自身満々にそう答えた。

 天才発明家。

 確かに写真には、白衣を着て試験管を持った色白の男が楽しそうに映っている。


「彼自身は非力ですが、その発明は防犯、災害、家事雑務に至るまで、幅広く対応出来ます!」

「へえ」


 それはとても頼りになりそうだ。


「で、値段は?」


 すかさずトリュスが訊ねた。


「はい! お値段なんと一か月金貨100枚! ただし発明にかかる費用は別途負担」

「ねえトリュス、彼は……」


「絶対にやめとけ」


 その一言でポニョリータ氏とのご縁は棄却された。


「むむむ……」

 

 ちなみにその後も、私達は幾度にも渡って人材紹介と却下の攻防を繰り広げた。

 意気揚々とザミールがプレゼンしても、トリュスがことごとく却下するのだ。


 そんなやり取りが何十分と続くうち、やがて相手の顔に疲れが見え始めていた。


「お、お客様はいつになったらご納得していただけるのですか」

「納得も何も、ろくな奴がいないんだよ。しかも最後に紹介した奴なんて、パン作りが得意なパン職人とか、そいつはもう用心棒じゃなくてパン屋だろ」

「ううう……」

「なあ、エイミー。ここじゃなくて、別の店で探そう」

「いいの? またあなたを連れ回す事になるわよ」

「別にいい」


 そう言って、トリュスがソファーから立ち上がろうとした、その時だった。


「お言葉ですが!」


 ザミールが荒々しく声をあげた。


「トリュス殿、あなた単なる付き添いですよね?」

「……まあ、そうだな」

「黙って聞いてれば勝手な口出しばかり。庶民のあなたに何が分かるっていうんです? 私が今交渉しているのは、こちらのエイミーお嬢様です! これ以上邪魔をすると、営業妨害でつまみ出しますからね!?」

「いや、でもどう考えても」

「だまらっしゃい!」


 異様な剣幕の怒号。

 場はしんと静まり返った。


「ああ私としたことが、失礼いたしました。それではお話を続けましょうか、お嬢様」


 あっという間に態度が変わる。

 手をこねこねと器用にこねて、ザミールは私に満面の笑みを向けた。



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