第32話 会長との夏休み前のとある日

 毎回ではないものの、最近では陽菜ちゃんがオカ研の活動に積極的に参加してくれるようになっていた。僕も会長もそのこと自体は嬉しいのだが、陽菜ちゃんは参加者が少ないことに不満を抱いているようだ。自分自身が今まで参加していなかったことは棚に上げているようなのだが、そんな事はどうでもいいらしい。

「会長もまー君先輩ももっと他の人達に来てもらいたいって思わないんですか?」

「私は参加するのもしないのも個人の自由だと思っているよ。所属してくれているだけでもオカルト研究会に興味を持ってもらえてることだって思ってるし、オカ研なんだから幽霊部員が多くても問題無いって思うからね。それと、これは正式な部活動じゃなくて趣味の延長みたいなものだからさ、参加するのに強制なんて出来ないんだよ」

「陽菜ちゃんも今まで参加してなかったんだしさ、そんなに気にする事でもないんじゃないかな。あんまり気合入れ過ぎると疲れちゃうよ」

「そうは言いますけど、やっぱり陽菜はいろんな人とお話がしたいんです。会長もまー君先輩もずっと本を見てるだけだし、もっとオカ研っぽいことをしましょうよ」

「オカ研っぽいことって、どんなこと?」

「そうですね。普通の人がオカルトで思い浮かべるのはやっぱり幽霊だと思うんです。だから、幽霊を集めてみんなに見せるってのはどうですか?」

 確かに、オカルトと言われて一番に思い浮かべるのは幽霊の類だろう。僕は小さいころからオカルトに興味があったので幽霊だけではなく未確認生命体とか異次元世界の事なんかも思い浮かべたりしているのだが、一般的にオカルトと言われて思いつくのは幽霊や妖怪と言ったものなのだろうな。

 だが、幽霊を集めてみんなに見せるというのはどういうことなのだろうか。

「幽霊を見せるっていうけどさ、どうやってそれを見せるの?」

「どうやってって、会長なら幽霊を呼び出したり戦わせたりできるんじゃないですか?」

「そんなこと出来るわけないでしょ。そんなことが出来るならそれを仕事にしてるわよ。まー君だって幽霊を呼んだりなんて出来ないでしょ?」

「はい、僕にもそんな力は無いです。好きな事だからと言ってそれが出来るって事でもないですから。陽菜ちゃんは出来るの?」

「陽菜がそんなこと出来るわけないじゃないですか。ちょっと怖い話が好きなだけで幽霊を見たことも無いですもん。会長もまー君先輩も幽霊ってみたことあるんですか?」

 僕も陽菜ちゃんと同じで幽霊は見たことは無いのだけれど、その存在を感じ取ったことはある。気のせいだろうと言われればそうなのだろうが、僕が一人でこの部室にいる時に何度か肩を叩かれたことがあるのだ。もちろん、そんなイタズラをする人もいないので僕の気のせいだと言われればそれまでなのだが。

「私は幽霊かはわからないけど、幽霊っぽいのを見た事はあるわよ。山の方に池があると思うんだけど、そのすぐそばにある建物の中で着物を着た老人を見たことがあるの。昼間だったんで誰かが掃除でもしているのかなって思ったんだけど、中を見せてもらった時にどこを見てもそんな人はいなかったのよ。管理人さんに聞いてみても、着物を着てここに来る人なんていないって事だったわ。だから、私の見間違いかもって思ってたんだけど、管理人さんの話では、時々私みたいに着物を着た人を見たって人がいるみたいなのよね。それって、幽霊なのかな?」

「幽霊なんじゃないですか。昼間にも幽霊が出るって信じられないですけど、幽霊がいるって証拠ですよね。じゃあ、そこを借りて怪談でもしましょうよ。幽霊が出る場所で怖い話をするのも面白そうですし、きっと楽しい夏休みの思い出になりますよ」

「そんな事を急に言いだしてもそこを借り来ることなんて出来ないでしょ。今から予約しても大丈夫なのかな。陽菜ちゃんの発想は面白いと思うけどさ、いくらなんでも急すぎるよ」

「それも面白いわね。肝試しだけで終わる予定だったけど、夜も使えるように掛け合ってみようかしら。陽菜ちゃんナイスアイデアよ」

 僕は陽菜ちゃんの言葉を理解することが出来ていなかったのだが、会長が言っていることも理解出来ていなかった。肝試しだけで終わると言われても、肝試しをするという事は知らないし、夜も使えるようにってどういう事なんだろう?

「会長、会長の言っていることがわかりません。陽菜に内緒で何かしようとしてるんですか?」

「二人に入ってなかったけど、夏休み後半の予定は入っているかしら?」

「僕はお盆に田舎に行くくらいしか予定無いですけど」

「私もまー君先輩と同じでおじいちゃんの所に行くくらいですよ」

「じゃあ、大丈夫そうね。夏休みが終わる二日前に肝試しをしようと思うんだけど、二人は参加してくれるよね?」

「肝試しですか。僕はそういう事をしたことが無いんでやってみたいなって思ってたんですよ。だから、参加します」

「陽菜も参加したいと思うんですけど、夜に出歩いていいか親に聞かないとダメかもです。きっと大丈夫だと思うんですけど、ダメだったらごめんなさい。でも、なんで急にそんな事をしようって思ったんですか?」

「本当はね、これは毎年の恒例行事だったんだよ。肝試しと言っても池の周りをただ歩くだけで何の仕掛けも無い散歩みたいなもんなんだ。私が一年生の時に先輩が一緒に歩いてくれたんだけど、その時も何も出なかったからね。君達が何か知っているかわからないが、あの池には私が知っている限り曰くも無いし幽霊を見たって話も聞いたことが無いんだ。だから、あの池の周りを歩くって事にオカルト的な意味は何もないんだよ。でも、私は池のそばにある管理棟で幽霊らしきものを見たんだ。見間違いかと言われれば自信は無いのだけれど、私以外にも似たような着物を着た人を見たことがあるって人はいるんだよ。それって、本当に偶然で片づけていいのかな。私は違う気がするんだけど、二人はどう思うかな?」

 僕はそんな恒例行事が行われているなんて知らなかった。少なくとも、去年はそんな事をした記憶が無いし、やるという話も聞いていなかった。もしも、去年行われてたとしたら、僕は仲間外れにされていたという事なのだろうか。そんなはずは無いと思うのだが、少しだけ不安になってしまった。

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだい。気になる事でもあったのかな?」

「はい、僕は去年もオカ研の活動に参加してたんですけど、その恒例行事について知ったのは今なんですよ。去年もそんな活動してたんですか?」

「一応な。でも、去年は私一人で昼間にやったんだよ。さすがに女子一人で夜に池の周りを歩くというのは良くないと思ったからね」

「それだったら、僕を誘ってくれれば良かったんじゃないですか。僕も肝試しとかしてみたかったですよ」

「そ、そうだな。でも、あの時はまだまー君を誘う勇気がなかったんだ。それに、夏休みの夜に男子と二人で会うなんてさ、デートに誘ってるみたいで断られたらどうしようって思っちゃったし、OKされても私の事を好きなのかなって意識してしまいそうでさ、そう思うと二人だけで肝試しをするのが怖くなっちゃったんだ。幽霊が出るかもしれないって事よりも、まー君に断られてしまったり変な意味にとらわれたらどうしようって気持ちが強くなってしまったんだよ。だから、誘えなかったんだ」

「確かに、僕が会長の立場だったら同じかもしれないです。それに気付かずに変なこと言ってしまってごめんなさい」

 僕も会長も去年の活動は休まずに続けていた。他の部活と違って練習も無ければ決まり事も何も無いのでここで本を読んだり時々話をしているだけではあったが、活動に参加するほかのメンバーはほとんどやってくることが無かった。去年僕たち二人以外に誰かがここにやってきた回数よりも今年陽菜ちゃんがやってきた回数の方が多くなっているくらいに去年は誰も参加していない状況であったのだ。

「じゃあ、今年は陽菜がいるから二人っきりじゃないですね。それだったら、まー君先輩と陽菜で一緒に池の周りを歩きましょうね。一応、愛ちゃん先輩にも連絡しときますけど、愛ちゃん先輩はオカ研じゃない部外者だから参加出来ないですよね。まー君先輩と夏の思い出を作るのは愛ちゃん先輩じゃなくて陽菜なんですね」

「あ、それなんだけど、せっかくやるんだったら知り合いも集めようかなって思ってね。愛ちゃん達にも声をかけるつもりだよ。来てくれるかはわからないけど、まー君の彼女に黙ってやるわけにもいかないからね、声だけはかけさせてもらうよ」

「そうですね。愛ちゃんも八月だったら大丈夫だと思いますよ。七月は忙しいって言ってたんで」

「それも聞いているよ。本当はお盆の前にやりたかったんだけどね、日程的に空いているのがお盆明けだったんだよ。ほら、あそこって小学生が集まる行事も多いだろ。夏になると予約も埋まったりするんだよ」

「そうですよね。僕も小学生の時に言った記憶ありますもん。宿泊学習とかやってるとこもあるみたいですからね」

「陽菜はあそこに泊まったことありますけど、会長が見たような着物の人の話って聞いた事なかったですよ」

「それは私の見間違いかもしれないからね。管理人さんから聞いた話も嘘かもしれないって可能性もあるからね。私を怖がらせようとしてくれただけかもしれないしさ。それと、肝試しが終わった後に出来たら怪談をしましょうね。私もいくつかできると思うけど、他にも何か怖い話があればして欲しいんだけど、二人はそう言う話知ってるかな?」

 僕は怖い話も好きでよく聞いてはいる。聞いてはいるのだけれど、それを上手く話せるかと言われると自信が無い。たぶん、それなりに怖い話も出来るとは思うのだけれど、そんなに上手に出来るとは思えないのだ。

「陽菜は怖い話出来る人知ってますよ。何人か心当たりがあるので聞いてきますね。それって、オカ研に関係ない人でも大丈夫ですよね?」

「大丈夫よ。陽菜ちゃんの知り合いって事なら問題無いわ。怖い話をしてくれる人がいる方が大事だしね」

「わかりました。さっそく聞いてきますね。まだ学校にいると思うんで」

 陽菜ちゃんはあっという間に持ってきたものをしまって部室から飛び出していった。どこに向かっているのかはわからないけれど、その足取りに迷いは感じられないので目的地は決まっているようだ。

 僕と会長は階段を駆け下りていく陽菜ちゃんを見送ると、再び部室に戻って椅子に腰を下ろした。

 肝試しについて聞きたいことは色々とあるのだが、僕も会長も黙ってしまって気まずい沈黙が流れていた。いつもと同じ沈黙ではあるが、何となくいつもと違って空気が重いような気がしていた。。


「去年はさ、男子と二人っきりってことに慣れてなくて誘えなかったんだよね。好きとか嫌いとかじゃなくて、単純に慣れてなくて誘えなかっただけだから」

「それは僕も一緒ですよ。オカルトに興味があってここにはいったんですけど、会長と二人っきりになることが多くて最初は緊張しました。会長は美人だし、時々来ていた環先輩も綺麗な人だって思ってましたからね。僕がいていいのかなって思ってましたもん」

「環ちゃんは男だけどね。私が緊張せずに普通に話せる男子の一人だよ」

「そうなんですよね。僕は環先輩が男子だって一年間気付かなかったって事ですもんね。女子の中にもスラックスを選択する人がいるんで気付かなかったですけど、言われてみれば体育祭でも普通に男子として参加してましたよね。なんで気付かなかったんだろう」

「たぶん、思い込みだよ。第一印象でそうと決めた事はなかなか変えられないからね。私もまー君の事を可愛い後輩だと思ってから、一年間もあったのに自分の気持ちに気付けなかったくらいだしさ。愛ちゃんがいなければその事にも一生気付けなかったと思うんだよな」

「何の話ですか?」

 僕は会長が僕の事を好きだという事は気付いていた。僕も正直に言うと会長には惹かれていた。会長は趣味も合うし話していて面白いし一緒の空間に無言でいても落ち着いていられる。それに、とても美人なのだ。

 そんな会長の事が好きだった僕もいるのだが、どうしても僕は会長と釣り合いが取れるような気はしなかったのだ。今にして思えば、告白して振られることで今の関係を失うのが怖かっただけかもしれない。告白が成功していい感じになったとしても、今のような空気感を作り出せるかと言われると、それも出来ないような気がしていたのだ。僕は、成功しても失敗しても今の関係が壊れると思うと、何も行動することが出来なくなっていたのだ。

「実を言うとね、私はまー君に彼女が出来て嬉しいって思ったんだよ。いつかそんな日が来るのかなと思っていたんだけど、実際にその日が来ると何よりも先に嬉しいって気持ちがわいてきたんだ」

 会長は自分の気持ちを確かめるように言っているように見えた。

 僕は、会長に言われたその言葉が胸に突き刺さるように感じていた。会長に嬉しいと思ってもらえることは良かったのだが、そう思われるという事は興味が無いと言われているように感じたからだ。

「でもね、嬉しいって思う反面、悔しいって思いもしたんだよ。私もまー君が好きなんだけど、その好きが恋人になりたい好きなのか今の関係を守りたい好きなのかわからなかったんだ。今は後者だってのがわかるんだけど、まー君に彼女が出来た当初は自分でも気持ちの整理がつかなかったよ。でもね、彼女が出来てもまー君はオカ研の活動に毎回参加してくれていたじゃない。それが私は嬉しかったんだ。私の好きな日常はまー君に変化があっても変わることが無かったんだって思えたからね」

「僕も会長とこうして過ごす時間は好きですよ。愛ちゃんもオカ研の活動に何の文句も無いみたいですし、会長の事もいい人だって言ってますからね」

「私はいい人なんかじゃないんだけどな。今だってさ、二人っきりでいるわけだし、まー君の事を誘惑しちゃうかもしれないんだよ」

 新しいお茶を持ってきてくれた会長は僕の肩にそっと手を置いた後に窓辺へ移動すると、窓を閉めて僕の方へ向き直った。

 お互いに距離はあるのに目を逸らす子が出来ずに見つめ合っていたのだが、会長はおもむろに履いていたスカートのホックを外してジッパーを下ろしていた。

 ストッキング越しに見える会長のパンツはとてもセクシーで、僕は会長の目とパンツを交互に何度も見てしまっていた。

 そんな僕を見て会長は優しくほほ笑んでいたのだ。


「どう、ストッキングも脱いで見せようか?」

 僕はその言葉に返事を返すことが出来ず、ただ黙って見ていることしか出来なかった。

「返事が無いならこのままで良いって事だよね。ちゃんと見ててくれなきゃダメだからね」

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