第30話 朱音の夏休みの宿題
朱音は中学三年生で今年受験が控えているというのに、毎朝のラジオ体操には欠かさず参加していた。
近所の子供たちと仲が良いのは良いことだと思うのだけれど、家の周りを朝から元気に走り回るのはやめて欲しい。僕は別にたくさん寝たいわけではないのだけれど、朝はもう少しゆっくりと過ごしていたいのだ
「お兄ちゃんはさ、宿題って終わったの?」
「いや、まだ手を付けてないよ。何にするか決めてない」
「決めてないって、もう八月だよ。夏休みはもうすぐ終わっちゃうんだよ」
「そうなんだけどさ、うちの高校って夏休みの宿題が自由研究だけだろ。テーマも自由で形式も自由なんだよ。あまりにも自由過ぎて決められないってやつだね」
「お兄ちゃんはぜいたくな悩みを抱えているんだね。朱音は宿題の他にも受験対策で勉強してるっていうのにさ、そんな姿を見せられたら朱音のやる気も失せちゃうよ」
朝食のパンをかじりながら朱音は僕を軽く睨みつけたのだが、その表情は一瞬でいつもの人懐っこい笑顔に戻っていた。
僕は朝食はそこまできちんととるわけではないので、オカズの大半は朱音の胃袋の中に消えてしまう。ご飯の時はさすがにオカズを全部取られるという事もないのだが、朝食がパンの時はほとんどのおかずを盗られてしまう。最近では母さんもそれをわかっていて朱音の分を増やしたりもしているのだが、それに関しては全く効果が無いという結果に終わっていた。
「毎朝思うけどさ、よくそんなに食べられるよな」
「そんな事ないよ。お兄ちゃんが食べなさすぎるだけだよ。朱音は普通くらいしか食べてないしね」
「普通くらいって、十分食べ過ぎだと思うけど。そんなに食べてたら太るんじゃないか?」
「そんな事ないよ。朱音は今でもランニングは続けているし、お菓子だって陽菜ちゃんと作った時しか食べてないもんね」
「陽菜ちゃんと会った時しかって、昨日もお菓子作ってただろ。毎日食べてるような気がするけど」
「そ、それはさ、一回で食べたらもったいないし、三日くらいなら持つから平気なんだって。それに、甘いものは脳の栄養になるっていうから、朱音は受験生なんだし大丈夫だよ」
朱音は普段からたくさん食べる子なのだが、食べ過ぎに気を付けるのは必要な気もする。いくら成長期とはいえ、毎日僕の倍くらい食べているような印象もあるのだ。
そのせいなのかわからないが、朱音は身長こそそこまで伸びてはいないのだが、胸とお尻はすくすくと成長している。
去年まで来ていたシャツが苦しそうに見えるのは太ったからではなく、胸が成長しているからなのだろう。こうしてみると、我が妹ながら立派なものをもっているのだな。
「ねえ、お兄ちゃん。今朱音のオッパイを見てたでしょ。お兄ちゃんのエッチ」
「去年より大きくなったんじゃないかなって思ってみてただけだよ。それにしても、体は大きくなってないのに胸ばっかり大きくなってるよな。もう少し身長が伸びたらバランスよくなりそうなのにな」
「何よ。朱音の事ちんちくりんだって言いたいわけ。ちょっとお兄ちゃんでもそれは失礼だと思うよ」
「そんな風には思ってないけどさ、運動やってれば身長も伸びそうなのにな」
「そうなんだよね。みんな朱音より身長が高くなっちゃってるし、なんで朱音だけ背が伸びないんだろうね。お兄ちゃんだって小さいってわけでもないのにさ、朱音だけ伸びないって何かの陰謀かな。お兄ちゃんはオカルトに詳しいんだし、それを宿題として調べるってどうかな?」
「そんなの調べたって仕方ないだろ。調べたところで何もわからないんだし、結果だって何もでないだろ。それに、朱音の事を調べたって面白くなさそうだしな」
「そんな事ないよ。朱音の事を調べたら思っているよりも面白いかもよ。例えば、朱音が作るお菓子を食べてレポートするとかね」
「それって、朱音のお菓子っていうよりも陽菜ちゃんのお菓子ってことになるんじゃないかな」
「そうかもしれないけど、朱音だって作ってるもん」
そう言いながらも朝食を食べ終えた朱音は食器をキッチンに持っていったのだが、相変わらず上はちゃんとシャツを着ているのに下はパンツ一枚だけの姿なのだ。
今日は朱音のパンツが花柄なのだけど、僕の宿題はやはり花の観察にしてみようかと思ったのだ。
僕の視線に気付いた朱音は見られていることを感じてなのか、僕に向けてお尻を振りながら謎にウインクをしていたのだ。
僕はまだ残っていたパンを食べ終えて食器をキッチンに持っていくと、そこで待っていた朱音が僕に食べかけのケーキを渡してきたのだ。
「あのさ、ちょっとお腹いっぱいになっちゃったんだよね。早く食べないと悪くなっちゃうから、残ったケーキはお兄ちゃんが食べていいよ。お父さんもお母さんも仕事に行っちゃってるし、食べてくれるのもお兄ちゃんしかいないから」
「お腹いっぱいって、いつもならもっと食べてるだろ。お菓子だってたくさん残ってるみたいだし」
「そうだけど、そうじゃないの。いいからお兄ちゃんは黙ってこのケーキを食べてよ」
「後で食べればいいのに。でも、ちょっと甘いものが食べたい気分だから貰っちゃおうかな」
僕は朱音から手渡されたケーキを一口食べてみた。サッパリした甘さと程よいレモンの酸味が口の中に広がる夏にピッタリのチーズケーキだった。見た目は重そうなのにくちどけも滑らかでしつこい感じもしない。食後に食べるにはちょうど良い爽やかな後味がするケーキであった。
と言っても、僕が食べたのは食パン一枚だけなのであるが。
朱音は僕が二口目を食べようとしているのに注目していたのだが、そんなに見られると食べづらい。
「なんだよ。そんなに見て。やっぱり食べたくなったのか?」
僕は自分で食べようと思って口に運ぼうとしていたケーキを朱音の前に持っていったのだが、朱音はそのケーキを躊躇せずに口を前に出してパクリと食べてしまったのだ。
いつもからかうみたいに食べる直前でひいてやろうと思っていたのだけれど、僕の予想よりも朱音が素早く動いたこともあってケーキを食べさせない作戦は失敗に終わったのだった。
僕がもう一口食べようと思ってフォークをケーキに誘うとしたのだが、朱音はなぜかフォークを噛んだまま話そうとしなかった。ムキになって引けば朱音の口から外すことも出来ると思うのだが、そんな事をして怪我でもされたら大変だ。
いったんケーキの皿をテーブルに置いた僕はフォークを持っていない左手で朱音の頬をそっとなぞると、朱音は少しだけフォークをかむ力を緩めたのだ。僕はその瞬間を逃さずにフォークを取り戻すと、朱音のおでこを軽く突いてからケーキを再び食べ始めた。
「あ、取られちゃった」
「なんだよ。もっと食べたかったのか?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ、残りは僕が食べちゃうから」
「ねえ、そのケーキ美味しい?」
「美味しいと思うよ。あんまりしつこい味じゃないし、食べ終わった後も爽やかな感じだし。食後には一番いいんじゃないか」
「そっか、じゃあ、またいつか作ってあげるね」
「これも陽菜ちゃんに教えてもらったのか?」
「陽菜ちゃんじゃなくて、これを教えてくれたのはお母さんなんだよ。お兄ちゃんが小さい時に残してから作らなくなったけどさ、お母さんもケーキ作るの好きだったんだよね。今は忙しくて作ってないけどさ、朱音の受験が終わったら違うケーキも一緒に作る約束してるんだ」
「そう言えば、小さい時に母さんの作ったケーキを食べたような気がするな。でも、もっとすっぱかったような気がするけど」
最近は母さんも忙しそうにしているのであまり印象に残っていないのだが、小さい時の記憶をたどると母さんが小さい朱音と一緒にケーキを作っていたような気がする。僕は父さんと一緒に遊んでいたような気がするのだが、肝心の母さんのケーキを食べた記憶はなかった。
誕生日やクリスマスに食べるケーキはいつも市販のものだったし、たまに買ってきてくれるケーキもいつも同じ店のものであった。
「お兄ちゃんがさ、このケーキを食べてくれるか少し心配だったんだよね。あんまり酸っぱいモノ食べてる印象無いしさ、どうなのかなって思ったんだけど。食べてくれて良かったよ」
「別にすっぱいもの嫌いってわけじゃないしな。あんまり好きじゃないだけで酸味のある物だって普通に食べてると思うよ。ほら、中華の酸っぱいやつとかも食べるし」
「そうなんだけどさ、朱音が沢山嘗めちゃったフォークもそのまま使ってくれてたじゃない。それって、朱音の事を汚いって思ってないって事だよね?」
「朱音を汚いって思ったことは無いけどさ、あらためてそう言われるとちょっと汚く感じちゃうな。さっき咥えてた時にそんなに舐めてたのか?」
「さあ、どうだろうね。お兄ちゃんならわかってくれると思うけどな」
朱音は前屈みになって僕に指をさしていたのだが、左手はしっかりと胸元が空かないように押さえていたのだ。最近の子はパンツが見えるよりも胸元を見られることを嫌がるのか、やたらと胸を見られないようにガードしていることが多いような気がする。
僕が特別胸を見ているのかと言えばそうではないと思うし、妹とはいえパンツを丸出しで歩いていると胸よりもそっちの方が気になってしまうのではないかと思ってしまった。
「朱音ってさ、大人っぽく見える時もあるのにさ、本質的にはまだまだ子供だよな」
「急にどうしたの?」
「いや、何でもない」
同じ花柄のパンツでも愛ちゃんと朱音ではその種類が違うのだ。愛ちゃんの履いてた大人っぽいサクラのパンツと朱音の履いている子供っぽいお花のパンツ。
どっちも花をモチーフにした者ではあるのだが、可愛らしさと妖艶さで全く違うものに思えてしまう。履いている人が逆だったとしたらどうなるのだろうと思ってみたのだが、僕は朱音が大人っぽいパンツを履いている姿を想像することが出来なかった。
反対に、愛ちゃんはどんなパンツを履いても似合っていそうな気がしていたのだ。
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