第18話 朱音と愛ちゃんと僕でデート

「お兄ちゃんがデートする時は着いていくって言ったけどさ、なんで大会のある日にするわけ?」

「なんでって、僕が一人で決めたわけじゃないし。愛ちゃんにだって都合ってもんがあるんだから。それに、お前が勝手についてくるっていったんだから今日じゃなくて次のデートの時でもいいと思うんだが」

「そんなのダメだよ。お兄ちゃんが次のデートって言ってもさ、もしかしたら次のデートをする前に振られちゃうかもしれないじゃん。そうなったら私はお兄ちゃんの彼女を見れないことになっちゃうじゃない。それは嫌だもん」

「なんで僕が愛ちゃんと別れるって話になってるんだよ」

 愛ちゃんに朱音の事を話してみたのだが、愛ちゃんは何の迷いもなく僕たちのデートに朱音を連れてくることを了承してくれた。会長や陽菜ちゃんが一緒でも嫌がらないくらいだから朱音の事も大丈夫だとは思っていたけれど、僕としては二人だけの方がいいと言って欲しい気持ちもあったりしたのだ。

 朱音も家にいる時とは違ってきちんとした格好をしていた。パッと見は大人っぽくも見えるのだけれど、よくよく見てみると子供っぽい装飾品もあったりするので小学生が頑張って背伸びをしているようにも感じるのだ。朱音自身はそんな風に思っていないのかもしれないが、僕から見ると朱音はまだまだ子供なのだと思えている。もっとも、僕も高校生なのでそこまで大人っぽいわけではないのだが。

「お兄ちゃんの彼女ってさ、私とどっちが可愛いの?」

「そんなの決まってるだろ。愛ちゃんの方が可愛いよ」

「ねえ、そんな即答する事なくない。私だって可愛いって言われたりしてるんだよ」

「それって、女友達から言われてるんだろ。ほら、女の子って可愛くなくても可愛いっていうし、信用しない方がいいんじゃないか」

「お兄ちゃんはさ、朱音の事を可愛いって思ってないって事?」

「そんなことは無いさ。お前は可愛いよ」

「もう、褒める時はお前じゃなくて名前で呼んでよ」

 仲の良い兄妹の会話をしていると、いつもよりも大人っぽい服装の愛ちゃんが僕らに近付いてきた。目が合ったので僕が手を振ると、愛ちゃんもそれに応えてくれたのだが、朱音は愛ちゃんを見た後に僕の事を不思議そうな顔で見つめていた。

「ねえ、あの綺麗な人がこっちに向かって手を振ってるけど、あの綺麗な人がお兄ちゃんの彼女なの?」

「そうだよ。お前もどっちが可愛いかわかるだろ?」

「わかるけどさ、変だよ。あんな綺麗な人が優しいだけのお兄ちゃんの彼女なんておかしいって。何か弱みとか握ってたりしないよね?」

「そんなものは無いよ。ほら、ちゃんと挨拶しろよ」

 心なしかいつもよりも愛ちゃんの足取りが軽いような気がする。僕が愛ちゃんとデートを出来るのが嬉しいと思っているように愛ちゃんも僕とデートすることを嬉しいと思っていてくれるのだろうか。そうだとしたら、僕はとても幸せだ。

 朱音は男女問わずに友達も多く、人見知りなんかもしないやつなのだが、なぜか愛ちゃんの前だと緊張しているのかいつもの明るさが隠れてしまっていた。

 僕は愛ちゃんに朱音を紹介したのだが、その間も朱音はいつもと違って僕の陰に隠れるように小さくなっていた。なぜ今日に限ってそんなにしおらしくなってるんだよと思いながらも、朱音も人見知りをする事なんてあるだなと思っていた。


「まー君の妹さんって可愛らしいね。遠くで見てた時も仲良くしてるみたいだったし、一瞬カップルに見えて嫉妬しちゃうとこだったよ。二人が兄妹って知らなかったら私はまー君に怒ってたかもね」

 朱音に聞こえないように小声で僕に話しかけてきた愛ちゃんではあったが、僕はいつも以上に近い距離に愛ちゃんがいることでドキドキして変な声で返事をしてしまった。

「朱音ちゃんは何かしたいことあるかな?」

「私ですか。特にないんです。お兄ちゃんが彼女いるって言ってたのも嘘だと思ってたし、本当にいるとは思ってなかったから。お兄ちゃんに何か買ってもらおうかなって思ってたくらいで」

「まー君って、朱音ちゃんに信用されてないのかな。それとも、朱音ちゃんはまー君の事を好きだから信じたくなかったって事なのかな。でも、私はまー君と付き合ってるってのは事実だからね。ごめんね」

「謝らないでください。お兄ちゃんが嘘ついてるって思ってたのは私が勝手に思ってた事だし、本当だったとしても愛さんみたいに綺麗な人だと思ってなかったから緊張しちゃって」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、そんなに緊張しなくてもいいんだよ。私だってまー君の妹に会いたいって言われてからずっと緊張してたんだからね。でも、朱音ちゃんが可愛いから緊張よりも嬉しいって思いの方が強くなったんだけどな」

「私も。私も愛さんみたいな綺麗な人で良かったです。お兄ちゃんに彼女が出来たのは信じられなかったし、愛さんみたいに綺麗な人ってのも信じられないですけど、二人が仲良さそうで良かったです。でも、二人の邪魔になりそうだから今日は帰ります」

「そんなこと言わないでさ、せっかく会えたんだから一緒に遊ぼうよ。ねえ、まー君もそれでいいでしょ?」

 自分の気持ちに素直になるとすれば、僕は朱音に帰ってもらって愛ちゃんと二人で過ごしたいとは思う。でも、そんな事をすれば後で朱音に何を言われるのかわかったモノじゃない。もしかしたら、親にある事ない事を吹き込んで僕のお小遣いが無くなってしまう可能性だってあるのだ。

 しかし、そんな理由でせっかくのデートを邪魔されるのはどうなんだろうと思ってしまう。僕は愛ちゃんと二人だけで過ごしたい。今までも愛ちゃんに対してはずっと素直にやってきたんだし、今日もそうするべきだろう。

「私ね、朱音ちゃんと仲良くなってみたいな。まー君の妹なら仲良くなれると思うし、仲良くならないといけないと思うんだよね。今日は私のワガママを聞いてもらってもいいかな」

 僕は愛ちゃんに手を握られていた。もちろん、愛ちゃんはまっすぐに僕の目を見つめているのだが、僕は気恥ずかしく思いながらもその視線を外すことは出来なかった。そんな僕を見て朱音は戸惑っているようなのだが、愛ちゃんが僕から手を離して朱音の手を握ると朱音はより戸惑った表情を浮かべて僕に助けを求めるような目で見つめてきた。

「ねえ、朱音ちゃんは私の事が嫌いなのかな?」

「そんな事ないです。愛さんが綺麗すぎるから緊張しているだけで、嫌いなんて無いです」

「それならいいんだけど、今日は帰っちゃうのかな?」

「そのつもりですけど、帰らない方がいいですか?」

「うん、私は朱音ちゃんと仲良くなりたいから帰ってほしくないな。でも、朱音ちゃんがどうしても帰るって言うんだったら、お家に遊びに行っちゃおうかな」

「え、ソレはちょっと困るかも。綺麗に片づけてないし」

「それに、朱音は愛ちゃんに見せれるような部屋着持ってないもんな」

「ちょっと、お兄ちゃん。それは言っちゃダメだよ。それに、部屋着くらいあるもん。小学校の時に来てたジャージだけど」

 朱音は頬を膨らませて僕を睨んでいた。なぜ朱音が僕を睨んでいるのか愛ちゃんは気付いていないだろう。まさか、僕の妹が家ではパンツ丸出しのはしたない恰好で過ごしているなんて夢にも思わないだろうな。来客がある時は部屋から出ない朱音は部屋着というものを必要としていないのだ。そんな事もあって、今から愛ちゃんが遊びに来ても着る服が無いと思っているのだろうが、別に今着ている服から着替える必要なんて無いとは思う。

「そうなんだ。朱音ちゃんって思い出を大切にするんだね。でも、せっかく可愛いんだから可愛い服も着た方がいいと思うな。そうだ、今日は朱音ちゃんに似合いそうな服を身に行こうよ」

「でも、私は今日お金を持ってきてないし」

「大丈夫。見るだけでもいいと思うからさ。それに、本当に似合うものがあったらまー君が何とかしてくれると思うよ。ね、まー君」

 愛ちゃんだけでなく朱音まで僕に期待を込めた目で見つめてきているのだが、そんな目で見られたとしても僕だってそんなにお金を持ってきているわけではないのだ。

 いったん僕が立て替えて後で朱音に請求するというのであれば問題はないのだが、お小遣いをもらっていない朱音に請求することなんて出来るはずも無いし、多淫常備プレゼントと言ってもまだまだ先の話だよな。


 三人仲良く朱音に似合いそうな服を見ているのだが、好みというのは三者三様で面白いものだ。

 僕は朱音に似合いそうなものを探すというよりも、安いモノの中から朱音に似合いそうなものを探していた。

 朱音は小学生の時から着ていたような服を見ていたのだが、僕からしてみたらそれは子供服なのではないかと思えていた。

 愛ちゃんは今愛ちゃんが着ているような系統の服を選ぶのかと思っていたのだが、朱音が選んでいるような系統で少しだけ子供っぽさが薄れているようなモノを選んでいた。

 朱音は僕の選んだ服に見向きもせずに自分で選んだ服と愛ちゃんが選んだ服を見比べているのだが、どっちの服も好みに合っているようで決めることが出来ないようであった。

 今日選んだところで買うとは言っていないのだが、朱音の中ではもうすでにどちらかを買うという事に決めているようだ。さすがに、持ち合わせ的に両方を買うことは出来ないのだが、僕が選んだ服であれば上下揃うので急な来客があったとしてもそのまま人前に出ることは出来るだろう。

「愛さんの選んでくれた服もいいなって思うんですけど、私に似合うのかなって思うんですよね。ねえ、お兄ちゃんはこれ似合うと思う?」

「似合うんじゃないかな。愛ちゃんが選んだのだし」

「もう、素直に褒めてくれたらいいに。ちょっと試着してみるから素直に褒めてよね」

 べつに試着しなくてもあてがうだけでもいいのではないかと思っていたのだが、朱音はそのまま試着室の方へ行ってしまった。いつもなら試着なんてしないでサイズだけ見て買ってるような奴なのに、愛ちゃんが選んだ服が自分の趣味と少し違うから気になって着てみたいという事だろうか。女心というのは難しいものだ。

「朱音ちゃんって、本当に可愛いね。それに、なんだかんだ言ってもまー君の事を好きなんだって見てたわわかるよ。私も朱音ちゃんに負けない様にしないとね」

「でもさ、朱音の好きと愛ちゃんの好きは一緒じゃないと思うけど」

「どうだろうね。それは本人にしかわからないんじゃないかな」


 僕たちは試着室の近くまで行って朱音が出てくるのを待っていた。朱音はなかなか出てこなかったのだが、出てきたときには愛ちゃんが選んだ服は着ずにもともと着ていた服を着ていたのだ。

「あれ、あんまり気に入って貰えなかったかな?」

「そんな事ないです。凄くいいって思いました。でも、ちょっと胸が潰れて苦しいんでもう少し大きいサイズの方がいいかなって思ったんです」

「そうなんだ」

 愛ちゃんは朱音の事をじっと見ていたのだが、「ちょっとまってて」というとサイズ違いの服を何着か持ってきてくれたのだ。

 朱音はそれを受け取って再び試着室の中へ戻っていったのだが、愛ちゃんも開いている試着室へと入って行ってしまった。

 試着室の前で一人待たされた僕はそのまま待っていたのだが、愛ちゃんから渡された鞄を持ってきて欲しいと頼まれたので試着室の前に近付いてカーテンの隙間から差し込むと、その差し込んだ僕の手を愛ちゃんは握って僕を試着室の中へと引き込んだ。

「急にどうしたの?」

「ちょっとだけ朱音ちゃんに嫉妬しちゃった」

「嫉妬って、朱音の胸が大きいことに?」

「違うって、それは別にどうでもいいし。そうじゃなくて、二人があんまりにも仲が良いから嫉妬しちゃったんだ」

「だからって、試着室に二人で入るのは違うと思うけど」

「なあに、そんなに顔赤くしちゃって、緊張しちゃってるのかな?」

「そんな事、あるかもしれないけど」

「ふふふ、最初に会った時の朱音ちゃんと同じ反応だね。二人とも可愛いな」

 僕は試着室から出ようと思ったのだが、僕の方が奥にいたのですんなりと出ることは出来ずにいた。

 愛ちゃんは中腰になって僕を見つめながら履いているズボンを下ろしているのだが、僕の位置からは愛ちゃんの履いているパンツまでは見えなかった。

 パンツを見たいという気持ちはあるのだが、愛ちゃんとこんなに近い距離でパンツを見てしまっていいのだろうかという葛藤もあったのだ。正直に言おう、僕は自分の事を抑えられる自信なんてないのだ。それに、隣に朱音がいるというのも問題である。

「大丈夫。見えても平気だから。朱音ちゃんには内緒にして欲しいけどね」

 僕は恥ずかしくて目を逸らしてしまったのだが、逸らした先にある鏡にハッキリと愛ちゃんのパンツが映しだされていた。


 今日の愛ちゃんのパンツは全体的に小さめでどうしてそれで隠れているのだろうと思えるくらいのものであった。

 朱音が履いていたパンツもエメラルドグリーンだったなと思っていたのだが、そんな事を思い出していると朱音が僕を呼んでいる声が聞こえてきた。

 更衣室の中に入っているので返事をすることは出来ないが、朱音が僕を呼ぶ声で愛ちゃんも少しびっくりしてしまったようで慌ててズボンを履き直していたのだ。

「お兄ちゃん、私が選んだやつも着てみたいから持ってきてもらってもいいかな?」

 僕はなるべく音を立てないように更衣室から出て朱音のお願いを聞いてあげることにした。

 愛ちゃんも何事も無かったかのように僕の隣に立っているのだが、いつもよりは少しだけ愛ちゃんも落ち着きがないように思えてしまった。

 その後も何度か朱音に合いそうな服を選んではいたのだが、サイズと着心地で気に入ったものが無かったようなので買うまでには至らなかったのである。

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