第12話 僕の彼女は知っている

 校舎は三階建てなのだが、職員室近くの階段だけは屋上へと続いている。

 もちろん、屋上への扉は鍵がかかっていて閉まっているのだが、僕は愛ちゃんにそこに来るようにと連絡を受けていた。

 いつものように僕よりも先に来て待っているのだろうと思っていたのだけれど、屋上への扉があるだけで他には何も無い空間に愛ちゃんが隠れることが出来るようなスペースも無く、僕は初めて愛ちゃんより先に待ち合わせ場所へとたどり着いていたのだ。

 約束の時間になっても愛ちゃんがやってくることは無く、僕は高い位置にある換気用の小さい窓から見える空の様子を眺めていたのだが、小さな窓から見える狭い空には雲一つなくどこまでも続いているような印象を受けた。換気用の窓からは小さな世界しか見えないのだが、どこまでも遠くまで見渡せるような空であったので狭いという印象は受けなかった。


「遅れちゃってごめんなさい。ちょっと一年生の子とお話ししてたら遅れちゃった」

「来てくれて良かったよ。愛ちゃんに何かあったんじゃないかって気になってたからね。無事ならそれで良かったよ」

「待たせちゃってごめんね。まー君は何かいいことでもあったのかな?」

「いい事って、愛ちゃんにこうして会えてることくらいだよ」

「そうなんだ。てっきり何かあったのかと思ったよ」

 愛ちゃんは何かを知っているかのように言っていたのだが、僕は愛ちゃんに会えることを除けば何か良いことがあったという事はないだろう。あえていうのであれば、陽菜ちゃんが女児向けアニメのパンツを履いていたという事を知ったくらいであるが、そんな事を知ったところで僕になんの得も無いという事だから良いことではないだろう。

「例えばさ、今日は風が強い日だったし、学校で誰かのパンツを見ちゃったとか」

「まあ、誰かのパンツを見たとしてもソレが良いこととイコールになるとは思わないけどね。愛ちゃんのパンツだったら話は変わるけどさ」

「会長さんのパンツを見た時も真美ちゃんのパンツを見た時も普段と何もリアクションが変わらなかったって言ってたし、まー君って他の男子と違ってあんまりパンツに興味ないのかな?」

「そんなことは無いと思うよ。僕だってパンツが見えてたら目で追っちゃうと思うけど、他の人のパンツを見ても何か特別思う事なんて無いからね」

「まー君ってそう言うとこあるよね。でも、私はそんなまー君が好きだよ」

 愛ちゃんは僕の横に立って僕と同じように小さな窓から空を見ているようだ。雲一つない空を見ながら目を細めている愛ちゃんの横顔はとても美しく感じていた。

「でも、興味が無いからって何のリアクションも返さないってのは良くないと思うよ。会長さんだって真美ちゃんだって何らかのリアクションはあると思ってたんじゃないかな。まー君が私に対して誠実だってのは二人とも知ってるからそこまで気にしてはいないと思うけど、一年生の陽菜ちゃんはショックだったんだと思うよ」

 僕は愛ちゃんの口から陽菜ちゃんの名前が出てきた事に驚いていたが、愛ちゃんはそんな僕の姿を見ても眉一つ動かしてはいなかった。陽菜ちゃんの名前を出せば僕が驚くことは知っていたと思うけれど、それにしても愛ちゃんが何の反応も見せなかったのは少し気になってしまった。

「愛ちゃんって、陽菜ちゃんと知り合いだったの?」

「いいえ、知り合いじゃなかったよ。ここに来る前に急に話しかけられてから知り合ったんだけどね」

「そうなんだ。陽菜ちゃんはオカ研の部員なんだけど、あんまり活動には参加してないんだよ」

「それも聞いたけど、私はちょっと気になることを聞いちゃったんだよね。陽菜ちゃんがまー君をデートに誘ったって聞いたんだけど、まー君はそれをOKしたのかな?」

「僕はOKなんてしてないよ。僕が愛ちゃんとデートをする時は陽菜ちゃんも誘えって言ってきたんだけどさ、そんなのって無理だって断ったんだよ。会長と一緒にいた時とは違ってさ、今は愛ちゃんとのデートに誰かを連れて行く必要なんて無いと思うし」

「私は別に誰かを連れてきてもいいと思うよ。最初は真美ちゃんでもいいかなって思ってたんだけどさ、まー君の後輩である陽菜ちゃんが一緒にデートをしたいって言うんだったらその子を誘ってもいいよ。真美ちゃんと一緒のデートよりも陽菜ちゃんと一緒のデートの方がまー君も気が楽なんじゃないかなって思うからね」

「でも、僕はデートをするんだったら愛ちゃんと二人だけの方がいいな」

「私もそうだけどさ、まー君の事を好きだって思ってる人がいるんだったらその人にもまー君との思い出を作ってもらいたいって思うからさ。その思い出が良いモノになるか辛いモノになるかはその人次第だとは思うけど、私は他の人を誘ってくれてもいいと思うよ」

 愛ちゃんは僕と二人っきりのデートじゃなくてもいいと思っているのか。それはちょっと悲しい気持ちになってしまったが、僕の事を好きな人がいるなら一緒にデートをしてもいいと愛ちゃんは言ってくれている。

 正直に言えば、僕は陽菜ちゃんから行為を向けられているという事は気付いていた。陽菜ちゃんがオカ研に入って割と早い段階でその気持ちには気付いていたのだけれど、当時の僕は恋愛に興味を持てなかったので陽菜ちゃんから逃げるように会長とだけ話す時間を作っていた。

 僕がそんな事をしてしまったことで陽菜ちゃんがオカ研の活動にしにくいと思ってしまったかもしれないが、当時の僕は愛ちゃんと知り合う前で女性に対してそれほど興味を持っていなかったという事もあり、陽菜ちゃんから向けられる行為をどう受け止めればいいのかわからなかったのである。

「じゃあ、愛ちゃんが良いんだったらこの前みたいに陽菜ちゃんを入れてもいいよ」

「私は別に誰がいても気にしないからね。どこか行きたいところがあったらまー君の意見を教えて欲しいんだけど、陽菜ちゃんにも行きたい場所が無いか聞いておかないとね」

「そうだね。愛ちゃんが行きたい場所あるならそこで良いんだけど、ないんだったら陽菜ちゃんに聞いてみるのもありかもね」


 愛ちゃんも僕もあまりデートスポットというものに詳しいわけではないので困っていたのだが、陽菜ちゃんはデート以外にも友達とよく遊んでいるようだし、僕がネットで調べる情報よりもいいところに連れて行ってくれるんだろうと勝手に期待してしまっていた。

 陽菜ちゃんを誘うと言っても、会長の時のように今週末にデートと言われても困るだろうし、少しくらいは時間に余裕を持たせた方が良さそうだ。


「ちなみになんだけど、まー君が見た陽菜ちゃんのパンツと、私のパンツだったらどっちが魅力的かな?」

 愛ちゃんのスカートの下にはいつものようにパンツしかないのだが、そのパンツも今まで見て聞いたパンツよりも落ち着いた印象を受けた。

 実際はどうだったのかわからない事ではあるのだが、今まで見てきたパンツとは違ってグレーで肌触りも吸水性もよさそうなシンプルなパンツであった。

 ただ、近くで確認してみると、そのパンツにはうっすらとキャラクターが描かれていた。

 陽菜ちゃんのパンツにもキャラクターが描かれていたが、それは女児向けアニメのキャラクターである。

 愛ちゃんが履いているパンツにうっすらと描かれているキャラクターは誰もが一度は見たことがあるだろうし、同じキャラクターもののパンツなのに愛ちゃんと陽菜ちゃんでは受ける印象が全然違うんだと実感してしまった


「まー君が私と陽菜ちゃんのパンツを比べてどっちがいいか教えてくれないんだったら、私はしばらくの間はパンツを見せてあげないからね」

「愛ちゃんと比べたら誰も勝てる人なんていないよ。例え世界中の人が愛ちゃんに勝負を挑んできたとしても、僕は必ず愛ちゃんが勝てると信じているからね」

 愛ちゃんは僕の事は見ずに小さな窓から見える景色を飽きずに眺めているのだが、その間も愛ちゃんの両手はしっかりとスカートを持ち上げていたのだ。

 僕と愛ちゃんしかいないこの空間で愛ちゃんは僕にパンツを見せてくれているのだが、愛ちゃんは小さな窓から見える外の景色が気になっているように見える。

 僕はその間もしっかりと愛ちゃんのパンツを脳内に焼き付けようとしていたのだが、不思議な事に頭の片隅に陽菜ちゃんが履いていた女児向けアニメのキャラクターの顔が浮かんでしまっていたのだ。


「まー君、今違うこと考えてたでしょ?」

「うん、ごめんなさい」

「別にいいけどさ、次はもっとちゃんとしたパンツを履いてくるからね。デートの時はもっと面積の少ないパンツ

を履いてみようかな」

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