第10話 映画好きの彼女
誰もいない音楽室は静寂に包まれていた。いつもであれば、吹奏楽部なり声楽部なり軽音楽部が放課後の音楽室を使用していると思うのだが、今日に限っては誰も音楽室にやってくる気配すら見られなかった。
愛ちゃんが指定してくる場所は不思議と誰もいないのだ。さすがに放課後の音楽室に呼び出された時は誰かいるだろうと思って覚悟してみたのだが、実際に来てみると本日は吹奏楽部の練習日だというのに吹奏楽部員は誰一人として音楽室に来ていなかったのだ。
「今日は音楽室を使う人がいないのかな?」
「そんなことは無いと思うよ。だって、今日は吹奏楽部が練習する日だからね」
「それにしてはさ、まだ誰もやってきていないってのが変じゃない?」
「変ではないと思うよ。だって、今は吹奏楽部のみんなは体力づくりのために校庭を走ってるところだからね」
僕は窓の外を見ている愛ちゃんの横に立って一緒に校庭を見ていた。そこには練習をしているサッカー部の邪魔にならないように校庭を走っているジャージを着た集団が走っていた。おそらく、その集団が吹奏楽部なのだろうと思うのだが、誰一人集団から離れることも無く一定のリズムを保ち続けているようにも見えていた。
「みんな大変だよね。私は楽器とか人前で披露できるほど上手じゃないから吹奏楽部には入らなかったけどさ、まー君は楽器とか出来たりするのかな?」
「僕は全然出来ないよ。中学の時に音楽で習ったリコーダーを普通に吹けるくらいだもん。それ以外の楽器ってちゃんとやったことないかも」
「楽器はちゃんと習わないと出来ないよね。私は小さい時にピアノとエレクトーンを少し習ったんだけどね、今も続けてたらどうなってたのかなって思っちゃった」
「愛ちゃんは何でも出来そうだし、そっちの道で有名になってたのかもね」
「どうだろうね。そこまで上手になってないかもしれないし、趣味の延長で続けてるだけかもしれないよ」
愛ちゃんはピアノの横に移動して懐かしむようにピアノをそっと撫でていた。愛ちゃんはピアノを弾きたいのかなと思って僕は見ていたのだが、ピアノから離れた愛ちゃんは僕を椅子に座らせると鞄から一冊の本を取り出して渡してきた。
「まー君ってさ、好きな映画とかあるの?」
「映画ってあんまり見た事ないかも。親が借りてきたのを一緒に見るくらいかな」
「そうなんだ。じゃあ、あんまり映画は好きじゃないって事かな?」
「見るのは好きだけど、自分で何か見ようって決めることはあんまり無いって感じかも。小学生の時にどうしても見たいアニメの映画を見に行ったくらいで、それ以外は映画館に行った事ないかも」
「わざわざ映画館まで行って見たいような映画は無いって事なのか。ちょっと残念だな」
愛ちゃんはそう言いながら僕に渡してきた本のページをめくると、これから公開される映画の紹介ページを開いていた。
映画に興味が無い僕でも知っているくらい有名なシリーズが大々的に取り上げられているのだが、もしかしたら愛ちゃんは僕と一緒にこの映画を見に行きたいのだろうか。そうだとしたら、このシリーズを一度見ておいた方が良いのかもしれない。
「愛ちゃんはこの映画を見に行きたいの?」
「興味はあるんだけどさ、この映画のシリーズって見た事ないんだよね。私達が生まれる前からやってる映画だからなかなか見る機会が無くてね。うんと小さい時にパパが借りてきてみてたと思うんだけど、映画を見たって記憶だけで内容までは覚えてないんだ。だから、上映中にこの映画を見に行くことは無いと思うよ」
「そうなんだ。このページを開いてたから見に行きたいって事なのかなって思ったよ」
「映画は見に行きたいって思うけど、私が見たいのはそれじゃないんだよ。最後までその本を見て私が見たい映画をまー君は当てることが出来るかな?」
僕は特集の続きをパラパラとめくっていくのだが、愛ちゃんが好きそうな映画というのがいまいちわからなかった。他にも話題の映画がたくさん載っているのだけれど、夏が近いという事もあって爽やかな映画や派手なアクション映画もあるようなのだが、それらは愛ちゃんが見たいと思う映画ではないようだった。
「他に愛ちゃんが見たそうな映画と言えが、この特撮のやつ?」
「うーん、特撮も小さい時に見たっきりで今のやつはわからないかな。ほら、早く当てないと吹奏楽部の人達が戻ってきちゃうよ」
「そう言われてもな。他に載ってるのと言えば、このサイコサスペンスっぽいやつかな?」
「そう、それ。それが見たいの」
「え、でもこれって、ちょっと怖そうに見えるけど」
「それが良いんだよ。私は怖いの苦手なんだけど、まー君と一緒に見てみたいなって思ってね」
愛ちゃんは僕の横に立って一緒に本を見ていたのだが、小さく書かれているサイコサスペンス映画の紹介文を指さして僕に読み聞かせてくれたのだ。
「どう、まー君も見てみたいって思った?」
「ちょっと怖そうだなって思うけど、愛ちゃんと一緒に見てみたいかもって思ったよ」
「それなら良かったよ。でも、私もまー君もちょっと怖がりかもしれないし、真美ちゃんも誘ってみようかな」
僕は愛ちゃんの口から出た真美ちゃんの名前を聞いて無意識のうちに何か反応してしまっていたようだ。
そんな僕の様子を見た愛ちゃんはイタズラっ子のような目を僕に向けながら微笑むと、僕の正面に立って真っすぐに僕を見つめてきた。
「今までも真美ちゃんの話はしてきたと思うんだけど、なんで今日は真美ちゃんの名前にそんな反応をするのかな?」
「反応って、そんなことは無いと思うけど」
「でも、真美ちゃんって名前を出したらまー君は驚いていたように見えたけどな」
「ちょっと真美ちゃんと愛ちゃんの事を話してたからさ、それを思い出したからだと思う」
「へえ、まー君も真美ちゃんって呼ぶんだ。仲良くなったって事なのかな?」
「ちゃんと話したのは初めてだったけど、真美さんって呼ぶなとは言われたんだよ。今はここに居ないから真美さんって呼んでた方が愛ちゃん的には良いのかな?」
「それはどっちでもいいと思うよ。でも、まー君が真美ちゃんと仲良くなったんだとしたら、私は嬉しいって思うけどな。だって、一番大好きなまー君と一番の親友である真美ちゃんが仲良くなってくれるって幸せな事だと思うもん」
愛ちゃんは僕と真美ちゃんが仲良くなったことで怒っているわけでは無いようだ。むしろ、僕たちが仲良くなったことを嬉しそうにしてくれている。真美ちゃんが愛ちゃんに伝えているかはわからないけれど、ここも正直に真美ちゃんのパンツを見たという事を言った方が良いのだろうか。
真美ちゃんは愛ちゃんの親友であるわけだから僕にパンツを見せたという事を言っていると思うのだが、親友だからこそそんなことを言っていないという可能性もある。だが、僕はどんなことでも愛ちゃんに隠し事をしないと決めていたのだから、これも言った方が良いんだろうな。
「あのね、怒らないで聞いて欲しいんだけど、いいかな?」
「どうしたの、改まっちゃって」
「実はね、真美ちゃんと会った時の話なんだけど、僕は真美ちゃんのパンツを見てしまったんだ」
「それって、まー君から見たいって言って見たって事じゃないよね?」
「違うよ。僕から見たいなんて一言も言ってないよ。それに、僕は愛ちゃんのパンツしか見たいって思ってないし」
「まー君から見たいって言ったわけじゃないんだったらいいけど、まー君は黙って真美ちゃんのパンツを見てたって事なのよね?」
「結果的にはそうなるかも。でも、僕は望んでいたわけじゃないんだよ」
「じゃあ、私がまー君に今パンツを見せたとしても望んでないって事だよね」
「いや、それは違うよ。僕はいつだって愛ちゃんのパンツを見たいとは思うよ。でも、それはワガママだって知ってるからさ、そんな事は言わないよ」
愛ちゃんは僕から少し距離を空けると、自らスカートの端を持ち上げてパンツが見えるようにしてくれた。真美ちゃんとは違って大人っぽくはないのだが、子供っぽくもない水玉のパンツが僕の目に飛び込んできた。
白地に青い水玉がプリントされたシンプルなパンツではあったが、履いているのが愛ちゃんという事もあって僕は興奮してしまっていた。真美ちゃんの履いていた大人っぽいパンツの方がパンツという事だけを考えれば魅力を感じてしまうかもしれないが、履いている人を考えると愛ちゃんと水玉パンツの方が僕には刺激的だった。
「そんなに見つめないでよ。さすがに恥ずかしいから」
「でも、愛ちゃんの方が綺麗だって思うから」
「それって、会長さんよりも?」
「もちろん」
「真美ちゃんよりも?」
「もちろん」
「もう、恥ずかしくなってきたよ」
「もう少しだけ、こうしていてもいいかな?」
僕は食い入るように愛ちゃんのパンツを見ていたのだが、僕はそれでも愛ちゃんの顔を見ることは忘れなかった。
愛ちゃんの顔とパンツを交互に見ているのだが、愛ちゃんは恥ずかしそうな表情を浮かべつつもどこか嬉しそうな表情をしているようにも見えた。
顔を赤くしている愛ちゃんは恥ずかしいだけではなく嬉しいという気持ちもあるのだろう。その証拠に、愛ちゃんは僕と目が合うと嬉しそうにほほ笑んでくれていたのだ。
吹奏楽部のみんなが戻ってくるまではこうして見ていたと思っていたのだが、愛ちゃんは突然スカートから手を離すと、僕にゆっくりと近付いてきて耳元で優しく囁いてきた。
「三人で楽しもうね」
僕は何を楽しむのだろうと感がてしまったが、きっと映画の事だろうと思って愛ちゃんの方を振り向くと、愛ちゃんはすでに音楽室の扉の近くに移動していた。
「まー君はオカ研の活動頑張ってね」
愛ちゃんはそのまま音楽室を出て言ったので後を追ったのだが、僕が音楽室から出た時には愛ちゃんの姿はもう視界から消えていたのであった。
近くの階段を下りている時にすれ違ったのは吹奏楽部の部員たちだと思うのだが、みんな真剣な表情で音楽室に向かっているように見えた。
僕はそんな部員たちと目を合わせることも出来ずに逃げるように階段を駆け下りてしまったのだが、誰も僕の事なんて気にしていないんだろうなと思うと少しだけ足取りは軽くなっていた。
愛ちゃんのパンツを見れたという嬉しさもあったと思うのだが、それは誰にも分らない事だとは思うのだ。
オカ研の活動は今日ものんびりとしたものになると思うのだが、僕はなるべく余韻を楽しもうと思って部室に向かっているのである。
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