第16話 停滞

 鎧武者が揃い踏みする騎士団訓練所にいると、自分が部外者であることを強く自覚する。

 だが、「彼らに稽古をつけて欲しい」というのは、この国の実質的なトップである王子からの要請でもあり、無碍に断る訳にもいかない。

 例えそれが、口実であると知っていても。


「次の方、どうぞ」


 ノノアの呼び掛けに、ひとりの騎士が歩み出てくる。


「お願いします」


 互いに一礼して頭を下げ、訓練用の剣を構える。

 数瞬後には、この一つ前に手合わせした騎士と、同じ結果を迎えた。

 相手が剣を振ろうとした瞬間、ノノアはその動きを潰すべく先手を取った。


「グッ!」


 手首を打ち据えられた騎士は、衝撃に耐えられず剣を取り落とした。

 手甲に守られている部位のため、怪我はないだろう。


「ま、参りました」


 まだ痺れているだろうに、何とか取り落とした剣を拾い上げ、騎士は退出する。

 その背中を見送ったあと、ノノアがまた


「次の方」


 と声を掛けると⋯⋯。


「ノノア様、そろそろお時間です」


 答えてきたのは、騎士ではなかった。

 王子付きの秘書で、ノノアの案内役だ。

 隣には、この一年で顔馴染みとなった騎士団の団長が控えていた。


「本日もありがとうございました」


 礼を述べた団長に、立ち合った騎士たちへのアドバイスを二、三伝言したあとで、案内役と共に城内へと向かう。


「流石はノノア様ですね。今日も相手に打たせることなく、騎士団の猛者達を退けるなんて」


「お世辞はいいわ」


 肩を竦めながら目的地へと歩む。

 訓練後は王子との会食。


 いつもと変わらないスケジュールだ。


 昼飯時は少し過ぎていた。

 城内の食堂に着くと、各々食事をしているまばらな人影の中に、王子が混ざっていた。


 王子は飾らない人物で、食堂で皆と同じように食事をする。

 畏まった場所でないことが、ノノアにはありがたかった。


「お待たせしました」


「やあノノア。今日も綺麗だね」


 王子の世辞に曖昧な笑みを浮かべ、対面の席に腰掛ける。

 いちいち着席の許可は不要だ、と言われているからだ。


 王子の秘書は二人分の食事を用意したのち、そのまま少し離れた場所で待っている。

 二人で話をするための配慮、ということだろうが、ノノアとしてはあまり変な気を使って欲しくなかった。


 一年前まで魔王軍と戦争していた国のため、王族とその賓客とはいえ豪華な食事とはいかない。

 それでも貴重な肉や柔らかいパンと、具沢山のスープ。

精一杯の心遣いを感じる献立だ。

 食事を口にしていると、王子が聞いてきた。


「それでノノア。考えてくれたかい?」


 またその話題か、と思いながらも当然顔には出さないようにしながら、ノノアは淡々と返事をした。


「はい、今も考えています。つまり⋯⋯まだ答えは出ていません、申し訳ありませんが」


 本当はあまり考えていない。

 どう先送りし続ければいいか、ということを除けば。

 ノノアの返事に、王子は苦笑いを浮かべた。


「仕方ないさ。一回りも上の私と婚姻を結ぶなど、すぐに決断はできないだろう」


「いえ、ご年齢を問題にしてる訳ではないのですが⋯⋯」


 魔王討伐から、一年。

 状況は変わりつつあった。


 まず、これまで行われていた周辺国からの支援が無くなった。

 建前上、王国は魔王討伐を果たした、その盟主として尊敬を集めているが、先行きは暗い。


 黒雲によって農業は壊滅状態。

 今から田畑を、魔王が現れる以前と同様の状態にするのも一筋縄ではいかない。

 二十年という時が、多くの人々から作物を育てる知識を奪ったからだ。

 

 王国は、外国からの入植者へ土地を与えるという政策を発し、減少した人口の増加と、失われた知識の再獲得に努めているが、実を結ぶのはまだ先だろう。


 何より、元よりいる王国民には「戦ったのは我々だ」という自負がある。

 それを考えれば、入植者ばかりを優遇すれば国民感情を刺激するだろう。



 魔王がいなくなったとはいえ、この国は疲弊している。



 そんな中、難しい舵取りを迫られる王子としては、状況改善の手があるなら積極的に利用したい。

 それくらいはノノアも理解している。


(だからせめてもの明るい話題として、私と王子の結婚⋯⋯って言われても、ね)


 ノノアも、王子個人の事は尊敬している。


 魔王軍との戦争中は、王子のスキル「統率」により将兵を導き、厳しい防衛戦をいくつも勝利に導いた、ノノアとは違う意味での勝利の立役者だ。

 戦後は、魔王討伐が成った安心感と、それまでの心労が重なり倒れた国王に成り代わり、実質的に国を取り仕切っている。


 そんな王子と、魔王討伐を果たしたノノアが身分違いの婚姻をするとなれば、頭の固い一部貴族を除いて盛大に歓迎されるだろう。

 今、この国には国民に施せるようなものはない。

 だからせめて、希望を感じる明るい話題を、というのはわかる。


 だが、ノノアにとってみれば、そんなことは知ったことではない、という思いがある。


 せっかく魔王を討伐したのに、自分には何も残らなかった。

 やっとスタートラインに立てる、そう思ったのに、本当にやりたかったことはもうできないのだ。


 その戸惑いから、今もまだ立ち直れてはいない。

 だが、心が立ち止まったままのノノアを、周囲はさっさと歩けと急かしてくる。


 魔王を討伐させたことだけに飽きたらず、「魔王を倒した英雄なんだから」と、それ以上の奉仕を、臆面もなくノノアに求めてくる。

 

 正直、「窮屈だ」と感じてしまう。


「すみません王子。もう少し考えさせてください」


 結局いつもと同じ返事をして、その場を辞した。









 国がノノアのために用意してくれた自宅に戻り、就寝の準備をしている時、来客があった。


「こちらです」


「ありがとう」


 簡単なやり取りだけで、来客は帰った。

 来客が持ってきたのは以前自分が頼んだ調査、その報告書だった。

 報告書に目を通すと、知りたかった人物の所在が書かれていた。


 翌日、その日に入っていた本来の予定をキャンセルし、ノノアはその人物を訪ねた。


 それは、ノノアを含めた村人たちの命を救ってくれた人物の妻であり、エリウスの母。

 とりあえず持てるだけの財産を用意し、彼女の元を訪ねたのだ。


「あなたがノノア? よく来てくれたわね」


 笑顔で挨拶され、驚いた。

 突然の訪問に先方を驚かせる事を懸念していたのだが、意外なことに歓迎されているような雰囲気を感じた。


 家の中に案内される。


「ちょっと座って待ってて」


 待っている間に室内を観察した。

 目に映るものはどれも使い古され、質素な暮らしぶりが伝わってくる。

 だというのに、エリウスの母はわざわざお茶を淹れてくれた。

 

「魔王を倒したなんて聞いていたから⋯⋯もっと、迫力のあるお嬢さんを想像していました。まさかこんな可憐な方だなんて」


「ははは、いや、そんなでもないんです、お転婆だっていつも両親には怒られていましたから⋯⋯いただきます」


 子供の頃は、よく「男女おとこおんな」などと友人に茶化されていた。

 大人になってからは容姿を褒められることはそれなりにあるが、未だに慣れない。


 照れ隠しに茶を啜る。

 その間も、優しいまなざしを向けてくるエリウスの母の姿に、ちくりとした胸の痛みを覚える。

 カップを戻し、一息ついたところで本題を切り出した。


「今日は、私⋯⋯謝罪の為に来たんです」


「謝罪?」


「はい」


 もう口の中に茶は無い。

 だが、ノノアはもう一度口の中のものを飲み込むように喉を鳴らしたあと、謝罪の言葉を口にした。


「エリウスを⋯⋯あなたの息子さんを死なせたのは⋯⋯私なんです」


 その言葉を受けて、少し考えるようにしたのち、エリウスの母は聞いてきた。


「なぜそう思うの? だってあの子を殺した人は、捕まって処刑されたんでしょ?」


「⋯⋯ええ」


 元パーティーメンバーだったレナは、エリウス殺害の容疑で有罪判決を受け、処刑された。

 彼女は自ら出頭し、証言を元に捜査したところ井戸の中からエリウスの死体が見つかった、とのことだ。


 聖女の処刑。それは人々の間に、瞬く間に伝わった。

 怨恨、痴情のもつれなど、人々は口さがなく噂したが、一年もすれば自然と話題にも上らなくなった。


 だから、エリウスの母が言うことは正しい。

 だが、ノノアはこの一年⋯⋯いや、「竜牙の噛み合わせ」にいた頃から、常に罪悪感を感じていた。

 自分はレナの言う通り、足手まといだ、と。


 そんな内心を表に出さないようにしていた。



「あなたがなぜそう感じるのか、良かったら話してみて。できれば最初から。私もあの子の事を、もう少し知りたいわ」


 エリウスの母に促され、ノノアは自分の過去を告白し始めた。

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