二重詠唱の合成魔法使い〜ハズレスキル【翻訳】のせいで追放されたけど、翻訳スキルで詠唱に《ルビ》を振ることにより魔法を合成し最強になったので愛しの幼馴染の後輩と自由に生きようと思う〜

ウサギ様

異世界のプロローグあるいは現代のエピローグ

 

 《精神の変質によりスキルレベルが下がります。【翻訳Lv.4】》


 口から血反吐を吐き出し、深く深く溜息を吐く。


「……異能力は、深く心に根差している『ナニカ』を反映している……か」


 ああ、なるほど。その通りなのだろう。

 俺は血に濡れた首元を手で拭い、伸び切った髪に血を付けて整髪剤のようにして掻き上げる。


 これでよく見える。

 人を騙し、嘲笑し、見下す……どうしようもない、狡猾さだけが取り柄のゴミ共の顔が。


 《精神の変質によりスキルレベルが下がります。【翻訳Lv.3】》


「何一人でブツブツ言ってんだよ? このクソ雑魚野郎怖くて漏らしちまったのか?」


 ギャハギャハと笑う男達。

 既にそんな下品な挑発によって頭に血が昇るような段階ではなかった。

 コイツらはまだ気がついていないらしい。

 既に、命の取り合いしか状況の収集が付かなくなっていることに。


 《精神の変質によりスキルレベルが下がります。【翻訳Lv.2】》


 殺す覚悟だとか、殺される覚悟だとか、そんな安っぽい決意すらなく、この後に及んでまだ自分達がどのような状況に置かれているのかも分かっていない。


 だが……それほどまでにこのゴミ共を増長させたのは俺だ。


「……自分という人格から目を背けて、善人ぶって生きてきたツケがこれか」


 俺が一歩、前へと足を進めるとゴミ共はまたも笑う。


 《精神の変質によりスキルレベルが下がります。【翻訳Lv.1】》


「は? やる気か? 戦いには何の役にも立たない【翻訳】なんてクズ異能のお前が、この人数に対して?」


 何が面白いのか、ゴミ共は再び笑う。だが俺にはそんな嘲笑も、罵声も……大した気にはならなかった。

 自分の考えを声に出してまとめていく。


「……始めから逆だったんだ。人と人が手を取り合えると信じているから【翻訳】だったのではなく、異能なんてあり得ない存在でもなければ理解し合えないと思っていたからの【翻訳】だ」


 人と人が手を取り合えるのならば、始めからそんな異能は必要なかった。そんなことがあり得ないと思っているからこその【翻訳】の異能だ。


 《精神の変質によりスキル■ベルが下が■ます。【翻■Lv.0】》


 故に俺の本質は逆だ。仲間想いでもなければ、人を信じてなんていない、人間という生き物を醜いと考えている。

 ……そんな自身の『悪』から目を背けて、善人ぶっていれば異能が弱くなるのも当然のことだ。

 本質から正反対の使い方をしているのだから、これ以上がないほど減衰しているのも分かる。


 《■■の変■によ■スキル■ベルが下■■ます。【翻■Lv.-1】》


 地面に落ちている剣を拾いあげ、片手で持つ。

 名前など既に意味を持たないが、敢えてこの異能に名前を付けるとするのならば……。


「……【逆翻訳】のスキル【崩塔】」

「なにぶつくさ言ってんだよ! 気色悪いなぁっ!」


 そう言いながらゴミ共のリーダー格が放った火炎の魔法を剣で『斬り裂く』。


 剣で火炎を、それも通常の炎よりも圧倒的に火力が高く、鉄をも焦がす魔法の火炎を斬り裂いた。この場にいる誰かが「……は?」と間の抜けた声を上げる。


 《■■の変■によ■■■ル■ベルが下■■ま■。【■■Lv.-2】》


 一瞬の静寂の後、自分の魔法が破られたことによる混乱で激昂したリーダー格の男が両手で投げつけるようにして何度も何度も繰り返し火炎の球を放ってくるが、結果は変わらない。


 そのどれもが俺には届かず、剣に斬られて霧散する。


 この世界における魔法とは、術式という「言語」を用いて魔力の制御を行う。なら、その術式を意味の分からないものに、何者にも理解の出来ない言語に【翻訳】してやれば、制御をする力を失って霧散する。


 《■■の■■によ■■■ル■ベ■■下■■ま■。【■■■■-3】》


 これが、俺の本質だ。人と人は理解出来ない。決して相容れない。言葉など無意味で、対話など不能。

 スキルの暴走のせいか、耳に入ってくる灰場達の言葉が全て何を言っているのか分からないが……それでよかった。


 話を聞く気はない。何故ならば人と人は分かり合えないから、言葉は無意味だからだ。


「あ、あり得ない! 魔法が、俺の魔法が!?」

「は、灰場さん! それより、なんとかしないと!」


 ゴミ共が一斉に立ち上がって様々な魔法を放ってくるが、結果は何も変わらない。全ての魔法を切り払い、一歩、また一歩と歩みを進めていく。


「……ああ!? クソ雑魚が! 調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 威勢がいいのは、恐怖の裏返しだろうか。リーダー格の男はすべての魔力を使い果たし、先程までの火炎とは比較にもならないほどの熱量と大きさを誇る火炎の龍を生み出す。


「で、出た! 火龍すら焼き尽くした魔法!!」

「どんな卑怯な手を使おうがな! 雑魚は雑魚なんだよ!!」


 ゴミ共は勝ち誇ったように理解の出来ない言葉を言うが……まだ理解していないのだろうか。

 この攻撃が通じなければ、その時点で死が確定することが。分からないのだろう。それが分かるような頭だったら、こんなことにはなっていない。

 どうしようもなく頭が悪く、品性に欠け、感情任せに騒ぎ続けてきた奴らだ。


 《■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。【■■■■■】》


「……【塔崩しの一閃】」


 火炎の龍が斬り裂かれる。

 勝敗は、既に決していた。ああ、も■、どうし■うも■く虚し■。


 《■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。【■■■■■】》


 《■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。【■■■■■】》


 《■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。【■■■■■】》


「■■■■■」

「■■■■、■■■■■■■■!!」

「■■? ■■■■■■■」


 ■■■■■■■■、■■■■■■■■■。■■■■■、■■■……。


「■■! ■■、■■! 先■……! せん……ぱいっ!」


 何もかもがよく分からない中で……よく聞き馴染んだ、少女の必死な声だけは、よく聞こえた。


 ああ、どうしてこうなったんだったか、始まりは……俺たちが、まだ日本にいたころのことだ。


◇◆◇◆◇◆◇


 秋の日暮れともなれば肌寒くなるものだ。


 風で冷えないように締め切った教室の中、多くのクラスメイトが黒板の前に集まっているのを見る。

 教室の端で俺がため息を吐き出すと隣に座っていた小柄な女生徒も気怠そうに声を出す。


「もう文化祭の時期ですか。……面倒くさいですね。そもそも学校教育でお祭りなんてやる必要あります? 不純異性交遊が禁止ってなってるのに、カップルを喜ばせるためだけの行事じゃないですか? 出し物なんて店をやるのは面倒ですし、客としてはクオリティが低いですし、何の楽しさもないですよ。まぁ、カップルの人達は何も考えずにその場な空気感で喜ぶんでしょうけどね」

「初手から嫉妬丸出しの長台詞をやめろよ……」


 文化祭を楽しめるタイプではないのは俺もだけれど、この少女のような文化祭への謎の憎しみはないので、隣で怨嗟の呪詛を聞かされても同意し難い。


 机に頬杖を突きながら、隣の少女に目を向ける。

 先程の弁は控えめに言っても高校生カップルへの嫉妬でしかないが、ブツクサと文句を言っている彼女は決して悪い容姿をしているわけではない。


 むしろ、普通に歩いているだけで人目を引くほどに整っている。流麗な細い黒髪と透明感のある白い肌のコントラストが美しく、パチリとした瞳や整った輪郭、今は歪められているが唇は綺麗な形をしているし、恋人を作ろうと思えば何人でも誑しこめるほどには魅力的な容姿である。


 まぁ問題は……。


「だいたいですね、シスイ先輩。高校というのは学業の場であってですね……」

「……お前のクラスも文化祭の出し物を決めてるんじゃないのか? 戻った方がいいだろ」


 クラスに居場所がなく、放課後や昼休みになると二年生である俺のクラスにまで押しかけてくるような人見知りボッチであるということだ。


「私がいないと先輩が一人ぼっちになるじゃないですか?」

「いや、お前がいなかったら普通に出し物を何にするかの話に参加するが」

「そしたら先輩悲しくて泣いちゃうじゃないですか?」

「無視か、俺の話。聞いてくれよ」

「天使のように優しい私がそんなことを許容出来ないじゃないですか?」

「……この子には、もう俺の言葉が届かないのか……?」


 まぁ、クラスで居場所がないのに文化祭の出し物を決める話に参加するのも辛いのだろう。無理に追い返す必要もないのだしな。


 やれやれと思いながら少女の方に体を向けると、彼女は少し照れたような表情を浮かべてからこてりと小さく首を傾げる。


「文化祭の話もいいが、テストは大丈夫なのか? お前成績悪いだろ」

「そんなに言うほど悪くないです。先輩と違って赤点取ってないですし」

「俺は英語以外は学年一位だ」


 英語は赤点ではあるが平均したら圧倒的に俺の方が成績がいいのは間違いない。

 後輩の彼女は俺の様子を見て「やれやれ、まったく、やれやれですよ先輩」とうざったるい仕草をしながら俺に言う。


「今時英語が出来ないと、グローバルな社会に対応出来ませんよ。苦手意識を捨ててちゃんと勉強しないと」

「大丈夫。いつの日か英語なんかアメリカ弁とイギリス弁にさせるから」

「帝国でも作る気ですか……?」

「他言語を全て滅ぼして、言語の違いでの悲しい行き違いをなくす。それが俺の夢なんだ」

「過激派だ……」

「手始めに一般的ではないカタカナ語のビジネス用語を使うエリートサラリーマンを滅ぼす」

「自国民にまで手をかけ始めるなんて……!」


 日本人なら日本語を話せ。無意味に相手に伝わりにくい言葉に言い換えたりする必要はないだろう。


「まぁまぁ先輩、よく考えてください。言語なんて移り変わっていくものじゃないですか。先輩だって「拙者は明鏡アカガネ 志粋シスイでござる」なんて古臭い言葉を使わないじゃないですか」

「めっちゃ使うでござるが?」

「この人、英語を憎みすぎて侍になりはじめた……」


 英語が憎い……と思いながら少女から目を逸らして盛り上がっている前の方を見てみると、どうやら文化祭の出し物は劇に決まりそうな様子だった。


「劇ですか。先輩は小道具か大道具かに立候補してくださいね」

「えっ、いや、物を作るのは面倒くさそうだな……別に人前に立つのが苦手ってわけでもないから、役が余ってたらそっちでも……」

「先輩に任せられる役なんて木の役ぐらいなもんですから、大人しく道具を作っていてください」

「今日日、木の役なんてある劇は存在しないだろ……まぁ、別に木の役でもいいんだが」

「先輩のバカ、ウッドマン」

「ウッドマンってなんだ……?」


 ウッドマンってなんだ……? と頭を悩ませているうちに結局劇に決まったらしい。内容は……人魚姫になりそうだった。


「木の役はなさそうだな。人魚姫なら」

「心配しなくても大丈夫です。シスイ先輩のためにきっと見せ場を用意してくれますよ」

「無理矢理木の役をねじ込むって、もはや人気者になってないか? 天才木の役役者じゃん」


 そんなバカな話を後輩としていると、前の方で話をしていたスカートの短い女子生徒が抜け出してこちらに向かってくる。


「アカガネくん、劇に決まりそうだけど大丈夫?」

「ああ、大丈夫」

「私のシスイ先輩は木の役しかしない気難しい職人気質なので、させるなら小道具係とかにさせてくださいね」

「イコちゃんは相変わらずアカガネくん好きだね。ちゃんと文化祭を二人で回る時間は作ってあげるから大丈夫だよ」


 女子生徒の言葉に少女は顔を真っ赤に染めて長い髪を揺らすように首をブンブンと横に振る。


「な、な、何を言ってるんですっ! 好きとか、そういうんじゃないですから!」

「えっ……でも、毎日会いに来てるよね……?」

「それはシスイ先輩が寂しそうにしているから助けてあげるためですっ! ボランティア精神旺盛な聖女なんですっ!」

「お、おう……」


 女子生徒はその反応をクスクスと笑ってから黒板の方に戻っていき、顔を赤く染めた後輩にパシパシと頭を叩かれる。


「なに、他の女の子と楽しそうにお話ししてるんです」

「ええ……いや、ほとんどイコが話してなかったか? 俺「ああ、大丈夫」としか言ってないと思うんだが……」

「鼻の下が伸びてました」


 伸びてねえ……伸ばせるほど長く会話してないだろ……。


「あんまり叩くなよ……叩かれすぎてアホになったらどうするんだ」

「もうなってるんで大丈夫です」

「これ以上だよ。ほら、さっきまで覚えていた英単語が抜けていくだろ」

「元々入ってないから大丈夫です」

「あー、記憶が抜けていく。……あれ、ここはどこだ? 俺は……いったい……誰だ?」


 適当な言葉を口にしていると、イコがその手を止めて俺の顔をじっと覗き込む。


「……先輩? 私のことは分かりますか?」

「いや、全然。完全に記憶喪失になったな、これは」


 ヘラヘラと笑いながらそう言うと、イコは真剣そうな表情を浮かべてから俺の手をギュッと握る。小さな手が誘うように俺の手の甲を撫でて、ほんの少し影を感じる笑みで俺に言う。


「私は不言フゲン終子ツイコですよ。先輩からは、中学生のころから名前の後ろを取って「イコ」って呼ばれてます。…………先輩の恋人ですよ。先輩の中学校の卒業の時に校舎裏に呼び出されて告白されたんです。私は断ったんですけど、何度も何度も告白されてしまい……」

「そんな事実はない」


 何適当なことを言っているんだ……と呆れ混じりに言うと、イコは顔を真っ赤に染め上げて椅子から立ち上がる。

 そして彼女が口を開こうとした瞬間のことだった。何かの予兆もなく、唐突に床のタイルが黒く変色する。


「へ……?」


 とイコが口を開いたのと同時に黒板の方から教室中に叫び声が響く。黒板の近くにいた生徒が、黒く渦巻く沼のようなものに脚が捕らわれて沈んでいた。


「えっ……あっ……」


 一体、何が……!? と頭では混乱しているが、本能からか「あれはまずい」と感じてイコの小さな身体を抱きかかえて、全力で扉の方に走る。


 高速で教室に広がっていく黒い沼にクラスメイト達が呑まれていくのを見ながら廊下への扉を開ける。


 そして廊下に出ようとするも、一瞬間に合わなかったようで脚が黒い沼に沈み込む。まるで底なし沼に嵌ったようにズブズブと脚が沈み、もがけばもがくほどに早く身体が沈んでいく。


「っ……イコ! 逃げろ!」


 そう言ってイコを廊下に押し出す。

 意味が分からないまま身体が沈んでいく恐怖の中、イコだけは逃がせたかもしれないということに安堵を覚え──。


「先輩っ!」


 と再び俺の元に飛び込んできた少女を見て目を見開く。


「っ! アホか!? 何で戻ってきてんだよ!?」

「えっ、だ、だって先輩助けないと……」

「なら助けを呼んでくるとかあるだろ……」

「お、怒らないでくださいよ」


 怒ってるのではなく呆れているのだ……と思っている間にも全身が沈み込んでいく。少しでも守るようにグッと少女の身体を抱き寄せていると、視界の端に廊下も黒い沼に沈んでいるのが見えた。


 ……どちらにせよ、意味がなかったか。

 沼に沈んでいき、上下も前後も分からなくなる。沼と自分の境目すらも曖昧になり時間の感覚までもが曖昧になる。


 けれども……腕の中にいる少女の暖かさだけはよく分かる。強く抱きしめると、縋り付くように俺の体も抱きしめられる。


 普段は生意気なことしか言わず、好き放題に振る舞っている少女だが……アホなりに俺を助けようと再びこんなところに飛び込んできたのだ。

 守らないと。


 思考が薄れていく中、そんな思いだけは明瞭に残って……不意に、頬に風が吹き抜ける。


「あ、起きましたか? シスイさん、イコさん」


 もぞりと俺の腕の中にいるイコが顔を上げて、それに釣られるように俺も顔をあげると、教室とは全く違う……どこか不思議な懐かしさを感じる草原が広がっていた。


 イコの目を見ると俺とは違う方を見て、怯えるようにぎゅっと俺の服を握る。


「えっ、あっ……こ、ここは、どこですか? 貴女は……」


 イコの言葉を聞いて視線の先を追うと、白いワンピースの女性がワンピースの裾を軽く抑えながら微笑んでいた。


「はじめまして」


 女性はゆっくりと声を上げる。どこか不思議と親近感の湧く風景に心を奪われていると、イコは「不思議です。来たことがないはずなのに見覚えのある景色……」と口にする。


 イコの言う通り、こんな青空と草原が広がっているような場所に来たことがあるはずもない。なのに何故かすごく親近感が湧き、落ち着いてしまう。


 不思議な場所……と、心を奪われていると、イコは「あっ!」と大きく声をあげて立ち上がる。


「この景色、あれですよ! 先輩っ! ほら、パソコンの初期の壁紙の謎の草原です!」

「は、はぁ? いや、そんなわけ…………。って、うわっ!? マジだ! パソコンの謎の草原だ!」


 何を言っているんだと思ったが、謎の既視感のある草原はパソコンの初期設定の壁紙のアレにそっくりだった。


「あ、あのー、いいですか? 話して」

「あっ、私、分かりましたよ先輩! これ、異世界転生ってやつです! テレビでやってました! 私は詳しいんです!」

「えっ、何、伊勢? ……えっ、何?」

「異世界ですよ! 知らないんですか……? 今、ナウなヤングにバカウケなコンテンツですけど」

「テレビとかニュースしか見ねえしなぁ」

「全く、先輩は困った人ですね。ニュースを見ていれば分かるはずなんですけどね。流行ってるんですよ。異世界に転生するのが」

「えっ、こわ……どういうことなんだ……こわー……」


 俺が引いていると、イコは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながら女性に話しかける。


「はいはい! 私転生するならお姫様がいいです! 可愛いお姫様! 先輩は城の庭にでも生えてる木でいいです。木の役好きですし」

「やったことねえんだよなぁ」


 俺とイコがわちゃわちゃと話していると、女性は「あっ、いいですか?」と尋ねてくる。そう言えばずっと何か話したそうにしていたな。


「あ、すみません。どうぞ」

「はい。……おほん、あなた達は選ばれました。異世界を救う勇者として……」

「おお、先輩! 知ってるやつです! これ、知ってるやつです!」


 嬉しいのは分かったけど女性が話しにくそうなので落ち着いてほしい。


「……あの、いいですか?」

「あ、はい」

「おほん、あなた達は選ばれました。異世界を──」

「あ、そこからやり直すんですね」


 俺はイコの口を手で塞ぎ、もごもごと抵抗するイコを抱えながら女性に続きを促す。


「ごめんな、コイツちょっとバカで……」

「あ、いえ……。貴方には私の使者として異世界を救ってもらいたいのです。私……愛と安寧とインターネットの女神アイネットの使者として……」

「変なの混入したぞ」


 女神とイコは思わず女神の名乗りに突っ込んだ俺にジトリと視線をむけるが、突然変なものが混入したら突っ込むだろ。


「おほん、私……」


 あ、言い直してくれるんだ。優しい。


「インターネットの女神アイネットの使者として……」

「肝心の部分がそのままなんだよなぁ……」

「あの……一言話すごとに突っ込まれると話が進まないんですけど」

「いや、これって俺が悪いの?」


 女神は不満そうな表情を俺に向ける。非常に理不尽な気がする。


「あなた達おふたりにはインターネットの使者として異世界を救ってもらいたいのです」

「すげえ嫌な称号だな……」

「そのご指摘はもっともです、生身のまま異世界に放り出すということはしませんとも……あっ、これマニュアルと違う応答だからマニュアル通りだとダメだ……。今のなしで。無理って言われた時のマニュアルだから」


 酷くグダグダである。


「まぁ、その、私の力の一部である権能というものをおふたりにお渡します。その力で世界を救ってもらいたいのです」


 俺はイコの口から手を離しつつ首を横に振る。


「あー、いや、俺はそういうのは家訓でお断りしてるので……インターネットの力はいらないし。あ、イコはノリノリだったよな。どうぞ」

「後輩を売らないでください。お姫様になれるならいいですけど世界を救えというのはちょっと難しいですね。あと、インターネットの力はいらないです」


 女神は少し悩んだ様子で「仕方ありませんね」と口にする。


「Tポイント還元しますから」

「神様は人間の情緒を理解していないみたいだけど、実は人間ってそんなにTポイントに執着してないんだ」

「私、そもそもTポイントカード作ってないです」

「色んなお買い物に使えて、使った分だけ溜まっていくのでお得ですよ? なんなら今作りましょうか?」

「作れるのか……ここで……Tポイントカードを」


 イコは「あっ、じゃあせっかくなのでお願いします」と頼む。

 俺は「頼むんだ……」と思いながら頭を抱える。……惚けた雰囲気ではあるが……これ、異常事態だよな? どうしたらいいんだろうか。




◇◆◇◆◇◆◇

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