眠りの国の椅子

アデラインの足元から影が伸びて来る。それが何を意味するのかは分からなかったが、とっさにそれが危険だと感じる。伸びてきた影をかわすように、その場から転がり、急いで離れる。


 一瞬、遅れてその場に到達した影から剣を持った人形の腕が生える。それはデタラメ剣を振り回す。無数の切り傷が壁や床に刻まれる。

 これが相手の攻撃方法か……


 手に何も持ってはいなかったけど、迂闊に近づくのは危ないな。僕は地面を転がりながら膝をついて態勢を整えると、相手の膝に向けて銃をぶっ放す。しかし弾は体に届かず、炎に包まれ消失する。狙う場所の問題じゃないか。攻撃そのものに反応されて防がれるせいで、銃じゃ相手に攻撃が届かない。


 僕は呪義手の手でポケットにしまい込んだET2oolを一つ取り出す。

 呪義手はミニチュアの椅子を掴み取っていた。

 

 どれがどう役に立つか分からない状況だ。どう使うかは知らないけれど取り敢えず使ってみるのみだ。

 

 僕は椅子のミニチュア、確かワシューが『眠りの国の椅子』と呼んだそれを呪義手で包むように握り、念じてみる。どう念じてみれば良いのか分からなかった。でも憎しみが鍵だと言う事は分かっている。アイツが母さんを殺した元凶だと認識するように、そのことを思い出して怒りをぶつける気持ちで手を強く握る。

 

 それに反応して義手の中から赤く輝く光が漏れる。義手を開き手の中を見ると椅子のミニチュアが赤く光っていた。それをアデラインに向けて投げつける。僕の手を離れた瞬間、その椅子が巨大化し、人が座れるサイズの大きさに変化する。椅子はアデラインにぶつかる直前で赤黒い炎に包まれる。しかし、全く損傷することなく椅子が彼女の体に届いて、ぶつかる。その勢いで相手が態勢を崩し後ろに倒れる。

……がそれだけだった。なにも起きることなく椅子は床に転がっている。

 

 相手の奇跡か呪いだか分からない炎に阻まれないことは分かった。

 しかし、これでどうしろと?もしかして椅子を持って殴りつける武器だったのか?  

 確かに少しは効果ありそうだけど、殺傷能力が低すぎる。そうじゃないとすると座らせないといけないのか? それは求められる要求が高すぎる。

 

 椅子をぶつけられ、尻もちをついてたアデラインの人形が立ち上がる。


「嫌な予感はしたけど、気のせいだったのかしらね」


 アデラインの人形が目を閉じる。その隙を狙い撃とうかと思ったけど、すぐにその場を飛び退く判断をする。もしブレサイアと同じような力を持っていたら、その場に留まると危険な場合がある。その判断は正解だった。今まで僕がいた場所に赤黒い炎が広範囲に燃え広がり、その場を包む。火傷じゃすまなくなるところだった。

 

 でも逆に攻撃のチャンスがこちらに生まれた。僕は床に転がったままの態勢で、アデラインの体に向けて銃を連射する。

 数発の銃弾が燃え尽きることなく、彼女の胴体に直撃する。

しかし、すぐに目を開けたアデラインが弾丸を炎で消し去る。


 今の攻撃をしてくれた時がチャンスだな──二度目があるかは知らないけど。

 相手自身も戦いに慣れていない様子だし、ブレサイアと戦い方が似てるのが救いだ。あくまで似ているというのが問題だけど。普通のブレサイアなら、今の銃弾を浴びたところで、死なないにしても痛みによる奇跡の中断、もしくは自身の治癒に奇跡を使わせることで、行動を制限することができた。しかし、相手は人形の身体だ。どうやら治療の必要はないらしい。つまり行動を制限できない──


 遠距離から炎で焼くのは自身にも危険が及ぶことが分かってか、アデラインは影を僕に伸ばしてくる。壁沿いに走りながら、相手に銃を放つ。弾丸は炎に包まれて消失するし、すぐに弾倉が尽きて空打ちを始める。すぐに弾倉のリロードをしたいところだけど、この義手でそれが素早くできるか自信はない。


 その時、部屋の扉が開きトマーチンが顔を覗かせる。


「これをお使い下さいませ。閃光弾です」


 と、僕の方へ一つ向かって放り投げた。すぐにトマーチンは扉を閉める。再び外から銃声が聞こえ始める。僕の状況を気遣ってくれたのだろう。頼れる執事だ。


 僕は床に転がった細いスチール缶のような見た目の物体を急いで拾う。

 しかし、手榴弾じゃなくて閃光弾を渡してくれた意味はなんなのだろう。

 しかもスタングレネードではなく、閃光弾と呼んでいた。

 わざわざそう呼んだ意味があるはずだ。影から剣を持った腕が迫って来る。


 僕はその場を離れながら、その理由を考える為に頭を回転させる。

 思いつくまでに時間は掛からなかった。僕はアデライン向かって閃光弾のピンを抜いて相手に投げつける。


「音が凄いから、耳を塞いでね」


 僕はそうアデラインに声を掛けた。

 そして僕は目を閉じてアデラインの前に落ちていた椅子に向かって歩き出した。

 別に相手を気遣って、声を掛けた訳じゃない。

 僕が相手の方へ近づいていくこと。そして何が起きるか相手に伝えることで、攻撃の意志がないことも伝える。

 それを相手に考えさせ、祈る時間も与えない。

 転移されなければ成功だが……


 目を閉じていても目の中に白ばむ閃光と、物凄い音が響く。

 僕はそれを合図に椅子へと向かって走り出す。彼女から伸びていた影は閃光弾の光の影響を受けて消えている。影が伸びていたはずの場所を走り抜け、義手で椅子を掴むとそのまま相手に肉薄する。音と光の衝撃に怯んでいたアデラインの側面に回り後ろに椅子を回すと、敵意が感じられない程度に、軽く左手でトン──と相手の身体を押した。 


 態勢を崩したアデラインが椅子へと倒れる。

 相手が座ったところで眠りの国の椅子が起動し始めた。

 ひじ掛けと椅子の足元、それと首元からワイヤーが伸びて彼女の身体を拘束する。

 僕は影が動き出す前にその場を離れる。

 予想通り、すぐにアデラインの影から腕が生え、その場を闇雲に切りつける。


「こんなので私を捉えたつもり?」


 アデラインは余裕の表情を見せて、目を閉じてその場を転移する。彼女の身体と共に椅子も消失する。転移はしたが椅子に拘束されたままの彼女が現れる。


「なに、なんなの、これは⁉」

 

 アデラインは何度も転移するが、椅子はがっちりと彼女の体を拘束して座らせたまま離れることはなかった。

 

 僕はそれを見届けると安堵の溜息を吐く。義手の腕でジャケットの中から弾倉を取り出すと、慣れない手つきでゆっくりと弾倉を入れ替えた。

 

 椅子の後頭部にあったネジのような物体がゆっくりと回り始める。

 アデラインがくぐもった声を上げる。手足と首を締め上げているのだろう。

 そして鈍い音を立てながらそれぞれの首元がひしゃげていく。僕は歩きながら相手の横へと立つ。そして躊躇うことなく側頭部にむけて銃を何発か打ちこみ、顔を破壊する。

 顔の上半分が吹き飛び完全に破壊したのか、彼女は力なく椅子に寄り掛かるように倒れる。

 

 僕は義手で椅子に触れると、後頭部にあるネジが高速で逆回転を始める。ワイヤーが緩み彼女を拘束から解くと、小さなミニチュアの椅子へと戻る。倒れたアデライン人形を尻目に、僕は椅子を拾い上げてポケットに入れる。

 

 少し刺激が強いけど、コイツ等相手にはお似合いの道具だ。

……使い難いのが難点だけど。

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