誰の為に?
「それで俺に連絡してきた理由はなんだ?」
「アイリーが負傷したわ。右腕が無くなったの。可哀想でしょ?」
アイリー……久しぶりに聞く呼び方だ。その名で呼ばれるということは、アイツも過去にとらわれたのだろう。
「それがあいつの選んだ道だ。仕方ないさ。見舞ってやってくれと言いに来たわけじゃないんだろ?まさか俺にアイツを助けろとでも?」
「そう聞こえるのなら、そうかもしれないわね」
「アイツは俺の元を離れていった人間だ。もう他人だよ。助ける義理もない」
「相変わらず冷たいわね。私を捨てたように、あの子も見捨てるの?」
「俺はお前を見捨てたつもりはない」
「家を捨て、連絡も寄越さず、二度と会いに来ない。それが見捨てないというのなら、そうなのかもしれないわね」
俺は痛いところを付かれて返答に困る。確かにレニエとは一切連絡は取っていなかった。そう思われても仕方がない。
「もし私のことで罪悪感が少しでもあるのなら、彼は見捨てないことね。人間、後悔を残しながら生きていくことが、つねではあるけれど」
「忠告ありがとうよ。心に刻んでおくことにしよう」
俺はビールの入ったグラスを仰ぎ、一気に開ける。
レニエもシャーリー・テンプルを半分ほど飲み、席を立つ。
「お代はどうするんだい?」
席を立ったレニエにオリビアが声を掛ける。
「今日は兄さんが持ってくれるわ」
「そうかい、分かった。コイツから頂いておく」
「俺は奢る気はないぞ」
「次は私が出してあげるわよ、次があるならね。それでは、ご機嫌よう」
レニエが扉を開けて外へ出ていく姿を目で追いかけた後、カウンターに視線を戻してビールの瓶を持ちグラスに傾ける、しかし中身はわずかばかりしか流れてこない。
「もう一本頼む」
オリビアは瓶を片づけると、冷蔵庫から新しいビールの瓶を出してきて、栓を抜いて俺の前に置く。
「アンタもなんぎだね」
「待てよ、俺は関わるつもりはないぞ」
「そうかい?普段のアンタなら、ここにさえ戻ってきていないはずだけどね。ここに戻って来た時点でアンタの負けだよ」
「──ブラインドマンについて改めてどう思う?」
「関わりたくないね。メイドでさえ、あの手練れだ」
「俺もだよ。で、知ってたのか?」
「まさか。アンタの妹が関わってるとは思わなかったよ。アタシだって神羅万象の全てを知ってる訳じゃない。少しばかり耳が良いだけだ」
「──今からでも物は用意できるか?」
「営業時間内の料金が掛かるよ」
「営業時間内ならまけろよ」
「嫌だね、今日もはんじょうバンザイだ。そんな中で手を割いてやるんだ。我慢しな」
「分かったよ。金はいつものように振り込んでおく」
俺は20ポンド紙幣を二枚置き、カウンターから立ち上がり店内を出ようとする。
「ちょっと待ちな、それじゃ足りないよ」
「冗談言うなよ。ボッタくるつもりか?」
「ジンのボトルを一本キープしときな。また飲みに来てもらわなきゃね。客は一人でも多い方が良い」
「俺はボトルをキープしておくジンクスは持ってないんだよ」
「なら尚更、置いてきな。今生の別れになるなら形見くらい残しておくもんだ。そうしたらアタシも笑顔で見送ってやれるもんだからね。寂しくなるのは懐だけで十分だろ?」
「縁起でもねぇな」
そう言いながらも、俺は更に50ポンドの紙幣を二枚取り出しカウンターに置いた。
「後で送り先を教えな、いつものようにそこに届けておく」
「リョーカイ」
俺は、軽く敬礼をする仕草をオリビアにしながらサブマージの外へ出る。
時間はまだ夜の八時ちょっと過ぎ。人の往来が多く、足早に様々な人々とすれ違う。
俺は大きく溜息を吐いた。こんなことになるとは思わなかったぜ……
酔いを醒ますために、身を切るような冷たい夜風に当たりながら近くの安ホテルに向けて歩いていく。仮眠をしている内に、武器は届くだろう。後は、俺が決意を固めるだけか……
俺は誰の為に戦うのかと自問してみる。
アイルの為か?それともレニエに対して贖罪の為か……
どうにも、どちらもピンとこない。俺は俺だけの為にしか戦えない。
これも俺の為の戦いだ。誰かの為なんかじゃない。
強く冷たい風が吹きつけ、身に着けていたコートがなびく。
きっとこの戦いが無事に終わってもアイルとは別れることになるだろう。俺はきっとそうなるだろうと予感していた。
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