対峙再び
それから体感で一時間以上、目隠しをされたまま僕は車に揺られていた。最初の内は彼女にブラインドマンについて聞こうと話しかけたが、全て「ご主人様にお会いして直接お聞きください」との返答しかもらえなかった。目隠しをされて手持ち無沙汰だった僕は、途中で話すことを諦めて、車の動きに気を向けることにした。何度も左折と右折を繰り返していることから、真っすぐ目的地に向かっていないことはすぐに気がついた。直線的に走れば案外近くの場所だったのかもしれない。目隠しをした状態で正確な距離と方向が僕には図れないので、あくまで推測の域でしかないのだけど。これは目隠しをさせてもなお、一切の情報を知られたくないからなのか、それとも尾行を警戒してなのか──
おそらくその両方だろう。
どこをどう走り、どの程度の距離を走ったか完全に分からなくなった後、車はゆっくりと停止する。
運転席のドアが開いた音に続き、僕の座る後部座席のドアが開かれる。
「ここからは歩いてまいります」
レニエが僕の手を取り、頭をぶつけないように配慮しながら車の外へ誘導する。
彼女は僕の手を引いて車外に連れ出すと、そのまま目隠しをした状態で歩きだした。
「暫くお待ち下さいませ」
その彼女の言葉で、僕はまた立ち止まらされた。その声に続き、鐘のカランカランとした金属音が響き渡る。ドアを開ける音や、開けた拍子に流れる空気の量から、そんなに大きくない、どこにでもあるくらいの大きさの扉だと思った。メイドを雇うにしては小さな入り口の扉だ。もっと大きな扉のある玄関に通されるのかと勝手に想像していた。
中へと案内されると奇妙な物音と独特な香りが鼻を刺激する。その香りは僕にとって馴染みがない物だったので、なにかは分からなかった。とにかくあまり嗅いだことのない匂いだ。中ではカチャカチャと乾いた音と衣擦れの音が聞こえる。別の方向からそれぞれ二箇所。
誰かが居るのは分かるが、その二人は言葉を発することはなかった。
「狭い場所ですので、足元にお気を付けください」
彼女はそう言いながら、僕の両手を持ち、先ほどよりゆっくりと歩き始めた。
目を隠した状況では気を付けようがない。彼女の両手に案内されるままに歩く。
また少し歩いたところで歩みを止める。
少しの間が空き、前方の壁がスライドするような音が聞こえる。
僕を引き連れて再び歩き出す。
何歩か歩いたところで背後から壁がスライドするような音が再び聞こえた。
そして機械の作動音と共に浮遊感を感じる。
これはエレベーターか……
おそらく一階分だけ下に下がったのだろう。すぐに浮遊感と動作音が止まる。
そして『チン!』という甲高い音が響く。
続いてエレベーターの扉が開いた音が聞こえる。
「もう結構ですわ。長時間、ご不便をおかけしました。どうぞ目隠しをお取りください」
やっとか──
僕はアイマスクを外した。
真っ暗な世界から明るい世界に引き戻される。
暗闇になれた視神経が、光に刺激され目が眩む。
僕は光に慣れるように目を細め、周囲を見渡した。
目の前には、相変わらず落ち着いた様子で微笑を浮かべながらレニエがたたずんでいる。
彼女の背後に広がる空間には、豪華ではあるが時代遅れさを感じさせる廊下があった。
古めかしさを感じさせる、ゴシック様式のゴテゴテした色調の絨毯をひいたようなデザインの床。奥行が十メートル以上はあり、結構長い。
四角やら三角やらの装飾が施された木製の壁が囲っている。
その壁からは飛び出るように生える、アンティーク調の蠟台を模したライト。
廊下には向い合せに四つずつ。八つの扉と突き当りに一つの扉。
合計九つの扉が並んでいた。
「こちらへどうぞ」
レニエは最奥の扉に向けて歩き出す。
他の部屋とは違い、両開きの大きな扉の前に立つ。
彼女はその扉を開くと、手を差しだし、僕だけが中に入るように案内した。
その部屋はかなり広さだった。
廊下の装いに似て部屋の中も、木製の壁にアンティーク調の壺や絵が置かれ、デザインが統一されている。
部屋の奥には真横に置かれた長方形の長いテーブル。周りに四つの椅子が並べられている。その内の三つの椅子には、すでに人が腰かけていた。
内、二人は仮面の人物──
正面右側の席にはブラインドマン。
そして左手のテーブルの端にはガーデニア。
正面の左の席、ブラインドマンの隣の席には仮面を付けていない、逆にこの場では浮いた見知らぬ第三の人物。
歳の頃は四十前後といった辺りか──この部屋の雰囲気にあった上品な赤いスーツを身に着けた男だった。肩にかかりそうな長い金髪を顔の真ん中で綺麗に整えている。
その顔は青白いように見え、不健康そうに感じる。
「来てくれたことを心から歓迎しよう。座ってくれたまえ」
ブラインドマンが空いている右端の席に座るように手を広げる。
僕が中に入ると扉が閉じられた。
「トマーチン、彼にも飲み物を」
「何を飲まれますかな?」
突然、後ろから声を掛けられて僕は驚いて振り返ってしまう。
多分、扉の外側に隠れるようにして立っていたのだろう。
白髪に白髭。皺ひとつないジャケットに身を包んだ、執事風の老齢の男性が背後に立っていた。
声を掛けられるまで、扉を閉める動作の一連も含め、全く気配に気がつかなかった。
ブラインドマンの手の物だ。外にいるレニエと同様にただ者ではない人物なのだろう。
「時間は有限だ。早く話しを進めようじゃないか」
ブラインドマンが空いた席に手を伸ばし、早く席に着くようにと促す。
僕は大人しくそれに従い席に座る。特に状況をこじれさせることをする意味はない。
僕の右側にトマーチンが歩み寄る。オーダーを待っているのだろう。と、言ってもこんな状況でジュースを飲む気にもなれない。僕は「水で良いよ」と彼にオーダーする。
「かしこまりました」
手を胸に当てながら深く一礼をして、その場から離れるトマーチン。
僕はコンパクトミラーをコートのポケットから取り出し中を開く。
そして三人を鏡に映し出してみる。
鏡の中には映っているのは三人だけ。子供達は映っていなかった。
昨日、奇妙な力を使っていたがブレサイアではないようだ。
「良い心がけね。相手を疑うことは大切なことだもの。例え信頼関係を損なうことになったとしてもね」
その行為が気に障ったのか、ガーデニアが棘のある言葉を僕に投げかける。
「アンタはブレサイアじゃないのか?同じような力を持っているのに」
僕はブラインドマンを見ながら訪ねる。
「あぁ、ブレサイアではない。俺たちはカーシアだ。奴らのように祝福を啜る者じゃない。身も心も呪われた者達だよ」
カーシア──初めて聞く名称だ。
そして、呪い──
ブレサイアと対をなすものなのだろうか?
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