フランケンシュタインズ・モデル

yuri2n(おそなえ)

ブラインドマン

 丸い支柱と長椅子が左右に並び中央に通路が設けられた教会の中。

 中は暖気を取れるものはなく、十二月の冷たい空気がそのまま屋内も満たしている。ただ風をしのげるだけだ。


 教会の一番前の壁には、たくさんの人がありがたいと感じる十字架に、可愛らしくないリアル志向の天使や聖者が描かれたステンドグラスが色鮮やかに壁を彩っている。


 最前列には木で作られた祭壇があり、そいつを前に一人の老齢の司祭がクソありがたい説教を垂れている。


 少し離れたところにも二人の司祭が立っている。年は老齢にまでは届いてはいない。僕から見ればオジサンって年齢だ。その彼らの後ろには目隠しをさせられた三人の子供達が並んでいる。10歳前後くらいの子達だ。不安をつのらせ、硬い表情をしている。おそらくどこかららさらわれてきたんだろう。


 参列者はと言うと、どうみても怪しい面々が並んでいる。みんな高級そうなフォーマルなスーツやドレスを着て、目元を仮面で隠している。ここは仮装パーティーの会場か?こんな教会で?


 その怪しい人物たちに囲まれながら、コンパクトミラーを片手に、鏡を見ながら周囲を伺う、ひとりの参列者がいる。


 鏡の中にはまだあどけなさの残る顔、左右をアシンメトリーに切りそろえた金髪に、目だけを隠すマスクの下から青い眼を輝かせた少年だ。特にいう事は何もない。

名前はアイル……僕だ、僕だね。

 

 僕がコンパクトミラーを見ているのにはちゃんとした理由がある。自分の乱れた髪を気にしているのでも、もちろんメイクが崩れているのか確認している訳でもない。 

 ただ、周りに居る人達を鏡に映して確かめているのだ。

 

 そう確かめているのだ。この中にブレサイアと呼ぶ、悪辣非道な奴らが混じっていないかを。


 僕は三人の司祭達に鏡を向ける。その行動を咎めるように「今は止めろ」と、隣に座る男が僕の耳元に顔を近づける。

 

 教会に来るには寄付をする持ち合わせも、それを行おうとする心も、そして祈りを捧げようとする敬虔さも信仰心も、何もかもが足りなそうな、不愛想な男。

 彼はふざけた名前の持ち主、バッドデイ。

 名前に負けず劣らず、性格も生き方も大体がふざけている。年齢は三十くらい。教えてくれないから詳細はしらない。僕より長く黒い髪が鬱陶しそうに前髪が目に掛かっている。

 根本だけは金色だから、何故か黒に染めている。理由は……知らない。


 僕は彼の言葉を無視して、鏡に映った司祭達を見る。

 鏡の中には何人かの子供達が映っていた・・・・・・悲しいことだ。


 子供が映ってなんの問題がと思われるかもしれない。でもこれは大きな問題だ。

 ここは真夜中の教会。子供達はとっくに寝ている時間だ。

 因みに僕は15歳。ここに居る皆には秘密だ。隣に座っているバッドデイ以外にはね。

 まぁ、一目見て僕だけ参列者の中で若いから、明らかに浮いてるんだけども。


 鏡の中の子供達の表情は暗く、この世の終わりの様に沈んでいる。楽しそうにしている子は、ひとりだっていやしない。


 当然だ。目隠しをさせられた三人の子供を除けば、みんな死んだ子達なんだから……

 

 僕はコンパクトミラーを閉じる。それをしまうのと入れ違いに、羽織った黒いコートのポケットからカイロを取り出すと、指がかじかんで動かしにくくならないよう温める。

 芯まで冷えかけた指に温もりが広がり、血流が良くなる感触が伝わる。

 バッドデイも手が冷えないように、先ほどから、よれたコートのポケットの中に手を入れている。


僕は彼の耳元に顔を寄せて小声で話しかける。

「あの司祭達全員に子供達が映った」

「なら、そいつら全員が殺害対象だ。その方が分かりやすくて助かる」


「それと後ろにいた太った人……じゃ申し訳ないね。ナポレオンと呼ぼうか。そいつにも子供が映った」

「何番目だ? 豚と人間の見分け方を忘れたらしくてな」

「奥から三番目の列の奴。あれも人間じゃないのは確かだね。アイツの周りにも暗い顔をした子供達が映ってた」


 鏡の中だけに映る子供達のことを、キッズ・イン・ザ・ミラーと呼んでいる。

ブレサイア──祝福と血を奪い取る連中の犠牲になった子供達のことだ。


「ブレサイアだけなら良いんだけど、あの辺の黒服の連中が武装してるよ」

 

 先ほどナポレオンと呼んだ、太った男の周りにいる黒い服の男達をチラリと見る。ガタイが良く、強面でいかにも真っ当な職業には付いてなさそうな男達だ。


「はなから気づいてるよ」

「それでも銃は向けるなって?」


「あぁ、人間は撃つな。お前が撃っても良いのはブレサイアだけだ。殺すのは化け物だけにしろ」

「だからって、あの連中は黙って見過ごしてくれないだろ?」


「そいつはどうしたもんかと、俺も考えてるよ。こうも護衛の連中が多いのは予想外だ。よっぽど金を余らせた、超え太った豚が集まったんだろうな」

「悠長に考えてる時間はないよ。あの子達を見殺しになんてできないだろ?」

 

 僕は怯えながら、じっとしている子供達を見る。


「だからって俺らが殺されたら、救えるもんも救えやしない。憐れなミイラ取りになるつもりはないぞ、俺は」


 僕らの不審な行動に目を光らせたのか、いかにも護衛をやってます、と言わんばかりの屈強な肉体の黒服の男が二人こちらへ歩み寄ってくる。まるで要注意人物だと言わんばかりの視線をサングラス越しにビシビシと感じる。

 

 それに気がついてバッドデイが眉をひそめた。

「目立つ真似をしやがって。動きにくくなっただろ」

「確認は必要だろ? 人間は撃つなって言ったばかりじゃないか」

 彼に小さく耳打ちをするが、彼には届かなかったらしい腕組みし、不機嫌な顔で前を見据える。

 

 視界の先には、誰も興味を持たなかっただろう、長ったらしい司祭の説教が終わったところだ。辺りはシンとした静けさが支配していた。音が無くなっただけでも、より一層、空気が冷たくなったように感じる。

 

 祭壇に立つ司祭が子供達に片手を伸ばす。二人の司祭が子供達を手で誘導しながら祭壇の横に整列させた。


 「それでは皆様が祝福を授かる時間です」

 司祭の言葉に静かだった会場にざわめきが起こる。

 

 ついに、その時が訪れたか・・・・・・


「始まったよ。どうする?」

 

 こちらはまだどう動くか、プランが決まっていない。

 当初の想定だと、武器を携帯した相手は5人以下だった。

 これは甘く考えすぎていた。


「ブレサイアを相手にするのは後だ。まずは黒服を一掃する。勿論、お前はテーザーガンな」

「僕に死ねって言うの?」

「人を殺すより、殺される方がまだマシだろ? なけなしの人間性だが、ソイツは大事にした方が良いぜ」


 バッドデイがコートの中に手を入れ、内側に仕込んだ閃光弾のピンに指を掛ける。

「子供が落札されたらそれが合図だ。黒服に向かって投げる。せいぜい相手は八人だ。お前が二人、俺が四人」

「残りの二人は?」


「爆発に巻き込まれて怯んでくれるのを祈れ。幸いここは教会だ」

「祈るは嫌いなんだけど」

「俺もだよ!」

 そう、バッドデイは毒々し気に呟く。


「若さ、病の克服、健康な体。お金さえ出せば貴方達が望む物が与えられます。神の祝福は貴方達の傍にあるのです」

 祭壇を前にする老齢に近い司祭が声高に、参列者たちに語り掛ける。

 

 参列者が金額を声高に叫び、オークションの様に値段を釣り上げ始めていく。

 参加者が張り上げる声によって、静まり返っていた教会が熱をおびていく。

 

 その参加者の中、僕らより後ろの長椅子で不遜な態度で座る人物が目についた。マントに気品のある黒のジャケット、そして内側が赤く染まったロングコートをまとった金髪の男……多分、男。

 何故、多分と濁したかと言うと、仮面で顔全体を隠していたからだ。

しかもその仮面には何故か目が無い。僕らより、アイツの方が怪しいだろ。

 アイツに張り付けよ、そこの黒服!

 ソイツが、三本の指を無言で立てている。


「三億がでました!他の希望者は⁉」

一番若い司祭が熱狂的に値段を叫び、更に金額を釣り上げようとする。

その熱に浮かされ、更に高い金額を声高に叫ぶ参列者が叫んでいく。


 反対に静かに目の無い仮面の男が、指を二本立てる。

 

 目の無い仮面の男……そう言えば聞いたことがあるな、ブラインドマンって人物の噂を。


 僕は脳裏に、まことしやかに囁かれる、その名前の人物の噂を思い出す。


「二十億⁉」

 教会内にどよめきが起こる。

 

 ブラインドマンの噂は確かこうだ。

 目の無い仮面の男を見たら死が訪れる。

 まさかね……


 更にブラインドマン(仮称……一応ね)が、人差し指を立てる。


「百億⁉」

 

 彼が提示した金額に、司祭と共にその場の全員が驚きの声を上げる。


「子供全員、俺がもらい受ける。ゼロだ‼」

 

 彼は立てていた人差し指を折りたたみ、握り拳に変化させた。


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