第29話 思い出のハンバーグ
「そんなことがあったんだ……。ごめんね、無理に聞いちゃって……」
「いえ……。ママがお世話になっている以上、いつかは話さないといけないと思ってたので……」
「
おかげで、どうして真ちゃんが自分のことを『ママ』と呼んでいたのか。やっと、それがわかった。
突然、居なくなってしまった『本当の母親』の代わりをしていたんだ……。
「………………」
「………………」
静かな時間だけが流れていく。
今の話を聞いた上で、私にできることは……
「ねぇ、真ちゃんの好きな食べ物ってなに?」
「え、ママが好きな食べ物、ですか?」
「うんっ! 食欲がなくても、好きなものなら食べられると思うんだっ」
「ママが好きな……そうだなー、好き嫌いがないから、これってものは……」
「うーん……あ。じゃあ、真ちゃんの得意料理は?」
「得意料理? それなら……ハンバーグとか、ですかね」
「ハンバーグ!?」
香織は「おおぉ……っ!!!」と声を漏らしながら、目をキラキラと輝かせていた。
その顔はまさに、大好物を目の前にした子供のようだ。
「よく作ってもらっていたんです。玉ねぎがたくさん入った……」
玉ねぎが苦手なわたしのために、敢えて多い量の玉ねぎが入ったハンバーグ。
最初は苦戦したけど、あれのおかげで克服できたし。
「……思い出のハンバーグなんです」
「へぇー。じゃあ決まりだねっ!」
「え? なにがですか?」
「二人で、そのハンバーグを作るんだよっ♪」
「!! わたしたちが……っ!?」
「どう? いいと思わな~い?」
「…………はいっ、作りましょう!!」
こうして、真に元気を出してもらうため、二人で『思い出のハンバーグ』を作ることになったのだった。
果たして、美味くできるのだろうか!?
「頑張りましょう!」
「うんっ!! ところで、ハンバーグってどうやって作るの?」
「……うんん?」
これは……いろいろ大変だぞ~……。
そんなこんなで、近くのスーパーで買い出しを済ませると、調理するために香織の部屋へとやってきた。
「入って入って~♪」
「お邪魔します……」
部屋は白を基調としていて、どこか落ち着いた雰囲気があった。
管理人さんのことだから、もっと明るめかと思っていたけど。それもそうか。だって管理人さん、大人だもん。
「キレイなお部屋ですね」
「ほんとっ!? ありがとう~♪」
香織は頬に手を当てて「えへへ~っ」と声を漏らしていた。
ここまで喜んでもらえるのなら、もっと褒めたくなるのだけど。早く料理を作りたいから、続きはまた今度だ。
そんなことを考えていると、
「……ん?」
棚の上にあった写真立てが目に入った。
パッと見て、家族写真だということがわかる。
「管理人さんと一緒に写ってる人って」
「あぁ、それは私の両親だよ」
その表情からは、どこか寂しさを感じた。
「管理人……さん?」
「あっ。じゃあ早速始めよっか♪」
「はっ、はい……」
よくはわからないけど、これ以上は
そう思った琴美は、ローテーブルの上に、ハンバーグの具材になるひき肉や玉ねぎなどの食材を並べた。
「エプロン渡すから、ちょっと待っててね」
と言って、クローゼットを開けると、
「あれ~? おっかしいなぁ~?」
中にキレイに収納されていた洋服を次々と出していく。
「おばあちゃんが来たときに着けるエプロンがあったはずなんだけどなーっ?」
おばあちゃん……。
琴美は、一度も自分のおばあちゃんに会ったことがない。
父親に聞いた話では、超が付くほど仲が悪いらしい。
でも、それだけの理由で孫を会わせないのは、さすがに可哀想…――
「あった~♪」
「あっ、ありがとうございま……す?」
香織が渡してきたのは、エプロンと言うより、
……。
…………。
………………。
それぞれ、エプロンと割烹着を着けると、食材を持ってキッチンに移動した。
「最初に手を洗うだよーっ?」
バシャバシャと音を立てながら、石鹸で入念に手を洗う香織。
その後、琴美も手を洗い、早速調理が始まった。
「よーしっ!」
あっ……危なすぎる。
香織の包丁の持ち方が危なっかしくて、気が気じゃない琴美であった。
「じゃあ……まず、玉ねぎをみじん切りに…――」
「わかったーっ! おりゃぁぁあーっ!!」
「!!? す、ストーップ!!」
「へっ?」
まな板の上の玉ねぎは、香織の渾身の一振りによって真っ二つになっていた。
やっぱり、この人……キケンだっ!(本当の意味で)
「あの……切る食材を空いてる方の手で……」
「猫の手、だよね?♪」
「……知ってるなら、そうしてくださいっ。心臓が止まるかと思いましたよ……」
それからというと、
「こねぇ〜こねっ♪ あっ、これをミートボールにして、ミートボールパスタに…――」
「ストーップ!」
「琴美ちゃん、見て! お手玉〜♪」
「ストーップ!」
香織がアレンジに走りそうになるところを、琴美が慌てて止めることが続いたのだった。
それから、おぼんの上に三人分の料理を乗せて、部屋を訪ねた。
(このハンバーグを食べて、少しでも元気を取り戻してくれればいいんだけど……)
ピンポーン。
「真ちゃーんっ。私だよ、開けてぇ~」
………………。
中からの反応はない。
「眠っちゃったのかな……?」
「……開けてください。あるんですよね? マスターキー」
「え、うんっ。でも、本人の許可がないと……」
「妹のわたしが許可しますっ!」
「!!」
「さぁっ、早くっ! もしかしたら、倒れているかもしれませんから!!」
「い、イエッサー!!!」
持っていたおぼんを琴美に渡すと、香織は急いで自分の部屋へと向かった。
そして、待つこと一分。
「はぁ……はぁ……とっ、取ってきたよ……っ」
息を切らしながら階段を上がった香織は、持ってきた鍵で部屋を開けた。
「ママーっ!」
「わわっ!? 琴美ちゃん、気をつけないとおぼんひっくり返しちゃうよーっ!!」
靴を脱いで廊下を進むと、香織が扉を開けた。
「真ちゃん、起きて――」
「はぁ……はぁ……」
真はベッドに横になって眠っていたが、息苦しそうだった。
「ママ……ッ!」
「んっ……あ……っ……」
ゆっくりと目を開けると、
「琴……美……? どうして……」
真が体を起こそうとしたので、琴美が慌てて背中に手を回した。
「あれ……管理人さんまで……」
「真ちゃん、大丈夫?」
「ちょっと食欲がないだけで……体の方は……」
「体もだけど」
「え?」
「……真ちゃん自身のことだよ」
「………………………………………………………………」
沈黙の後、真は口を開けた。
「すみません、ご心配をおかけして……」
「そんなことは……いいんだよ……っ……ぐすっ……」
「管理人さん……?」
まさか、ここまで心配されていると思っていなかった真は、枕元にあったティッシュ箱を慌てて渡した。
香織はその箱からティッシュを三枚取って思いっ切り鼻をかんだ。
「休んでる間は……っ、少しはご飯食べられたの……っ?」
「熱は引いたんですけど……」
普段から小食で、尚且つ元気がないこともあって、食事をほとんど取っていなかったらしい。取れても、ゼリーやエナジーバー、栄養ドリンクなどだった。
「実は、学校を休んだ最初の日に、梨奈先輩が僕を心配して持ってきてくれたんです」
「梨奈ちゃんが?」
「はい。インターホンが鳴ったので出てみたら、ドアノブにレジ袋がかけてあって……」
梨奈ちゃん……できる女だ。
『はっくしゅんッ!』
梨奈先輩って……あぁ、あのクール系お姉さんだ。
みんなでこの部屋に集まったときしか会えなかったけど、パッと見て面倒見がよさそうな人だったな……。ああいうのが、できる女なのかぁ……勉強になるな……。
と心の中で呟きながら、二度頷く琴美を見て、真は不思議な顔で首を傾げた。
「? あれ?」
真は、ローテーブルの上に二つのおぼんが置かれていることに気づいた。
「え、ハンバーグ? どうしたんですか?」
「ママがよく作ってくれたよね? 玉ねぎがたくさん入ったやつ」
「作ってたけど……あ、もしかして、二人で?」
「正解っ♪」
と言って、料理が盛り付けられた皿を並べた。
ご飯、味噌汁、大葉と大根おろしのさっぱり和風ハンバーグ、ポテトサラダ。
「ポテトサラダは、わたしの自信作なんだよっ」
「美味しそうにできてるね。ハンバーグは、和風なんですか」
「デミグラスも考えたんだけど、今の真ちゃんにはさっぱりした味の方がいいかなって♪」
「私たちで考えたの。だから、少しだけでも食べてほしい」
「あまり食欲ないし……急に食べられるわけ…――」
ぐぅううう~。
すると、真の方から可愛らしい音が鳴った。
「…………っ」
「ふふっ、ご飯のおかわりもあるからねっ」
「管理人さん、わたしたちも食べましょーっ」
「うんっ! 実は私もお腹ペコペコだったんだぁ~」
ぐぅううう~~~。
「「あははは……っ」」
三人はローテーブルを囲うように座椅子に座った。
「「「いただきます」」」
最初に箸を向けたのはもちろん、ハンバーグだ。
……ふふっ。どうしてお肉って、こんなにも食欲をそそるのだろう。
皿の真ん中で堂々と鎮座するハンバーグを箸で切ろうとすると、中から肉汁が……出ることはなく、代わりに形が崩れてしまった。
「「「あ……」」」
三人の口から、なにかを察した声がこぼれた。
「ぼ、ボロボロ……だね」
「簡単に崩れちゃいましたね……」
これじゃあ……ひき肉と玉ねぎの炒め物だよ……。
「「はぁ……」」
すると、落ち込む二人に真が言った。
「そんなに気にしなくてもいいですよ? 僕だって、最初はこんな感じでしたから」
「「え?」」
「ボロボロになったり、焼き過ぎて真っ黒に焦げちゃったり……。今思えば、失敗の連続でした」
「へぇー。真ちゃんにもそんなときがあったんだ」
「なんだか意外っ、ママ、いつもなんでもできてたから」
「それはねっ、できるまで練習したからだよ」
「できるまで?」
「はい。まずは量を、それである程度できるようになったら、質にこだわる。これが僕のやり方です」
おかげで、何回、指を包丁で切ったことか……。
「ねぇ……ママ」
「うん?」
真が顔を向けると、琴美が真剣な瞳を向けていた。
――これだけは言っておかなきゃ。
「……周りになんて言われてもいい。わたしにとって、お兄ちゃんはママで……ママはお兄ちゃんだから……っ」
「……っ! 琴美……」
一瞬、目を丸くした真が髪を優しく撫でると、琴美の表情が柔らかいものに変わった。
「ありがとう」
「えへへ……っ」
その嬉しそうな顔を見て、香織はふと頭を真の方に傾けた。
「どうしたんですか?」
「真ちゃん、私も撫でて~っ♪」
「……ふっ、よしよし」
「えへっ、えへへへ……っ」
撫でられている間、香織はずっと頬を
夕食を食べ終え、香織と琴美はキッチンで食器を洗っていた。
「喜んでもらえてよかった~っ」
「頑張った甲斐がありましたね」
「琴美ちゃんのおかげだよ♪ 私一人じゃ絶対作れなかったもんっ」
「そんなことはないです……っ」
――で、でしょうね……。あんな短い時間の間に、一体何度、アレンジしようとする手を止めたことか。ママも大変だなぁ……。
ちなみに真はというと、お腹がいっぱいで眠たくなったということで、ぐっすり眠っている。
「すぅ……すぅ……」
(えへへっ。いつ見てもいい寝顔……っ♡)
「後でこっそり添い寝行っとく?♪」
「ッ!!?」
魅惑的な提案に、一瞬乗ってしまいそうになるが、
「おっ……お断りしますっ!!」
「しーっ。真ちゃんが起きちゃうよ?」
「……っ!」
ベッドの方を確認すると、
「すぅ……すぅ……」
来たときとは違って、気持ちよさそうに眠っている。
「はぁ~……」
「えへへっ」
「むぅ……」
二人は顔を合わせると、自然と笑みがこぼれたのだった。
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