第20話 お泊り会?
その日の夜。
「ママーっ、ここでいいのー?」
「うんっ。あ、もう少し左…――」
ローテーブルを折りたたんで部屋の端に置くと、香織が持ってきた来客用の二つの布団を敷いた。
ベッドに三人は、さすがに狭すぎるからだ。
「ふぅー。これでよしっと」
それから、ちょっと経った頃。
「二人ともありがと~っ」
部屋から着替えを持って香織が戻ってきた。
「あれ? 真ちゃんは?」
「ママなら、今お風呂を見に行ってます」
「お風呂沸いたよー。あっ、管理人さん、着替えは取って来たんですか?」
「うんっ。でも、ホントに私が泊まっていっていいの? 家族水入らずの方が――」
「
鼻息が荒い琴美。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えよっかな~っ」
そもそもの話、どうして管理人さんが今日この部屋に泊ることになったかと言うと、琴美が――
『管理人さんっ! 今日一緒に寝ませんかっ!?』
『ね、寝る……!? も、もしかして、誘われちゃった……!? で、でも、私まだ覚悟が~……っ♡』
『そういう、あれではありませんから』
『ぴえん』
『? どういうこと?』
『ママは、まだ知らなくていいんだよっ。…………純真無垢なママには……ねっ』
『うん?』
『こほんっ。とにかく、今日は一緒に寝てもらいますから!』
……。
…………。
………………。
こんなことがあったとさ。
「僕は後でいいので、管理人さんと琴美は先に入って来てください」
「いや、ママが先に入って来て」
「え、でも早く入りたいって」
「いいから! ママに入って欲しいの!! 管理人さんも後でいいですよね!?」
「う、うんっ。真ちゃん、先に入ってきていいよ」
「そうですか? じゃあお先に」
真は着替えとタオルを持って部屋を出た。
そして、扉の閉まる音が聞こえたと同時に、琴美はバァッと香織の方に体を向けた。
真がいなくなったことで、部屋には香織と琴美の二人きり。
(さあどうする?)
ママと同じ部屋で一夜を過ごすこの状況。
(本性を見せるなら、深夜……か)
決定的瞬間をスマホに保存して、ママに手を出せなくする。
あの、凶悪なおっぱ……も含めて、油断しないように気をつけないと……。
じーーーーーっ。
「琴美ちゃん?」
「あの、単刀直入にお尋ねします。ママ……お兄ちゃんと一体どういう関係なんですか?」
「関係? うぅ〜ん……あ。管理人と住人?」
ズコッ。
「そ、それはそうなんですけど。えっと、私が聞きたいのは……その……」
「?」
「……っ。お、お兄ちゃんと……仲が良すぎませんか……ということです」
「普通だよ?」
「他から見たら、その『普通』が普通じゃないというか……」
「? どゆこと?」
「えーっと……こっ……こい……」
「鯉?」
「恋……人……っ」
「鯉がどうしたの?」
「…………っ」
い、言えない。さっきまでなら言えたはずなのに……。
「真ちゃんにはねっ」
「え」
「たくさんのことを教えてもらったんだっ♪」
野菜炒めの美味しい作り方とか。
「なっ……!?」
おっ、教えてもらった!? あの、ママから……!?
「ぐ、具体的にどういうことを……教えてもらったんですか……?」
「うぅーんとねぇー。あっ、手順が大事なんだってー♪」
「てっ、手順……!?」
そそ、それはつまり…――
「琴音ちゃん?」
「ひゃっ、ひゃい……ッ!!」
「顔赤いけど、もしかして……」
「…………っ」
き、気づかれた!?
「部屋熱い? クーラーつけようか?」
「へっ? あっ、大丈夫ですっ。お構いなく……」
ふぅー……。ぎゃっ、逆だったんだ……っ。
(じゃあ……い、いつの間に、ママは大人の階段を……っ!?)
思春期真っ只中の少女には、刺激の強い世界だった。
「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
「はっ、はい、なんですか……?」
「琴美ちゃんってさ、どうして真ちゃんのこと『ママ』って呼ぶの?」
「…………」
琴美は、香織の問いに対して、どこか遠くを見るような表情で言った。
「細かいことは、私の口からじゃ……言えません……ただ」
「ただ?」
それから、無言の時間だけが過ぎていくと、
「さっぱりしたーっ。……ん? 管理人さん? 琴美?」
「…………」
「…………」
……もう少し、入ってきた方がよかったのかな?
―――――――――――――――――――――――――――。
電気の消えた部屋の天井を見つめながら、布団に横になる琴美はぼーっと考え事をしていた。
どうして、私……
「はぁ……」
「すぅ……すぅ……」
「ん?」
ゆっくり起き上がってベッドの上を覗き込むと、真が気持ちよさそうに眠っていた。
やっぱり、何度見ても、
「ほんと、可愛い寝顔だな……っ」
「そうだよねー。いつまでも見てられるよ……」
「わかります……ん!? かっ、管理人さ――」
「しーっ」
「……っ。おっ、起きてたんですか……?」
「横からゴソゴソ音が聞こえたからっ」
「す、すみません……」
「あはははっ」
それからというもの、なぜか二人で真の寝顔をただ眺めるだけの時間が始まった。
この状況は……いや、考えてもしょうがない。
今は……
「すぅ……すぅ……」
ふふっ。ほんと、いい寝顔だなー……。
もしかして、ママの寝顔を集めた写真集を出せば、かなり売れるのでは?
「ねーねー。真ちゃんの寝顔を集めた個展を開いたら、かなりの人が集まると思わないっ?」
「!? そっ、そうかもしれませんね……」
同じ考えの人いたーーーーーっ。
それもここにーーーーーっ。
「んん……っ」
「「……!!?」」
急に真が起きたのかと思い、二人は慌てて布団に戻ったが。
どうやら寝返りをしただけのようだった。
「「はぁ……」」
二人は起き上がって自然と顔を合わせると、「「ふふっ」」と微笑んだ。
「ねぇ、喉乾いたし、なにか飲まない?」
「そうですね」
二人は布団から起き上がると、真が起きないようにゆっくりと部屋を出た。
そして冷蔵庫の中からお茶が入ったボトルを取り出し、コップに注いだ。
「ど、どうぞ」
「ありがとっ♪」
冷えたお茶で喉を潤す。
「ぷはぁーっ!」
「しーーーっ」
「あっ、あははは……つい」
それから、しーんっとした空気が流れていると、コップを流し台に置いた香織が言った。
「ねぇ、琴美ちゃん。さっき言っていたことなんだけど……」
……言わなくてもわかる。
真がお風呂に入っている間のことだ。
「『ただ』って言った後、なんて言おうとしたの?」
「…………」
「もし、言いたくないなら、無理に――」
「お兄ちゃん《ママ》を傷つけたら、相手が誰であっても許さないっ。……絶対に」
「……っ!!」
中学生とは思えないその迫力に、大人の自分が
「……ふふっ」
なにを思ったのか、香織は優しく琴美の頭を撫でた。
「なっ……!?」
暗い部屋の中でもわかるほど、琴美の頬は真っ赤に染まっていた。
「真ちゃんのことが大好きなんだねっ」
「…………っ」
この感じ……なんとなく、ママに似ている。
撫で方だけじゃなくて……もっと、こう……うまく言葉にできないけど……とても安心する。
「……私、誤解していたかもしれません」
「え?」
「てっきり、管理人さんがママを大人の色気で誘惑しているのかとばかり……」
「…………」
「……管理人さん?」
「あっ。な、なに?」
一瞬の間にびっくりしたが、眠たそうにウトウトしていたことにホッとした。
「私……いつもは九時に寝てるから……こんな遅い時間に起きてるの……久しぶりなんだぁ……」
健康すぎではないだろうか。こっちなんて、普通に夜中の二時まで起きているけど。
そんなことを考えている間に、香織が立ったまま寝ようとしていた。
「布団に戻りましょう! ここで寝たら風邪引きますから」
「うん…――」
「え? わぁっ」
突然、こちらに倒れ込んできたので、慌てて支えたのだが――――もにゅっ♡
「……ッ!!?」
顔を覆い尽くす大きな双丘に挟まれる形になっていた。
やっ、柔らかい……。
初めての感触に、同性ながらドキッとしてしまった。
このフィット感……落ち着く……って、
「……っ。こっ、この人は……」
初対面からまだ半日も経ってないけど。
やっぱりこの人は………………キケンだっ!
香織への好感度がアップし、彼女のおっぱいへの好感度がダウンしたのだった。
「むにゃむにゃ……♪」
「むむむむっ……」
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