第119話 『推し』

 ルナ、キララ、クララから魔力を奪い――少しいい方は悪いが――それをまとめて4人分の魔力として、俺に供給する。


 いつもの完璧に制御された魔力回復と違って、魔力の流れがかなり不安定だが、普段よりも大きな魔力が、リューネから俺の中へと流れ込んで来ていた。


「ははっ。本当に、ここにいる仲間たちはすごい姫騎士ばっかりだよ。ってわけだから、俺も負けちゃいられないよな! いくぞ聖剣エクスカリバー! ここからもうひと踏ん張りだ! ペンドラゴン・アヴァランシュ! おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」


 俺はリューネ達のおかげでかなり回復した魔力を、再び聖剣エクスカリバーに猛然とつぎ込み始めた。

 みんなの想いがこもった魔力を注がれた聖剣エクスカリバーが、今日一番の輝きを見せる!


 そしてその間にも、アリエッタはローゼンベルクが誇る極大の破壊魔法を構築しつつあった。


「煉獄の焔天に集いし、漆黒の業火よ! 我が手に集え! 烈火を解き放ち、絶えなき災厄となりて、我が敵を焼き尽くすがいい!」


 アリエッタが天に掲げた両手の上に、かつて魔王が使ったと言われる漆黒の地獄の業火が渦を巻き、その中心で漆黒の炎が何かの形──翼を持った鳥のような姿を取り始める。


 明らかに、俺と決闘した時と比べて制御が上手くいっている!

 いける――!

 俺は勝利を確信しかけたのだが――しかし。


 今まさに形を定めようとしていた黒き炎が、砂のお城に水がかかったみたいに、ぐにゃりと大きく形を崩した。


「ぐっ、このっ! ぐぅぅぅぅ!」


 そしてここまでは凛々しい顔で魔法の構築を行っていたアリエッタの顔が一転、苦悶に歪む。


 天に掲げた両手はピクピクと震えていて、荒ぶる魔力をなんとか制御しようと、渾身の力を込めているのが見て取れた。


 これはまずいぞ。

 あと一歩だったのに、また暴走しかけている!


 くそっ、カラミティ・インフェルノって魔法は、どうやら相当なじゃじゃ馬のようだ!


 もちろん手をこまねいてみているわけにはいかない。

 俺はすかさずアリエッタを励ます声をかける。


「大丈夫だアリエッタ。アリエッタならできる。アリエッタ推しの俺が保証する! あと少しだ、いけるいける!」

 

 アリエッタの思考ノイズにならないように、シンプルな言葉で簡潔に応援の気持ちを伝える。

 

「ユータ、前から思ってたんだけど、推しとか言われても意味がよく分かんないから!」


 なっ!?

 今さら!?


 たしかに最初の頃に『推しとか言われてもよく分からない』みたいなことを言われたけど、その後はなにも言われなかったから、俺はてっきり理解してくれていたものだとばかり思っていたんだが!?


「くっ、これが世界間ギャップってやつか……!」


『推し』という日本の最先端の文化的概念は、どうにもこの世界では伝わってくれないようだ。


 だがしかし、このままでは俺のアリエッタへの熱い想いが、アリエッタに正しく伝わらない。

 俺の独りよがりで終わってしまう。


 しかも完全に思考ノイズになってしまっている。

 必死にカラミティ・インフェルノを制御しようとしているアリエッタの思考を、俺の言葉が妨害してしまっている。


 俺の発した言葉が、敗着を引き寄せる可能性があった。


 こんな伸るか反るかの勝負をかけた場面で、これはまずい。

 今は皆の心を1つに合わせる時なのだ。


 当然、俺とアリエッタの心も1つにならなければ、ジラント・ドラゴンには勝てはしない!


 だから俺は『推し』という概念を、全世界で通じる最もシンプルかつストレートでダイレクトな言葉に置き換えることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る