第80話 図書館のリューネ・フリージア(1)

 姫騎士を育成する最高峰機関のブレイビア学園には、巨大な図書館がある。


 その名も『ブレイビア学園付属図書館』。

 そのまんまなんだけど、魔法書やら専門書は元より、息抜きのためのライトな小説まで網羅したこの図書館は、ブレイビア王国でも最大規模を誇る図書館という触れ込みだ。


 とある休日、俺はブレイビア学園付属図書館に足を運んでいた。


「なになに……『現代魔法における一般相対性魔法理論と特殊相対性魔法理論』?? なるほど、タイトルを見ても全く想像がつかない。何を言いたいんだこの著者は?」


 俺は魔法書や専門書にはあまり興味がない――というか魔法を感覚で理解しているため読んでもさっぱり分からない――ので、専門書エリアを一応チラ見してから、本命のライトな小説があるコーナーに向かう。


 すると途中の回復魔法の専門書エリアで、偶然リューネと出くわした。

 本棚の一番上の本を取ろうと、背伸びしながら手を伸ばしている。


「よっ、リューネ」

「あ、ユータさん。こんにちは」


 背伸びを止めたリューネが、俺を振り返って笑顔になる。


「こんなところで奇遇だな」

「ユータさんこそ図書館にいるなんて珍しいですね」


「王国一と噂のブレイビア学園付属図書館を、ちょっと見学してみようと思ってさ」

「その気持ちはすごく分かります。すごいですよね、ここ。蔵書量だけじゃなくて、国宝に指定されている貴重な魔法書も数点、王立図書館じゃなくてここに保管されていたりするらしいですから」


「それは知らなかったな」

「まぁ私が自慢することでも、ないんですけど」

 リューネが小さく苦笑する。


「いや、教えてくれてありがとう。この図書館がすごいってことが改めて分かったよ」

「いえいえ、どういたしまして。それで今日はユウタさんは、アリエッタとは一緒じゃないんですか? ユウタさんは普段は休みの日も、アリエッタの特訓に付き合っていますよね?」


「今日は別行動なんだ。最近オーバーワーク気味だから、今日は一日ゆっくりするんだと。メリハリが大事だって言ってた」

「そういえば昨日の夜に、疲れたから明日は特訓はしないって、アリエッタが言っていたような……」


「今日も珍しく昼まで寝ていたからな。アリエッタが休む邪魔にならないように、部屋の外に出たってのもあるんだ」


 俺は推しの子第一主義だからな。

 常に推しの子のアリエッタの最善を選んで行動するのだ。


「ユウタさんはいつもアリエッタを優先していますよね」

 リューネがちょっと呆れたように、だけど楽しそうにクスクスと笑った。


「それでリューネはどうしたんだ? 図書館をよく使ってるのか?」

「そんなに頻繁に通っているわけじゃないんですけど、今日は少し調べたいことがあったんです」


「そういやさっき、本を取ろうとしていたよな」

「はい。でもギリギリ届きそうで届かなくて」


「どの本だ?」

「これです。この紺色の背表紙のなんですけど、うーん……やっぱり届かないかぁ。諦めて昇降台を取ってこようかなぁ……」

 リューネが再び背伸びをしながら、棚の一番上にある一冊の本を指差す。


 俺もあまり背は高くないけど、でもこれならなんとか届きそうだな。

 いつもアリエッタとの模擬戦闘訓練に付き合ってくれているお礼ってわけじゃないが、取れそうだし取ってあげよう。


 俺はリューネの後ろから、少しだけ覆いかぶさるようにしながら、目当ての本を取ってあげた。


「よしっ、取れた。これだよな? 『水魔法の攻撃転用における課題と対策』……また難しい本を読むんだな」

「……えっと……はい」


 しかしリューネはさっきまでの明るい笑顔から一転、うつむいたままで、蚊の鳴くような小さな声で言葉を返してくる。


「ええと、リューネ? 急に元気がなくなったみたいだけど、どうした?」

「いえ、なんでもありませんので」

 そう言って顔を上げたリューネは、なぜか頬が少し赤くなっていた。


 どうしたんだろう、風邪気味なのかな?

 1年生タッグトーナメントも終わって一区切りついたタイミングだし、疲れが出やすいタイミングなのかもしれない。

 リューネ自身は気が付いていないだけで、アリエッタと同じように疲労が溜まっているのかも。


「ならいいんだけどさ。でも調子がよくなかったら、アリエッタみたいに早めに休息を取るんだぞ? 体調が悪い時は何をやっても能率が落ちるからな」

「多分、素で言っていますよね、それ」


「もちろんおべっかじゃなくて、俺は本気でリューネのことを心配しているぞ」

「はぁ、やれやれですね」

「……俺は今、なんで溜息をつかれたんだ?」


「そういうところですよー」

「だからどういうところだよ?」

「教えてあげませーん」


 なんとも腑に落ちない俺だった。

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