第4話

 有刺鉄線が立ち並ぶ廃墟の影で、彫刻刀で猫を虐待する少女がいた。

 大山 美園は虐められている。

 学校にも、家にも、居場所がない。その憤りを動物に当たって発散していた。

 こうやって猫を殺すのも、もう何度目の事だろうか――と、動かなくなった猫を捨てて思い耽る。

「どうでもいいか」と独り言ちて、帰路についた。

 憂鬱だ。とてつもなく憂鬱だ。今日も、しょうもない奴らのおもちゃにされた。

 行き場のない苛立ちを募らせて、きっと明日も登校する。

 大山はどうしようもなく死にたかった。


 翌日、クラスの壇上で、物々しい顔で担任の桜井が仁王立ちし、ざわめきの中で仰々しい雰囲気を放っている。

 一通り、プリントが配られたのを確認し、口を開く。

「この学校で、いじめが起こっているそうです」

 大山は、今にも居心地の悪さに席を立ちたくなっていた。

 斜め先の席では、三木が顎に手を当て、考え事に耽っている。

「いじめに関するアンケートを取る事になりました。関わっている人、見たことのある人、されている人は、嘘の無いよう、答えてください」

 アンケート用紙を呆けた顔で見つめながら、大山は心ここにあらずとなっていた。

 回答する気なんて更々無かった。

 数分後、アンケートを回収した桜井が教室を後にすると、一度は収まったざわめきが、より強く巻き起こった。

 あちらこちらで他愛もない会話が繰り広げられている。

「おい豚。ピーピー喚いてみろよ」と、制服を着崩した少女が大山の椅子を蹴って怒鳴る。

 またたく間に、教室が静まり返った。

 無言で立ち上がり、逃げ出そうとする大山の頭を取り巻きの人が掴み、机に叩きつける。

 鈍い音が響いた。

「逃げるなよ。豚山」

 いやらしい笑顔を浮かべる少女を、静かに大山は睨み付けた。


 彼女たちの通う中学校には、裏庭にウサギ小屋があった。

 その中は今、カッターナイフによる殺傷攻撃で血まみれになっている。

 既に呼吸をやめたウサギを刺し続けながら、大山は「おい豚。ピーピー喚いてみろよ」と、機械の様に言い続けている。

 その虚ろな表情を映した顔は、青痣で切り傷と腫れに満ち、破れ掛けの靴下は上履きの存在を忘れ、学校指定の制服は汚れにまみれていた。

 今日も生き延びた。だけど、彼女はそれだけだった。どうしようもない苛立ちを小動物にあてて、フラストレーションを発散していた。

 ひととおり満足し、息切れをしながら立ち上がると、ふらりとした足取りでウサギ小屋を後にした。

 今後の事なんて、何も考えていなかった。

「みーちゃった」――と、女生徒の声がする。

 ウサギ小屋の近く、茂みの奥から出てきたのは、クラスメイトの仲川美紀子であった。

 恐怖で後退る大山。余裕を持った足取りで、仲川が近付いてくる。

 血まみれの少女を指差し、「お前、私達の仲間になれよ」と声をかけた。

 間の抜けた表情で、大山は首を傾げた。


 仲川に手を引かれ、大山は森の奥に連れて行かれた。

 鬱蒼と生い茂る木々を掻き分けた向こう、寂れた瓦礫だらけの廃墟の中に、ぽつんと地下への階段がある。

 それを降りて、ランプの照らす薄明かりの部屋に行き着いた。

「ようこそ」と、声をかけたのは三木。

 円卓の奥で、黒いマントを着けて椅子に腰掛けている。

「思春期特有の……?」――大山は一瞬頭に過ぎった言葉を、然し、声には出さなかった。

「我々はエレファント。今日結成された、この学校の自警団」

 不敵な笑みを浮かべて、仲川は言った。

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