第16話  夢中で


 ステージの上の大きなスクリーンに、ステージに向かうメンバーの足が大きく映し出される。どれが誰の足かはわからない。ゆっくりと、しかし、着実に、それぞれが、所定の位置につく。


 いよいよ始まる。客席の熱気と興奮は一気に高まり、胸のドキドキが全身に響くようだ。そして、次の瞬間、スクリーンが一転して、舞台上の映像に切り変わり、と同時に、メンバー全員が弾けるように、舞台上にジャンプして、躍り出た。

 きゃあ~!!会場中に、歓声が溢れる。


 1曲目から、元気いっぱいの、最新シングルの曲だ。

 そのまま、大歓声と手拍子、ペンライトやうちわを手に握りしめて、佳也子も、力いっぱい、ステージの圭を見る。

 メンバーの衣装は、明るいレモンイエローを基調にして、それぞれのイメージに合うように、少しずつデザインに違いがある。

 圭は、ややゆったりめのパンツに、腰ぐらいの丈の白いシャツに、ところどころに、レモンイエローのアクセントが入っている。

 色白で、どんな色の衣装もよく似合う。

 ゆるやかにおろした前髪は、大きな目のすぐ上にかかるくらい、長めだ。

 髪には、強めのウェーブがかかっていて、ダンスでターンするたびに、ふわっとゆれて少し、毛先がはねる。


(あかん……かっこよすぎや……)

 佳也子は、くらくらしそうになって、ため息をつく。

 隣では、麻友が、同じように

「大ちゃーん!かっこいいー。……顔ちゃんと見えるし」

 とため息交じりにつぶやいている。


 そうなのだ。

 席がめっちゃいいのだ。

 ライブと言えば、オペラグラスか、双眼鏡でやっと見える距離でしか見たことがなかった。今日もちゃんと用意しているけれど、そんなのいらないくらい、はっきり見える。


 たて続けに3曲歌った後、いったん、みんな着席して、MCが始まる。

 メンバーが、一人ひとり短くあいさつをして、

「では、今日も最後まで、みんなで思いっきり楽しもう!」

 みたいな声かけがあって、次の曲が紹介される。


 つい最近、メンバーの一人が主演したドラマの主題歌で、初々しい片恋を描いたもので、明るく爽やかな、HSTらしいハーモニーときれいなそろったダンスが素敵な曲だ。佳也子もこの曲が大好きで、気がつくと、よく口ずさんでいる。

 この曲は、圭がソロで歌うところは少ない。でも、その分指先まで、神経の行き届いた美しいダンスが見られる。


 佳也子は、夢中で彼の動きを目で追う。

 夢中で見ているうちに、いつのまにか、圭から自分が見えるかどうか、なんていう考えはすっかり消えてしまっていた。

 ただひたすら、かっこいいなあ。すごいなあ。と思った。

 途中、サビの手前で、圭がターンしてくるっと振り向いたあと、大きくまばたきして、めっちゃ照れくさそうに、くしゃっとほほ笑んだ。

 これがまた、テレビで見たときと少し違っていて、すごく素敵だった。


 後半、圭のピアノの生伴奏で、メンバーが、バラードを歌ったりする場面もあった。

 ピアノの腕が上がったと、メンバーに褒められ、客席からも、賛意を表す大きな拍手が起こって、圭は素直に、嬉しそうな笑顔を見せていた。

 続けて、メンバーが、圭の、新しいドラマが決まったこと、それが、天才ピアニストの役だということも、紹介して、会場は、さらに沸き、アンコールされて、圭がもう1曲、弾くことになったりした。


 最後の1曲まで、全力を尽くした、彼らの熱いステージはとてもとても素晴らしかった。


「ほんまによかったねえ」

「うんうん」

「ほんまにほんまに、よかったよねえ」

「うん、ほんまによかった」

 麻友と二人、まだ、熱い思いが全身を駆け巡るなか、

 よかったよかった、と言い合いながら、駅へ向かう。


「なんかさ、今日は、圭くんと大ちゃん、めっちゃ、こっち見てた気がする」

 電車の中で、隣に立っている女の子たちが話しているのが聞こえる。

「気のせいかもしれんけど。めっちゃ、こっち見てる気がした」

「え、あんたもそう思った?」

「うん、あれかな、私らのいてた席のあたりって、めっちゃ大ちゃんや圭くんのうちわやライト持ってる人、多かったやん。やから、いっぱい気にかけてみてくれたんかなあ」

「そやね、そうかもしれへんなあ」

「いっぱい、ええ顔見れたねえ」

「ドラマも楽しみやねえ」

 彼女らの顔も輝いている。


「今日は、ほんまに誘ってくれてありがとう」

 佳也子は、心の底から、麻友にお礼を言う。

「チケット譲ってくれたお友達には、ちゃんとチケット代と何かお礼をするわな。ほんま、その人に申し訳ないけど、私、めっちゃ幸せな時間やったよ。ありがとう」

 ありがとう、と何回言っても足りないくらいだ。

 テレビで見るのとは、全く違う、あの空間。

 いつか、きっと想太も連れて行ってあげよう。

 もう少し、大きくなったら。


 麻友と別れて、はずむ足で家に向かう。

 時間が遅いので、想太は、英子の家にお泊りだ。2人とも、寝てしまったのか、英子の家の灯りはすっかり消えている。

 先に寝るから、明日どんなだったか聞かせてね、とあらかじめ、英子には言われていたので、そのまま、静かに、自分の部屋に帰る。


 お風呂をすませ、今日の素晴らしい時間を振り返りながら、居間でお茶を飲んでいると、スマホから、メールの着信を知らせる音がした。


『今日、来てた?』

 圭からだ。


『え、なんでわかったん?』


『4曲目で、ターンして振り向いた瞬間、

ぱって目に入って、

めちゃめちゃびっくりした』


『見えてると思えへんかった』


『一瞬、ダンスの振り、忘れそうになった』


『あら』


『でも、嬉しかった。ピアノも、がんばってたでしょ?』


『うん。めっっちゃ、かっこよかった。歌もダンスも、全部、すっごくよかった』


『ありがとう。来てくれて。今は、時間ないので、とりあえず、お礼だけ。ありがとう』

 画面上で、アリが10匹並んで、手を振っている。


『こちらこそ、ほんとに素敵な時間をありがとう』

 佳也子も、同じアリを10匹お返しする。


 そして、今日のライブのシーンを思い返す。

 そういえば、確かに、4曲目で、ターンして振り向いたとき、大きく瞬きして、いつもと違う、くしゃっと照れたような笑顔をしていた。

 そうか。あのときに、気がついてたんやね。

 振り、忘れそうになった、とか言いながら、それどころか、彼は素晴らしいステージを見せてくれた。

 メンバーみんなが、素晴らしかった。


 明日、英子と想太に、何から話そう。

 佳也子は、今からワクワクしている。

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