第14話 心のどこかに

「圭くんでてるよ。かあちゃん」


「え、どれどれ。あらほんと。この頃いろんなところに出てるよね」

 相変わらず、キラキラはなやかな笑顔だ。

 くるくるとよく変わる表情で、司会者の問いかけに答えている。

「げんきそうだね」

「そうだね。よかったね」


 ふたりで、そんな話をしていると、佳也子のスマホの着信音が鳴った。

「はい、もしもし」

 少し高めの柔らかな声、圭だ。

「俺。圭です」

「今、テレビでてるの、見てたところです」

「そう。よかった。出てるよって言おうと思って、電話したの」

「英子さんには?」

「うん、今電話した。そしたら、佳也ちゃんと想ちゃんにも早く教えてあげてって、言われて」

「そうですか……この頃いろんなところに出てるよねって、想太と話してたとこなんです」

「想ちゃん元気? 声聞きたいな」

「横にいてますよ、かわりますね」

 スマホを想太に渡す。


「圭くん! 圭くん! げんき? ぼく? げんきだよ。また、あそびたいな。うん。……うん。うん、すき!」

 なにやら、圭の言葉に一生懸命うなずいているようだ。そして、次の瞬間、ぴょんと跳びはねた想太が、

「やったあ~!!ん、じゃ、かわるね」

 勢いよく言って、佳也子の手に、スマホが返ってくる。

「はい、もしもし」

「佳也ちゃん、今ね、ツアーで、北海道に来てるの。それでね、昼間食べたトウモロコシが、めっちゃ旨くて。ほんと、めちゃくちゃ甘いの。宅急便で送れるっていう

から、送ったよ。英子先生とこに、まとめて届くから、一緒に食べてね」

「ありがとうございます!英子さんも、知ってますか」

「うん、さっき、トウモロコシ送った、って、言っといた」

「ツアー、どうですか」

「うん。すっごい楽しんでるよ。30歳の体力的には、けっこうハードだけどね」

 圭が、少し苦笑いしている。

「でもね、ピアノがんばって練習してるから、ライブでもけっこういい感じでやれてる。手ごたえありだな」

「すごいなあ。着実に、“天才ピアニスト”への道、歩んでますね」

「うん。例の提案も、おおむね受け入れてもらえそうだし。あとは俺の腕次第、ってところだから。がんばんなきゃね」

「応援してますよ」

「ぼくもぼくも! おうえんしてる」

 想太が横から大きな声で言う。

「うん。ありがとう。じゃあ、またね。想ちゃーん、ばいばい」

 圭も負けずに大きな声で言う。

「佳也ちゃん、ばいばい。ありがとね」

 そう言って、電話が切れた。


 佳也子が、『ありがとう』のイラストのスタンプを送ると、圭からは、同じスタンプが返ってきた。


 テレビの画面の中では、圭がクイズに正解して、ごほうびのプリンを、嬉しそうにほおばっている。

 おいしそう。


 そういえば、初めて会った日、一緒に食べたのも、プリン、だったよな。

 なんだか、懐かしい。


「ねえ、想太、さっきの電話で、圭くん何て言うてたん?」

「トウモロコシ、すき? っていうから、すき! っていうた」

「そっか」

「おくったよ、っていうから、やったあ~! っていうた」

「そっか。楽しみやね」

「うん!」


 テレビの中の圭は、もう一問正解して、今度は、たっぷりフルーツと生クリームを巻き込んだロールケーキをほおばっている。

 圭が、口元に、はみ出したクリームをつけて可愛く笑っているので、『可愛い~』『あざと~い』などと、他の出演者たちが、口々に言って笑う。

 確かに、ゲストの女性たちも含めて、圭のきれいさ、可愛さは群を抜いている。

 圭の隣に座っているお笑い芸人の男性が、テーブルの上の紙ナプキンで、圭の口元のクリームを、手を伸ばして拭う。

「もう、ほんま、この子可愛いてしゃあないわ~」

 デレデレだ。

 圭も、すみませーん、とか何とか言いながら、笑っている。


 圭は、可愛いもカッコイイも両方の顔を持っている。

 テレビで見る圭は、ときに、実年齢より少し幼くさえ見える。

 一方で、まじめなインタビュー番組では、スーツ姿もしっくりくる大人の雰囲気を漂わせ、的確なコメントをする。

 彼のコメントを聞いた、インタビュー相手の顔が、パッと輝くのを見ると、彼のコメントが、その相手に響いたのだ、ということが伝わってくる。


『自分の引き出しを増やさないとね』

 少し前に、圭がメールで、書いていた。


(がんばってるよな……)

 佳也子は、思う。

 自分も、自分にやれることを地道にがんばっていこう。


『でもね、がんばりすぎずに、がんばろうね』

 佳也子は、返信したのだ。


 一生懸命がんばる。それはそれで必要やけど、心のどこかに、『遊び』が要るよ。


 自分の心を追いつめてしまうがんばり方ではなく

 自分がつぶれないで生き抜いていくために。

 がんばろうね。


 忙しさに、圭がつぶされないように、自信をもって笑顔でいられるように。佳也子は、祈らずにいられない。

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