第10話 親友の不倫―成就しなかった恋

8月11日(水)8月に入って相変わらず暑い日が続いている。夏季休暇が明けてからしばらくしたころ、秋谷君から電話が入った。


「久しぶりだね。同窓会の幹事お疲れ様でした。皆、喜んで感謝していた」


「吉田君こそ協力ありがとう。助かった」


「週末にでも飲まないか? 聞いてほしいこともあるから」


「今週の金曜日の夜、7時過ぎくらいなら大丈夫だと思う」


◆ ◆ ◆ 

8月13日(金)7時前だが約束した居酒屋にはもう秋谷君がいてビールを飲み始めていた。


「待たせたか?」


「いや、俺も今着いたところだ。喉が渇いたので先に飲んでいた」


「僕も生ビール、ほかにつまみを見つくろって頼もう」


「同窓会を企画してよかった。皆、喜んでくれた」


「次はまた10年後か?」


「五年後でもいいけど、希望があればしてもいいかな」


「ところで、上野さんとよく話していたな。久しぶりだったんだね」


「ああ、10年前の同窓会は欠席していたからな。15年前も欠席していた。実は彼女に会いたくて10年前と15年前は企画したんだけどな」


「そうだったのか? そういえば大学生になっても付き合っていたんじゃないのか?」


「そうだ。僕たちは相思相愛で結婚を考えていたんだ。けど事情があって別れた」


「その事情ってなに? 聞いてもいいか?」


「もう時効だから聞いてくれるか?」


「ああ」


「彼女の両親から婿養子なってくれと頼まれた。彼女の家は旧家で資産家だ。そうじゃなければ結婚に反対だと言われた。彼女は一人娘だった」


「十年前でも婿養子なんて古臭い話だな。そんなこと言われたのか?」


「俺は次男坊だからな。地元に就職して婿養子になろうかとも考えたのだが、それでは人生どん詰まりのような気がした。一流会社に就職して、できれば自分の力を試してみたい、そう思った」


「その気持ちはよく分かる」


「それでその気持ちを彼女に伝えた。そして一緒に来てくれるように頼んだ。でも彼女は家と家族を捨てられなかったというか、地元に残ることにした」


「そんなことがあったんだ。今まで話さなかったのは、思い出すのが辛かったんだな」


「そうかもしれない。とても話す気にならなかった」


「それで何かほかに聞いてほしいことがあるみたいだな」


「ああ、あれから彼女に会った」


「どこで?」


「東京で」


「いつ?」


「二か月くらい前の6月かな。それで、昔の関係に戻った」


「ええっ、戻った? 昔の関係って?」


「彼女とは反対されて別れる前に思い出づくりに二人で旅行にも行った。そのとき男女の関係にもなった」


「そうか? それで東京へ遊びに来たらと言っていたのか?」


「あれは冗談のつもりだったが、本心だったかもしれない。彼女はそう受け取った。それで同窓会のあとしばらくして遊びに来たいと連絡がきた。それで会って、すぐにそうなった。それからもう1回会った。1か月くらい前になるかな」


「分かった。それで悩んでいるのか?」


「どうしたらいいのか、会い続けるべきか」


「戻ったというけど、言うなれば不倫だな、それもダブル不倫だな」


「言われなくてもそうだ」


「秋谷君の気持ちはどうなんだ?」


「会いたい気持ちもあるし、会ってはいけなかったと後ろめたい気持ちもある。迷っている。だから吉田君の意見を聞きたいと思った」


「以前から浮気はしてきたんじゃないか? 風俗とか援助交際とか、いろいろ話してくれたよな」


「金銭の授受があったので浮気遊びと割り切っていたからだ。プロはもちろんだけど素人でも、そんなに後ろめたい気持ちはなかった。順子にも分からないようにすればよいと思っていた」


「確かに上野さんとは金銭の授受はないだろうからな。もっとある意味純粋な動機だからな、お互いに好きだという。だから迷うのも分かる」


「だから割り切れなくてどうしたらよいか迷っている。吉田君ならどうする?」


「ええっ、僕なら? うーん、僕ならか? 仮定の話だから答えにくいけど、答えは二つにひとつしかないだろう。もう会わないか、会い続けるか?」


「そんなことはもう分かっている。だから相談している」


「もう会わないなら、二人の気持ちの整理がつけばそれでよいと思う。それでなかったことにすればよいだけだ。でもこれからも会い続けるかどうするかは、上野さんの気持ちを確かめる必要がある」


「確かめるって?」


「要するに、本気か浮気か? 本気なら、お互いに今のパートナーと別れて再婚する覚悟があるのかどうかだ。浮気なら、お互いの家庭を壊さないようにすることができるかどうかだ」


「俺は今、順子と別れることなど考えていないが、上野さんはどう思っているか分からない」


「二人の思いが一致していないと、あとあと大変なことになりかねない。これを確認しないでずるずると関係を続けることは避けた方がよいと思う。もし、浮気ならばれないように細心の注意を払えばよい。嘘もつき通せば本当と同じになるし、墓場まで持っていけばよい」


「本気と浮気の中間ってないのかな? 俺たち二人はそんな感じがするんだが」


「確かに浮気という言葉は適当でないかもしれない。さっき言ったのは覚悟の問題でそう例えただけだ。好きだから関係を持った、いや戻した。それに好きだから会い続けたいのだろう。僕もなぜ一人の人だけを一生愛さなければならないのか、ほかの人も好きになってもよいのではないかと思うことがある。この方が動物としての男なら自然のように思う」


「吉田君に相談して、本質が少し見えたような気がする。要するに二人の覚悟の問題だということが分かる。確かにお互いの気持ちを確認しておくことは大切だと思う」


「いずれにせよ、このことは絶対にばれないようにしないといけない。僕は誓って口外しない。秋谷君も気をつけてもうほかの誰にも相談したりするなよ」


僕も話しているうちに、確かに見えてきた。秋谷君はよっぽど悩んだのだと思う。だから僕にあえて相談した。上野さんが好きで結婚したかったのだが、彼女の両親の反対でそれができなかった。


それで再度開いた同窓会でようやく再会したことから昔の思いが再燃してきた。それがひしひしと伝わってきた。


上野さんが10年前と15年前の同窓会に欠席したのはよく分かる。別れた秋谷君とは会いたくなかったからだろう。僕は出席したが、結婚した直美と話をしようとしなかったのに似ている。だからその分思いが募っていたのだろう。


でも僕と直美は少し違っているように思う。もともと男女の関係はなかったし、別れた方があんなふうだったからもしれないが、僕たちの今の関係には秋谷君のような切羽詰まったところはない。だから、秋谷君に落ち着いてあんな回答をしたのかもしれない。


もっとのんびりした感じでいるし、この関係を楽しみたいとお互い思っている。ただ、僕たちの関係も浮気という言葉は確かに合っていない気がする。僕たちの関係をそんな軽い言葉で表したくない。

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