水漏れ事故に見舞われた話

月代零

青天の霹靂

 その日、わたしは掃除や洗濯などの家事を一通り終え、休日の残りをのんびり過ごそうとしていた。


 そこに、不意に妙な音が聞こえてきた。じょぼぼぼ……と水が流れるような音だが、これまで部屋の中では聞いたことのない音だ。

 洗面所の方から聞こえる。他の部屋から響いてくる、洗濯機か何かの排水の音に似ている気がするが、それよりは近くから聞こえてくる気がした。


 ともかく、発生源を特定しようと、洗面所に向かった。

 洗濯機周りを確認するが、異変はない。水道の蛇口も閉まっている。しかし、音は聞こえる。やっぱり近くからだ。


 これは一体……?


 不思議に思いながら、隣接するトイレのドアを開けた。すると。


「――?!」


 トイレの天井の、換気扇の通風孔から、水が滝のように流れ落ちてきているではないか。


 えっ、なにこれ? どうしよう??


 一瞬パニックに陥りかけたが、その何秒か後にはなんと、廊下を挟んだダイニングキッチン全体に、水が降り注ぎ始めた。

(軽く説明しておくと、うちは賃貸マンション。間取りは2DKで、ダイニングキッチンと、そこに隣接する一部屋の間の扉を常に開けてLDKのようにし、廊下を挟んで風呂・トイレがある。残りの一部屋が寝室になっている。)


 いやちょっと待ってマジナニコレ。わけがわからないよ!!


 とりあえず、パソコンや床に積んだ本を守らなくてはと、タオルをかけた。しかし、その間にも降ってくる水の量は増えてくる。ゲリラ豪雨とまではいかないが、なかなかの降水量だった。


 慌てふためく頭で、スマホを取り、不動産屋に電話をかけた。ワンコールで出てくれた不動産屋のお姉さん。定休日じゃなくてよかった。


「あのっ、上から水漏れしてきたんですけどっ」


 冷静に対処しようとしたが、声が上ずる。


 不動産屋のお姉さんはすぐに事態を察し、上の部屋の住人や、大家さんに連絡を取ってくれるようだった。


 そうこうするうちに、床は既に水浸し。折り返しの電話を待ちながら、被害を最小限に食い止めるため、水を拭き取ろうと試みる。落ちてきているのが何の水かわからないし、そのままでは自分もびしょぬれになってしまうので、レインコートを装備した。部屋の中でレインコートを着る変な人が爆誕した。

 後で考えたら、風呂場の洗面器とかを使えばよかったと思うのだが、そこまで頭が回らなかった。


 家にあるほとんどのタオルを床に敷き詰め、絞っては拭く作業を繰り返す。

 そうしているうちに、


「?!」


 ブツッと、電気が消えた。

 

 まさか、電気系統がやられた?! だったら直るまでホテル暮らしになる可能性も浮上か?!


 暗くてよく見えない中(うちは角部屋でもなく、日当たりが悪い)、懐中電灯で照らしながら、とにかく作業を続けた。とはいっても、降り注ぐ水を防ぐのには全く追いつかない。

 

 少しして、不動産屋から折り返しの電話がかかってきた。

 どうやら、上の部屋で洗濯機の排水管が詰まり、盛大に水漏れを起こしたようだった。洗濯機の運転は止めたので、じきにこちらの水漏れも収まるだろうと。水道管の破裂とかじゃなくてよかった。

 水道屋さんを手配しているから、また連絡があるとのことだった。電気が消えた旨を伝えたら、電気屋さんも手配してくれることになった。

 

 とりあえず、怖いのでブレーカーを落とした。

 やがて水は止まったが、水浸しの部屋を前に、わたしは疲れて茫然としていた。

 幸いというか、被害はDK部分だけだったので、隣接する部屋にしばし座り込んだ。


「なんか上から水漏れしてきた。泣きたい」


 と、仕事に行っている相方にLINEを入れる。

 しかし、そんなことをしても事態は変わらない。休日で家にいて、すぐに対処できたことを、不幸中の幸いと思うしかなかった。


『希望は残っているよ。どんな時にもね』


 心の中に渚カヲル君(新劇場版の方)を召喚し、慰めてもらいながら片付けを再開した。保険の請求で必要になるだろうから、部屋の様子はスマホのカメラに収める。


 パソコンやキッチンの家電にはさほど水がかからなかったので、壊れずに済んだ。ティッシュのような細々したものはダメになったので、ゴミ箱に放り込む。

 びしょぬれになったカーペットをベランダに干し、タオルで床を拭いては絞り、また拭く作業を繰り返す。


 猫様がいつもいる部屋に被害はなかった。

 我が家のおキャット様は、テンパる人間を「何を騒いでいるんだ?」と横目で見つつ、いつものように悠然と佇んでいた。

 変わらない彼の姿が、救いだった。


 

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