第92話 まさかのマッチ
「
「シンファ」
「!?」
「今は、だけどね」
それでも一つ、彼女は気になることを言っていた。
「今は……とは?」
「それは後でね、
「あ、ああ……」
年上のお姉さんが
二人がそんな会話をしている内に、副将の整列が
「行ってくる」
目をゆっくりと開け、すっと立ち上がる
こそこそと話す翔と七色の会話には我関せず、精神の集中に
国探側の精神的支柱がここで登場である。
「麗さん、しっかりと見てます」
「ふっ、心強いな」
あえて「応援してます」、「頑張ってください」ではなく、ただ見ていると言葉を選んだ翔。
そんなことを言わなくても、麗は自らの力で最大限のパフォーマンスをするであろう、ということを分かってのあえてのチョイス。
しっかりと見ている、この言葉が翔は彼女にかける言葉で一番相応しいと考えた。
一方、関西側の席。
「大丈夫なのかよ? 友人A」
顔を合わせることはなくとも、立ち上がった隣の副将に声をかける
「へー、人の心配なんて珍しい。あと僕の名前、“
「知ってるわ。それとからかうな、ぶっとばすぞ」
「君なりの励ましと受け取っておくよ」
「ったく」
皇はちらっと目黒の後ろ姿を視界に入れる。
(相変わらず不気味な奴だ……)
友人Aこと、目黒帳。
皇が高校へ入学してから、なんとなく隣に立つようになった存在。
皇は、そのプライドの高さから彼を友人だと認めたことはないが、なんとなく隣にはいるものだと思っている。
だが、自分からあれこれ聞くことのない皇は、目黒に唯一近しい存在であるも、目黒の素性はほとんど知らない。
“ほとんど”というのは“彼の戦い方”すら、だ。
(そもそもどうやって副将になったんだ、あの野郎。まあ、校内の練習に参加してねー俺が知る由もないが)
皇にとっても、この副将戦は注目するべき一戦。
の、
中央で視線を交わす麗と目黒。
「よろしく頼む」
「いえ」
麗が求めた握手を手を横にして返そうとしない目黒。
「すぐに決着が着きますから必要ありません」
「……?」
目黒の言動を理解できない麗であったが、両者は位置に着くためその場を離れる。
だが
『それでは第四試合、副将戦を――」
「審判員」
『は、はい』
審判員の開始合図を、目黒が手を上げて止めた。
「棄権します」
『……え?』
会場を含め、両校の代表メンバー席すら一瞬静まり返る。
そしてその後、
「「「はあああああ!?」」」
疑問とも、怒りとも感じ取れるその歓声に似た声の塊は、一心に目黒に向けられる。
「あいつ、何言ってんだ?」
これには皇ですら困惑を隠せない。
もしかすると、皇の人生で度肝を抜いた初めての出来事かもしれない。
「どういう事だ貴様。私とは戦えないとでも言うのか?」
名剣【トゥインクル・レイピア】を目黒に真っ直ぐに向け、抗議の意を示す麗。
当然だ。
自分の戦いを楽しみにしてくれる後輩たちもいれば、実際に楽しみにしていた自分もいる。
こんな理不尽な形で終わらせられるはずもない。
「そうですねえ。じゃあ……≪やります≫?」
「――!?」
一瞬、悪魔のような気配を麗に“のみ”見せつけ、フラつく麗。
彼女は体全体が凍り付き、熱気で蒸されるほど熱い会場にもかかわらず、震えが止まらない。
(なんだ、今の気配は……。こいつは人間、なのか……?)
悪魔、もしくは魔物といった単語が麗の頭を支配する。
小刻みに震える体を、剣を杖代わりにして必死に立ち続ける。
目黒は自身の力を解放しただけ、何もしていない。
麗が恐怖するにはそれだけで十分だった。
それでも立ち上がるのが麗だ。
「か、構わん。貴様が何者であろうと……倒す!」
「おーまじかよ、はあ。これだから清流家は面倒なんだよ」
「……なんだと?」
「そこは恐怖で膝をついてくれないとさぁ」
目黒が麗の家系に文句をつけるような口ぶりで続ける。
恐怖に打ち勝った麗が計算外だったようだ。
「「「麗さーん!! 頑張ってー!!」」」
そんな恐怖を植え付けられているとはつゆ知らず、周りからは
「君も大変だよね。周りは君の苦労も知らずにさ」
「彼女らを侮辱するな……!」
ついに恐怖を完全に断ち切ったか、震える手を止め、剣を再び目黒に向けた。
「おお。本当に凄いな、君は」
「褒められても嬉しくはない」
「……そうかい」
麗の
「けど、棄権しちゃったものは棄権しちゃったからなあ」
「……」
目黒は、関西側の代表メンバーの一番左、皇が座る席を見つめた。
「代わりに出る?」
「……はっ、良いのかよ」
良いか良くないかで言えば、当然良くない。
ここまで実力ゆえに目を瞑って来た関西側の教員も、さすがに我慢の限界が来た。
「ふざけるな!」
「あ?」
「はい?」
関西側の教頭だ。
勝手すぎる彼らの行動に、ついに声を上げる。
「これはれっきとした伝統ある祭典だ。これ以上は許されないぞ、お前たち」
「だとよ」
「それは困りましたね……ふむ」
ちらっと教頭の方に目を向けた目黒。
そうして目黒はもう一度問う。
「≪どうしてもダメでしょうか教頭先生≫」
つらっとした笑顔で問いかける。
教頭の答えは、
「い、いいだろう……。み、みとめ、よう……」
なぜか、教頭の目の焦点が合わなくなっている。
その答えに、目黒はにっと口角を上げた。
「ですって」
了承を得られたところで、目黒は再び皇の方を向いた。
「そりゃ助かる」
皇自身、目黒が何をしたのかは分かっていないが、今は自分の快楽を優先した。
彼が翔と麗、どうにかしてどちらとも戦えないか、と考えていたことが実現しそうで目黒に乗ったのだ。
高い代表メンバーからずだっと飛び降り、皇は麗の前に姿を現す。
「よう。久しぶりだな」
身長は麗より低いが、相変わらず上から目線の皇。
「何を企んでいる?」
「はっ、
「そうか」
審判員を置き去りにし、睨み合う両者。
『本来ならば清流さんの勝利ですが、よろしいのですか?』
ここでようやく待ったをかける審判員。
麗に試合続行の是非を問う。
「もちろんです。むしろやらせてください。
麗は、皇の方へ顔と共に剣を差し向ける。
「借りがあるので」
「はっ」
麗が宣戦布告。
状況を飲み込み切れていなかった周りも、その姿にようやく歓声を上げた。
「「「麗さーん!! 負けないでー!!」」」
「なんかよく分からんが頑張れ!」
「麗さんの戦いを見れるならそれでいいぞ!」
「なんなんだよ、一体」
当然反対の意見もあるが、それは圧倒的多数である、試合再開を望む声で見事に打ち消される。
それを聞いた皇は珍しく感心を見せた。
「随分なエンターテイナーじゃないか。ファンの多いお姉さまは大変だな」
「そちらは随分と乱暴なのだな。大会を盛り上げるこちらの身にもなれ」
「はっ、やなこった」
相変わらず
ようやく試合が始まる、周りも確信した。
「
「私も一年間遊んでいたわけではないのでな。もう貴様に遅れは取らん。翔とはやらなくて良かったのか?」
「てめえを瞬殺した上で天野翔も倒す。それだけだ」
「減らず口を」
お互いの空気感を読み、審判員が合図を出した。
『試合開始ッ!』
「はあああッ!」
「うるせえなあ!」
両者の武器が、中央で交わる――。
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