第67話 夢里の役割

 夢里ゆり、明らかに落ち込んでいたな。


 おれは先程の実践授業の後にふと気付いたわけだが、思えば朝のバスの時からそうだったかもしれない。

 もっと早く気付いてあげるべきだった。


「あれ。今日、夢里は一緒じゃないのか」


「うん、なんか一人で食べたい気分だって」


「そっか」


 授業が終わり、シャワーや着替えを済ませて今はお昼時。

 いつも同じ場所で食べている華歩かほが、珍しく夢里と一緒ではないので聞いてみたところだ。


「やっと気付いたか」


「ん? 何に?」


「夢里ちゃんのこと」


 おれが夢里が落ち込んでいる事に気付くのを待ってた?

 おれから夢里に声をかけてあげるのが良いと思ってるのだろうか。

 

「そうと分かれば行ってあげて。きっと何か悩んでいると思うの」


「そうだな。分かった、探してみることにするよ」


 教室の扉から廊下へ向かおうとするが、華歩が何か言っているのが聞こえる。

 

「はあ。どうして敵に塩送っちゃうかな、わたし。まあ、そんな時に付け込んでも気持ち良くはないよね」


「ん、なんだって?」


「わあっ! まだいたの?」


 華歩がなぜか顔を赤くしている。


「もう、なんでもないから! 早く行ってよね」


「お、おう」


 少し怒り気味というか、焦り気味に行けと言われておれは教室を出ていく。


 


 教室に戻ってきていないことを考えると、おそらく食堂だろう。


 えーと、夢里、夢里……いた。って、あれはれいさん?


 お昼まで一緒とは珍しいなとは思いつつ、夢里が座っている席に歩いて行く。

 麗さんはこちら側を向いているので、近付くのに気が付いたみたいだ。


「ふっ、だからだろう。そんなお人好しが夢里のことを探しに来た様だぞ」


「?」


 麗さんの視線につられて夢里が振り返った。

 夢里と目が合い、おれから口を開く。


「放課後、時間あるか?」


 何を話すか決めていなかったが、自然に言葉が出ていた。

 夢里の様子から、何か話を聞いておかないといけない気がしたからだ。


「……」


 えっ、という形の口のまま少し固まってしまった夢里。

 待てよ、これじゃまるでデートの誘いみたいじゃないか?


かける、君も隅に置けない男だな。私がこんな近くにいながら夢里を誘おうとは」


「ちょ、ちょっと麗さん。からかうのはやめてくださいよ」


 そんなことを言われると余計にデートの誘いみたいに聞こえてしまう。

 会話の中で少し下に目を向けると、再び夢里と目が合う。


「それ、ダンジョンとかじゃなくて……ってことだよね?」


「あ、ああ。まあそうなる、かなあ」


 しまった、誘い方が完全にデートのそれだ。


「ふふっ、どっちなんだか。うん、じゃあ私からもお願い」


「! そっか。じゃ、放課後に」


 妙に恥ずかしくなってしまったおれは、それだけで会話を終えて背中を向ける。  

 今はとにかくこの場から離れたかった。


「翔」


 と思えば麗さんの少し低い声が後ろからかかる。


「後で何をしたか、教えてもらえるのだろうな?」


「も、もちろんですよー。で、では!」


 顔に表れてはいなかったが、麗さんの声から何か異様なものを感じ取り、早足で食堂を出ていく。




 それから、午後は授業が少ない事もあり、気が付けばすぐに放課後になる。

 隣の席の華歩には今日ダンジョンには行かないことを伝え、夢里の元へ。


「いくか」


「うん」


 まだどこに行くか、何をするのかは決めていない。


 クラスの中から「おおっ?」という声が聞こえる気がするが、なんとなく恥ずかしいのでスルーしてそのまま二人で出ていく。





「で、結局ここ?」


「いや、そのー。なんというか、ごめんなさい」


 周りを見渡せば何とも見た事のある風景。

 見たことあるどころか毎日来ている。

 そう、ダンジョン街だ。


 おれのバカ野郎、もっと気が利いた所あるだろ!

 

 そういえば中三までずっと陰キャで過ごしてきて、急に異世界転移をしたと思ったらそれからはダンジョンに潜りっぱなしだったんだ。


 デートスポットなんておれは知らなかった。

 デートではないんだけど。


「ふふっ、いいよ、翔らしいし。私もなんだか落ち着くよ」


 ダンジョン、か。こうして考えると、良くも悪くも現代はダンジョンというものに依存してしまっているのかもな。


「ねえ」


 夢里がこちらを上目遣いで見てくるので、おれは目を合わせて無言で頷く。


「……話、聞いてくれる?」


「聞くよ。どれだけでも」


 夢里の話は予想通り、最近の周りや自分の事についてだった。


 夢里の葛藤。

 それは周りの急成長からくるものだった。『魔法の書』に手を触れたのも、それが原因でやってしまったみたいだ。


 今の職業ジョブや異世界での経験もあって、いつものパーティーの中で言えばおれは抜けていると思う。


 夢里が悩んでいるのは自分の強さのこともあるが、きっと一番は、


「華歩、だな」


「……そうだね。素直に認めるならきっとそう」


 初期からの三人で、今でもずっと一緒にいるメンバーの一人。

 一番の友達であり一番のライバル。

 ずっと近くで見てきたからこそ、最近の華歩の著しい成長には嫉妬しっとしていたのかもしれない。


 となると、おれが考えていたことも役に立つのかもな。


「夢里、行きたいところがあるんだけどちょっといいか?」


「?」





 夢里を連れてダンジョン街を回る事にした。


「武器屋かあ。そういえば最近は何かと慌ただしくて、あんまり来てなかったなー」


 夢里は武器屋を回るのが好きだ。

 そんな夢里が最近来ていなかったということは、相当に視野が狭まっていたのだろう。


「えーと、この辺かな」


「? 何見てんの、翔。そこ銃の場所じゃん。それもアサルトライフル、今までのしっかり狙うってよりは動きながら撃つ銃じゃない?」

 

「そうだよ。夢里には似合うんじゃないかなって」


「私に? いや、でも私は“銃使い”だし、今の武器種が一番合うんじゃ……」


「確かにそうかもしれない。けど、こう言うのもだけど、夢里の経験は普通ではないと思うんだ」


 おれに合わせた無茶な階層に三人でのパーティー、極め付きはこの前の侵入作戦。

 今の夢里はただ後ろからチャンスを待つばかりの“銃使い”じゃない。


 夢里は後衛からおれたちの戦闘を見てきた。状況判断、戦況の把握といった点では他と比べても抜きん出ていると言っていい。


 それなりに経験を積んだ今、もう少し前に出る事を覚えても良いんじゃないかと思う。


 おれはそう夢里に伝える。


「私、そんなに戦況を見れてるかな」


「ああ、間違いない。いつも魔物の攻撃を予測して、後衛から的確な指示を伝えてくれるのは夢里だよ」


 夢里がちょっと照れたように下を向いたことでおれも自分の発言に気付く。

 少々恥ずかしいが、これはおれの本心だ。


「夢里、中衛まで出てみないか? 今の夢里ならきっと出来ると思う。合わなければ今までの後衛に戻れば良い。でも確実に可能性は広がると思うんだ」


「中衛、か」


 急所を狙うだけじゃない、自分からも崩していける、より攻撃的な“銃使い”になれると思う。


「私、華歩に並べるかな」


「並べるも何も、夢里を下に見た事はないよ。みんなそれぞれ役割があってそれを果たしているんだ。いつも頼りにしてるよ。今はさらに可能性を広げられるって話だ」


「翔……」


「おわっ」 


 夢里に急に抱きつかれる。


「なんだか元気が出てきたよ。ありがとう!」


 おれはそれを聞いて彼女を離そうとする手を止めた。

 何か出来たわけじゃないが、彼女は話を聞いて欲しかったのかもしれない。


 またいつもの明るい夢里が見れたら良いな。




 この日を機に、夢里は中衛へ転向。


 夢里はいずれ、安全な場所から弾を打っているだけ、良いとこ取りなどと言われていた“銃使い”の概念を大きく変え、攻撃的な職業ジョブとして認識される第一人者として先頭を走っていくことになるが、それはまだ先のお話。

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