第65話 新たな『魔法』の行方

 咄嗟とっさつむった目の外で、『魔法の書』から放出された光が徐々に消えていくのを感じ、少しづつ目を開ける。


「何がどうなって……。! 夢里ゆり華歩かほ!」


 いつの間にか、透明で丸く広い空間が目の前に広がっており、中に夢里と華歩が閉じ込められている。

 だが、周りを見渡しても部屋自体は先程までと同じ。どこかに転移したりしたわけではないらしい。


 どうやら、夢里と華歩を閉じ込めている透明な空間だけがされているみたいだ。空間と部屋の境目を見ていると錯覚で大きさの概念が分からなってしまいそうだ。それほどに空間内もしっかりとした広さを持っている。


「なに、なんなのこれ!」


「かーくん、そっちは大丈夫?」


 二人の声が聞こえる。とりあえず会話は出来るみたいだ。


「こっちは大丈夫だ。それより、どう考えてもおかしいのはその中だ! 二人とも気を付けろ!」


 隔離された結界とでも言えばいいのか。

 最近になって異世界では起きなかったことが頻繁に起きている。


凪風なぎかぜれいさん、これが何か分かりますか」


「いや、私も見たことがない。なんなのだこれは」


「僕も見た事も聞いたこともないよ」


 周りにもこの状況について情報を持っている人はいない。


「二人とも!」


 フィが空間内の夢里と華歩に向かって叫ぶ。

 フィが指した先は、宙に浮かぶ『魔法の書』だ。


「また……動き出した」


 動作が止まっていた『魔法の書』は、再びページを高速でいったりきたりする挙動を見せる。


「! 何か出てくるよ!」


 華歩が言い放った直後、『魔法の書』から召喚されたように魔物が出現する。


──シャァァァ!


 巨大な体格に邪悪なオーラをまとったサソリ。こいつは、


「【イヴィルスコーピオン】だわ! 第24層のぬしのような魔物よ!」


 まずい、前衛がいない二人じゃ危険だ!


「くそっ! フィ、これは壊せないのか!」


「ダメ! 解析しようとしても途中で何かに阻まれる!」


「こっちもだ。何とかしようとはしているが!」


「この結界、全然破れそうにないよ!」


 おれとフィと同じく、麗さんと凪風も必死に結界を破壊しようとするが、びくともしない。


「華歩……」


「ばかっ! 前!」


 夢里が華歩の方を向いた瞬間に【イヴィルスコーピオン】が尻尾を振り回す。華歩はなんとか杖で攻撃を受け止める。

 おれが教えた<攻撃予測>が役に立っているみたいだ。


「くううっ……、はあっ!」


 華歩はなんとか受けた尻尾を押し返す。


「夢里ちゃん、色々言いたい事はあるけど」


「……うん」


「どうして相談してくれなかったの!」


「!」


 華歩が珍しく声を上げる。

 こんな彼女は久しぶりかもしれない。


「わたしは、夢里ちゃんをライバルだと思ってるし、負けたくもない! でも。でもそれ以上に! わたしは夢里ちゃんを大切な友達だって思ってる!」


「華歩……」


「だから、悩んでる事があるなら相談してほしかった!」


──シャアアアア!


 夢里に言葉をぶつけ、そのままの感情を表すように杖に力を込める。


「でも、まずは一緒に帰ろう! 『上級魔法 豪火炎』!」


 華歩が放った火の球が【イヴィルスコーピオン】に直撃する。だがこれは……


「効いてない!?」


 やはりだ。


「華歩! 【イヴィルスコーピオン】には普通の『魔法』は効かないんだ!」


「えっ!」


「じゃあ二人はどうしろと!」


 状況を冷静に見ていられず、麗さんも大きな声を出す。


「おれの光属性の『魔法』なら有効打にはなるのに!」


 なんて歯がゆい状況なんだ。

 目の前に仲間がいて助けに行けないなんて。


「光……」


 夢里が何かに思い至ったように自分の右手を見つめる。

 魔物に気を取られて気付かなかったが、夢里の右手にかすかに白い光が灯っている。


「華歩、そのまま動かないで!」


 夢里は微かに光っている右手を華歩の肩に当てる。

 光は夢里の右手から華歩へと伝わるのが目に見える。


譲渡じょうと、されたのか?」

 

 夢里は自分の手から光がなくなった事を確認して再び自身の武器を取る。


「華歩は今すぐ<ステータス>を確認して!」


「夢里ちゃん。でも、これは夢里ちゃんが──」


「いいから! 一緒に帰ろうと言ってくれたのは華歩じゃない!」


「う、うんっ!」


 透明な隔離空間の最後方まで素早く下がり、華歩は左手で<ステータス>を開くときの手振りを見せる。


「来るなら来なさい、この化け物!」


──シャァァァァ!


「!」


 夢里は【イヴィルスコーピオン】の尻尾を身軽な動きでかわす。


 最近急激に鍛えられた観察眼にこの動き。夢里はもしかしたら……。 


「はッ!」


<急所特定> <三点バースト> <ヘッドショット>


 夢里が後衛とは思えない俊敏な動きで【イヴィルスコーピオン】を翻弄ほんろうする。だが、それでも決定打にはならない。


 やはり華歩の力が必要だ。


「夢里ちゃん、いけるよ!」


「お願い!」


 夢里が距離を取ったのを確認して華歩が力を込めると、杖の先から白い光があふれ出る。

 そして杖をタンッ! と両手で地面に強く刺し、『魔法』を放つ。


「『上級魔法 聖者せいじゃの光』」


「「!」」


 大きく反応を示したのはおれとフィ。おそらくフィも同じことを思ったのだろう。


 おれは華歩のこの姿、この光景に自然とシンファを重ねていた。いや、もしかすると彼女はシンファ以上の──。


──シャ……ァ……ァ


 華歩が『魔法』を放つのに目を奪われている内に、【イヴィルスコーピオン】は浄化されていく。邪悪なオーラを持ったこういう魔物には光属性が有効である。


「あ、結界が」


 夢里につられて上方を見ると、透明な隔離された結界は上の方から解かれていく。


「夢里ちゃん」


「華歩……。私、何て言ったらいいか……。みんなに置いていかれてる気がして焦ってたんだ、多分」


 戦闘が終わり、改めて自分の行いを悔いた様子の夢里。

 だがそんな彼女に華歩は肩に手を載せて笑顔で伝える。


「帰ろっ。話はしっかり聞くからね」


「……うん!」


 そうしておれたちは無事に目的の『魔法』も手に入れ、帰路に就くのであった。

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