第47話 仕込み

 「よっ、ほっ。よし、体は絶好調!」


 土曜の朝、強めの日差しがカーテンを開けた寝室の窓から差し込む中、屈伸と伸脚をして体の調子を確認する。

 ヒーリ先生にも言われた通り二日間安静にしていたし、これなら大丈夫だ。


 おれが休んでいた二日間で夢里ゆり華歩かほ豪月ごうつき凪風なぎかぜの四人は、三対三の模擬戦を行った時に同じパーティーだった七色ななしきさんとも協力して、五人で第15層の中ボス魔物【ダークスパイダー】を討伐したという。豪月と凪風が第16層の転移装置ポータルを解放するためだ。


 おれは彼らから直接の報告を受けたが、学校内でもそれなりに噂になっていた。もしかしてあいつら、めちゃくちゃ強いんじゃないか?


 そして、第16層の転移装置ポータルを解放後、聞いていた通りに封鎖されている事を確認したところで引き返してきたそうだ。

 豪月、凪風はおれたちに賛同してくれたが、七色さんを巻き込むわけにはいかない。それ以上様子を探ることはしなかったみたいだ。


「母さん、行ってくるよ」


 階段を降りていき、リビングでさっき食べた朝ご飯の皿を洗っている母さんに、出発を伝える。


「二日間いないんだってね。かける、頑張ってね。それと夜にはしっかりと連絡をすること」


「わかったよ。じゃあ、いってきます」


 おれたちはこの土日を使って第20層まで進める計画を立てた。そのため、いちいち自宅に戻るのではなく、二日間はダンジョン街の宿を借りる。


「おはよう」


「おはよう、華歩」


 玄関の戸を開けた先には、待ち合わせをしていた華歩だ。いつもの彼女とは少し表情が違う。

 思えば華歩は勉強にしろ部活にしろ、おれと違って昔から生粋きっすいの優等生だった。

 そんな彼女が、今から公的に封鎖されているところを侵入しにいく。今まででは考えられなかった事だが、華歩なりに決まりやルールよりも大切なものがあると思ったのだろう。


「行こう」


 そんな表情の華歩と、夢里が乗っている学校直行バスへ向かった。




 直行バスにて夢里と、学校にて豪月と凪風とも合流した後、五人でそのままダンジョン街へと向かう。


 こんな時の“ストレージ”はすごく便利だ。“ストレージ”には装備を始め、ダンジョン用に加工されたバッグに寝泊りに必要な物を入れることで、いつでも出し入れが出来る。

 そのため、各自手ぶらでダンジョン街まで来たのち、宿にて“ストレージ”から荷物を取り出すのだ。







 

「みんな、準備は出来たな」


 後ろの四人は、おれの言葉にそれぞれ頷く。

 各自、宿でのチェックインとダンジョンに向けた準備を整え、五人が揃った状態でいつも通りダンジョンの受付を済ませる。


「ただいま第16層は階層調査の為、入ることが出来ませんのでご了承ください。では、いってらっしゃいませ」


 受付のお姉さんの言いつけに軽く会釈えしゃくをして、そのままダンジョン入口へと向かう。覚悟を決めたおれたちの面構えは、そんな言葉で簡単に変わるものでは無い。




 転移装置ポータルを使い、揃って第16層へと転移する。転移装置ポータルから転移してきた先は、第15層の階段へと戻る門を背にして、第16層へ少し足を踏み入れた場所だ。


 転移して早々に、おれたち五人は各々あらかじめ決めていた通りにバラバラに散る。中でもおれと凪風は、封鎖が始まっている結界に最接近する。


「! 待て君達。受付の方から聞かなかったかい? この階層は今、調査で立ち入りを禁止していてね。悪いけど通すことは出来ないんだ」


 転移の光とおれたちの様子を見て、“JAPAN PUBLIC SERCHER”と胸辺りに刻まれた装備を身にまとった、三十代程の男性探索者から話しかけられる。


「すみません、間違えて転移してしまったみたいです」


 答えるのは華歩。そして華歩がそのまま演技を始める。もちろん、これは嘘だ。


 日中は警備が多いだろうと踏んでいたおれたちの予想は的中。話しかけてきた男性を含め、封鎖地点には見る限り五人の警備、そして四体の警備ロボがいる。

 さすがにこの中を突っ切ろうとは思っていない。調べる者が調べれば、すぐにおれたちも特定されるだろう。


 今回来たのは大方の状況把握と仕込みのため。


 まず封鎖されているのは、第16層入口横にある転移装置ポータルより数メートル先からだ。見るからに硬く、厚い壁のような結界が張られており、そこから先は進めないようになっている。中では実際に調査をしているのだろう。


 そして結界には“JPS”の文字。これは、この男性の装備の胸辺りに刻んであるのと同じ文字。つまり、これは日本の公的機関による封鎖ということだ。

 文字といい、規模感といい、国絡みであることは疑いようが無い。


「すみませーん、これっていつ頃までかかりますか?」


「まあ、そう焦るな。封鎖されているというなら仕方ないじゃないか」


 夢里と豪月も演技を始める。

 今回鍵となるおれと凪風が、出来る限りの情報取得と仕込みを終わらせるための時間稼ぎだ。


 警備の人たちに怪しまれ過ぎないよう、警戒しながら細部まで目を行き渡らせる。

 全体的に思ったより厳重な警備ではない。壁に刻まれた“JPS”の文字を見れば誰も手を出そうとしない、そう考えているからだろう。好都合だ。


「うーん、仕方がない。おれたちも帰るとするか」


 これはおれの合図。仕込みと情報取得が終わった合図だ。


「そうだね。おとなしく帰るとしよう。僕たちも間違って来ちゃったわけだしさ」


 続けて凪風の合図。彼も仕込みが終わったようだ。さすが、仕事が早くて助かる。


「済まないね、君達。ある事があって、この階層は危険性が大幅に上がっているんだ。もう少し時間が掛かるかもしれないけど、どうか我慢してくれないだろうか」


 警備の人に促され、おれたちは素直に転移装置ポータルでダンジョン入口へと帰還する。





「で、どうだい? 天野あまのくん。うまくいきそうかい?」


 ダンジョン街、行きつけの完全防音カフェで実地調査の成果を確認する。


「うん。みんなからも聞いていた通り、思ったほど警備は厳重じゃない。これなら突破は難しくはないと思う」


「ほう、さすがは兄弟。ずるさに関してはまさにつばさとの二強だな」


「それ褒めてないだろ」


 実際その通りなのかもしれないけどな。凪風、こいつはすました顔して本当にあなどれないからな。だが、今回は味方だからかなり頼もしい。


「それでかーくん、予定通りで良いんだよね?」


 華歩がおれに尋ねるよう、確認を取ってくる。


「ああ、おれの方は仕込みも済んでいる」


「僕の方も大丈夫だね。天野くんに合わせて使


 おれに続いて凪風もうなづく。


「よし。なら予定通り、潜入は今日の深夜だ」


 五人、中央で手を重ね合わせて決意を固める。


「絶対に成功させよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る