第38話 思いと約束

 合同訓練とは、一年生のパーティーに一人もしくは二人の三年生が混じり、“東京ダンジョン”にてそれぞれ与えられた任務を遂行する訓練のことである。

 探索科一年生にとっては、これが最初の行事だ。


 国立探索者学校・探索科という環境の中で、二年間戦い抜いてきたその先輩の背中を直で見て学び、何かを掴むことで毎年これを機に伸びる生徒も少なくないという。


 そんな中でかけるはこの学校に入るきっかけとなった人物、清流せいりゅうれいと同じパーティーで合同訓練を行うことになった。

 彼には願ってもいないチャンスだった。

 そしてそれ以上に喜んでいる者が一人、


「ねー! ほんとやばいんだけどー!」


「あはは……。夢里ゆりちゃん、朝からずっとその調子だね」 


 夢里だ。

 彼女は登校初日に見せた姿にもあった通り、清流麗の大ファンらしい。


「だってあの清流 麗さんだよ! もう、ほんと待ちきれない!」


「でも、わたしも嬉しいよ。あの清流 麗さんとパーティーを組めるんだもん。楽しみだね」


「ああ、来週が楽しみだ」








 合同訓練本番の日。今日は校内には入らず、東京ダンジョン直行のバス前に集合している。当然、つやのあるセミロングの黒髪をなびかせた清流麗の姿もある。


「今日はよろしく頼むぞ。夢里、華歩、翔」


「いきなり呼び捨てなんて! わ、私たちは何とお呼びすれば!」


 絶賛大興奮中の夢里。


「私は麗でも良いんだがな。君達が呼びにくいだろう。麗さん、とでも呼んでくれ」


「わかりました。よろしくお願いします、麗さん」

「れ、麗さん……あわわ」


 周りを見ればもちろんおれたちだけでなく、それぞれ振り分けられたパーティーが担当の三年生と挨拶を交わしている。

 同じパーティー内ではコミュニケーションは必須だからな。さすがは三年生、馴染むのが早い。

 

「私たちも乗ろうか」


「「はい!」」








 “東京ダンジョン”入り口前にて、任務の最終確認を行う。


「今回私達に課せられた任務は第15層【ダークスパイダー】の討伐だ。君達三人の事は事前に聞いている。普段から同じパーティーで潜っているのだろう? 連携なんかは私が口を出すことではないだろう。私が君たちに合わせる形で進んでいこう」


「「「はい!」」」


「では、他に何か聞きたいことはあるか?」


 おれは特にない。が、隣で夢里が控えめに手を上げる。


「どうした、夢里」


「あの……直前で聞くのもとは思うのですが、第15層の中ボス魔物なんて、そんなにスムーズに倒せるものなんでしょうか」


 夢里が少し不安げに麗さんに聞く。

 それもそのはず、おれたちの最高到達層は第13層だ。


「そうだな。不安もあるかもしれないが、いざとなれば私一人でも難なく突破できる程度の魔物だ。だから安心して、精一杯自分の力を発揮するんだ」


「は、はい!」


 夢里の顔が一気に明るくなる。麗さんの実力は言うまでもなく、リーダーシップという点でも見習うものがある。おれはこうゆう点は得意ではなかったからな。


「では、いくぞ」





 第14層を抜け、第15層の最奥を目指してひたすら進む。


 おれ・華歩・夢里の三人にとっては初めての第14層だったが、麗さんもいることから何の問題もなく突破することが出来た。


「!」


「どうした、翔」


「いえ」


 少し立ち止まったおれに声をかけてくれる麗さん。

 この胸の中から何か出てくるような感覚は、


「ひっさびさの登場! フィちゃんだよ!」


 フィだ。こいつ、毎回おれのMPを勝手に消費して出てきやがる。なお、彼女自身もその理屈は未だ不明。


「ひっさびさって。ダンジョンに潜ってる時はいつも一緒にいるだろ」


「もー気分よ、気分! わかってないわねえ」


「ほう、案内精霊ガイドピクシーか。可愛いじゃないか」


 フィに興味を持った麗さんがフィに近付く。


「な、なによあんた!」


「私は清流 麗だ。今はこの三人とパーティーを組んでいる。よろしく頼む」


「ふ、ふん。まあいいけど」


 これは、なんだかんだすぐになつく雰囲気だな。


「……」


 清流 麗。麗さん。近くで見ると身長はさほど大きくはなく、むしろおれの方が少し大きいぐらいだ。

 だが、やはりたくましく見える。身のこなし・立ち振る舞いが上級探索者のそれながらも、どこか上品でカリスマ性がある。美しい、と表現するべきかな。


 この人を見ていれば見ているほどに思う。いや、もしかしたらこの人を初めて見たあの時から、おれはずっと思っていたのだろう。おれは麗さんと……


「どうした、私のことをじっと見て」


「えっ? あ、ああ、いえ! なんでもないです」


 まじかよ、今フィとたわむれてなかったか? この人後ろに目でもついているのか?


「言いたいことがあるなら先に言っておくべきだぞ?」


「あ、いや、そのー」


 今思っていたこと、それを浮かべると自然と言葉が出てきた。


「麗さん、これが無事に終わったらおれと模擬戦をしてください」


「翔!」

「かーくん……」


 夢里と華歩はおれの急な言葉に驚いている。


「良いだろう。君のように年下から受けるのは初めてだが、向上心のある者は好きだ。楽しみにしておこう」


「ありがとうございます」


 麗さんはおれの顔をしっかりと見て、受け取ってくれた。


「だがその前に、この任務を達成しなければな。気を抜くんじゃないぞ」





 いよいよか。


 第15層、中ボス部屋前。ここまでは麗さんもいるおかげでスムーズに進めることが出来た。約束した麗さんとの模擬戦のためにも、合同訓練の任務を達成する!


「さあ、この先にいるのが【ダークスパイダー】だ。君達の力を見せてくれ」


「「「はい!」」」


 中ボス部屋、【ダークスパイダー】の巣がある部屋の大きな扉を開く。

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