第161話 東の封印のダンジョン

 南の封印のダンジョンの試練は、こうして終わった。

 ファイアール公爵家の挨拶もそこそこに帰宅し、明日からアクロに出発する事にする。

 ついでに王都魔法学校には退学届を、ボムズから郵送した。学校を辞める事になるのは寂しいけど、優先順位を間違えるわけにはいかない。

 ヴィア主任とサイドさんも王都魔法研究所に休職の届けを出した。

 学校に行ってる場合じゃない。時間が決められているんだ。

 トウイとシズカの顔が浮かぶ。

 初めて友達と言える存在のトウイ。

 実際は弟だったけど。トウイが僕に取って大事な存在なのは間違いがない。

 僕は嬉しくなってきた。

 友達で肉親なんて最高じゃないか!


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


【12月24日】

 ボムズからアクロに向けて出発した。

 まだ一年以上の時間があるからと言ってゆっくりしていられない。

 他の公爵家でも供物は捧げられている。一刻でも早く黄龍を討伐したい。

 僕は馬車の中では何度も古い【白狼伝説】の黄龍との戦いを読んでいた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


【1月3日】

 アクロの街には寄らず、ウォータール公爵家にそのまま向かう。

 先触れも出さずに伺うのはとても失礼ではあるがウォータール公爵家宗主のセフェム・ウォータールは会ってくれた。

 セフェム・ウォータールは40代くらいの細身で濃い青の髪はオールバックに整えている。


「アキさん、この度はAランク冒険者昇格おめでとうございます。ウォータール公爵家一同お祝いを申し上げます」


「ありがとうございます。ファイアール公爵家から封印のダンジョンの説明を受けてきました。早速、東の封印のダンジョンの試練を受けに来ました」


「水狼の試練ですか。水狼に認められる為には、あの天才カフェ・ウォータール並みの力が求められるかもしれません」


 カフェ並みの力量!? それにここの神獣も狼なの!?


「カフェ・ウォータール並みの力ってのは厳しそうですね。あと、ここの神獣も狼なんですか?」


「神獣の試練がどの程度かは私には分かりません。ただ黄龍討伐ができると神獣が考えたなら試練を越える事ができるはずです。あと神獣は全て狼ですね。もともとはここの大陸にいたわけでは無いようです。ここより東の島国から渡ってきたと言われています」


 そうなんだ。

 それより神獣の試練だな。


「早速、東の封印のダンジョンに行ってみます」


 東の封印のダンジョンもウォータール公爵家の屋敷の側に存在する。

 東の封印のダンジョンの入り口。

 10メトルを超える大きな両開きの扉。やはりここも扉にAランク冒険者のギルドカードを翳すと、ゆっくりと扉は開いていく。

 南の封印のダンジョンと変わらない造り。煉瓦造りで大きさは100メトル四方はある。篝火がたかれていて、部屋の中は明るい。

 正面の奥に立ち上がってこちらを見つめる大きい青色の狼がいる。


「ヌシらがBランクダンジョンを全制覇した冒険者だな。ワシは水狼だ。水を司る神獣と呼ばれている。どれ、水属性の人間はそこの男性だな。ワシに力を見せてみよ」


 水狼も太く、力強い声だった。

 サイドさんが一歩前に出る。


「何をすればよろしいのでしょうか?」


「待っておれ」


 水狼はそう言うと遠吠えを上げる。

 床から泥のゴーレムが現れる。沼の主人ダンジョンに出てきたゴーレムだ。しかし違うところがある。この泥ゴーレムはしゅう気を纏っている。


「水の属性の本質は浄化である。全てのけがれを流す事ができなければ黄龍には勝てん。この泥ゴーレムに纏わりついているしゅう気を浄化できれば試練は終了だ」


サイドさんは呪文の詠唱を始める。


【水の心、清らかな水に身体を通し毒を消せ、浄化!】


 20セチルほどの水弾が泥ゴーレムに当たる。水弾が当たる。当たったところから半径50セチルくらいのしゅう気は無くなったが、すぐにしゅう気が復活してしまう。

 もう一度試してみたが同じ事だった。


 水狼がサイドさんに話しかける。


「なんだお前はカフェが使っていた【浄化水流】は使えないのか? それが使えないと、この試練は越えられないぞ」


 ウルフ・リンカイの手紙に書いてあった【浄化水流】は誰一人として発動していない。


「以前、【浄化水流】を試してみましたが発動しませんでした」


 サイドさんが気落ちしながら答える。


「試しにワシの前で【浄化水流】をやってみろ」


 そう水狼に言われ、呪文の詠唱を始めるサイドさん。


【清らかな水、清浄なる御身をもって不浄を流せ、浄化水流!】


 やはり【浄化水流】は発動しない。

 それを見ていた水狼がサイドさんに語りかける。


「これでは発動しなくて当たり前だ。【浄化水流】の呪文の文言を良く確かめろ。【清らかな水、清浄なる御身をもって】だ。邪念があるような精神状況で発動するはずがない。精神的に落ち着いた清らかな心が無いと【浄化水流】は発動しない。悩み事でもあるのか? それをしっかりと把握して処理しないといつまで経っても【浄化水流】は発動できん。ちゃんとしてからまた来るんだな」


 水狼に言われたとおり、この日はアクロに戻り宿を取った。


 次の日も、その次の日もサイドさんは東の封印のダンジョンに通った。

 しかし進展は無かった。


 僕達はサイドさんを置いて、北のコンゴに行くかどうするか考え始める。

その時、サイドさんから後3日待ってくれと言われた。

 次の日サイドさんは実家のウォータージ家に行った。僕たちは宿で待っていた。深夜遅くに帰ってきた。

帰ってきたサイドさんはヴィア主任に話しかける。


「ヴィア主任、お願いがあるのですが。明日1日僕と付き合ってくれませんか?」


「別に良いが、それが水狼の試練に関係するのか?」


「よろしくお願いします。それでたぶん大丈夫です」


 そう言ったサイドさんは晴れやかに笑っていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 次の日、サイドさんとヴィア主任は午前中から街に出かけて行った。帰ってきたのは深夜だった。

 複雑そうな顔をしているヴィア主任、昨日より晴れやかな顔をしているサイドさん。


サイドさんは僕に明るい声で話しかける。


「明日の水狼の試練は大丈夫だと思う。期待していてくれ」


 そう言ってサイドさんは自分の部屋に入っていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 次の日の東の封印のダンジョン。サイドさんの呪文の詠唱が響く。


【清らかな水、清浄なる御身をもって不浄を流せ、浄化水流!】


 キラキラ光る水がカーテンのように広がり、しゅう気を纏った泥ゴーレムを包む。

泥ゴーレムのしゅう気は完全に消滅した。


「見事だ! これぞ【浄化水流】! カフェのものと比べても遜色無いな。これなら黄龍のしゅう気に対抗できるだろう。ワシの試練は終了だ!」


 その後、やっぱり水宮のダンジョンの宝箱から出た青玉を飲み込んで吐き出す水狼。玉には水の文字が光っていた。


 サイドさんは水狼に向かってお礼を言う。


「おかげさまで自分の悩み事がスッキリしました。これからは真っ直ぐに生きていけそうです」


「それは良かったのぉ。黄龍の討伐には期待しておるからな」

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