第116話 ミカ・エンジバーグ打倒計画第1号

「ずいぶん気合いが入っているわね」


 ミカは僕の木剣を軽くいなしながら話しかける。

 そしてムキになった僕の上段からの切り落としを軽やかに交わしながらカウンターで僕の胴を打ち込む。


「また簡単にやられちゃったな」


 僕はそうミカに言う。


「対人戦はモンスターとは違いから。アキくんはもう少し、相手を見た方が良いかも」


「僕は相手を良く見てないの?」


「そうね。アキくんの剣の使用は、今までダンジョンのモンスターと私との模擬戦くらいだから。モンスターの相手をし過ぎた弊害かも。モンスターは駆け引きしないから」


「そうなの? でも火宮のダンジョンのボスイフリートは? 凄いスピードで強い連続攻撃と体術だったよ」


「駆け引きは私がしかけたわ。どうなのかしら? ランクの高いモンスターは駆け引きするのかな?」


「するものと思って対策していた方が良いよね。じゃ、もう一本お願いします」


 そう言って模擬戦が始まった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 学校の食堂で朝食を食べる。ユリさんはまだ1週間以上しないと帰ってこない。


 接近戦の強化か。いろんな人と模擬戦するのが良いのかな? それともどこか剣術道場に通う? 騎士団の訓練に参加もあるのかな?

 学校生活で、時間が朝の鍛錬しか取れないか。休みの日を利用する?

 取り敢えず、これは検討課題だな。

 僕が【ミカ・エンジバーグ打倒計画第1号】を考えていたら、計画の当事者のミカから話しかけられた。


「今日の朝の鍛錬はアキくん、凄く気合いが入っていたけど何かあった?」


「昨日、これからの冒険を考えていてね。それにはやっぱり近距離の戦闘ができる事だから。蒼炎を使うにしても、相手に速いスピードで近寄られたら距離が取れるようにもならないと」


「私とアキくんの身体能力はあまり変わらないわ。あとは体格と技術力と経験の差ね」


「どれも一朝一夕で上手くいかないものだね。長い目で取り組むよ」


 ミカは冒険者のパートナーだ。その意識が僕は強くなっている。

 それならば譲れないものが出てくる。今に見ていろ!と思い、朝食を口に運んだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 今日は放課後に寄るところがあるからと言って、ミカを昼食後に帰宅させる。ミカは僕と一緒に行くと言ったが、僕はミカに夕食後の準備をしていて欲しいと言って強引に押し切った。

 向かうところは本屋。


 剣術道場へ通う時間が捻出できないのならば、できる事をやる。

 僕は【剣術の基礎】、【対人戦の基本】、【剣術トレーニング】の3冊の本を購入した。

 分からない事があれば本で調べるのが、一人ぼっちだった僕の基本だ。

 実はファイアール公爵家では剣術を使うことはない。

 剣術は騎士団と平民の技術と言われている。

 その為、剣術の本はファイアール公爵家にはないのだ。

 僕は【王都魔法学校指定カバン改造バージョン】に3冊の本を入れて帰宅した。


 ミカが作ってくれた夕食を食べ、すぐに自室にこもる。

 まずは【剣術の基礎】を読む。剣の握り方から書いてあった。

 剣の握りは力を入れ過ぎない。剣を振る時に剣がすっぽ抜けない程度の力で握る。上半身は力を抜く。柔らかくしなやかなイメージを持つ。剣の力は下半身で生み出す。

 木剣を取り出し自分が行っている型で違いを試してみる。

 上半身に必要なだけの力を入れて素振りをする。


 やってみるとなかなか難しい。急速なレベルアップで上がった身体能力が、今だに身体に馴染んでいない。今までの僕の剣術は身体能力に依存し過ぎていたようだ。どうしても力に頼ってしまう。


 一つ一つの動きを丁寧にして素振りをする。連続して素振りをして行くと肩に力が入ってきた。所謂、力みだ。力みはスピードを遅くし、滑らかな動きの邪魔をする。

 試行錯誤の中、僕は夢中になって木剣を振っていた。


 次の日の朝の鍛錬。昨晩の事を意識して素振りの型を行う。今までは力任せの剣だったのだろう。上半身の力を抜く事を意識しただけでスムーズに動けるようになってきた気がする。まだまだだけど。


 ミカとの模擬戦はいつも僕が攻勢をかける。モンスター戦での速攻で倒すクセなんだろう。モンスター相手ではそれでも良いかもしれないが、僕の目標はミカ・エンジバーグだ。今日はミカを良く見て、対処してみようと思った。


 模擬戦が開始される。今日は僕からは突っ込まない。ミカを良く見て対処する。ミカが動かない。こちらが焦れてくる。気がつくと肩に力が入ってきている。

 ミカが口角を上げる。その刹那突っ込んできた。確かにミカの動きは見えていた。低い姿勢で構えは下段だ。その瞬間、ミカの木剣は僕の右足を叩いていた。

 華麗だった。

 ミカは僕の視界の右下に動いた瞬間には僕の右足には痛みが走っていた。

 ミカが僕を見て口を開く。


「今日はアキくんから打ち込んでこなかったわね。上半身の力が抜けてて悪くない構えだったわ。何か心境の変化があった?」


「そんな事より、今のミカの下段からの攻撃は凄く速くなかった? 僕は身体が全然動かなかったよ」


「今まではモンスターを倒す訓練だったから。身体能力が高いため、速攻で力任せに切りつけたほうが習得が速いわ。今日のはもう一つ上の剣術ね」


「もう一つ上?」


「剣術の基本は身体の脱力と緊張をどのようにコントロールするかなの。先程の一撃は、身体の力を抜いて倒れるように踏み込んだわ。力を入れるのは最後の一瞬。その方が身体も剣速も早くなるの」


「そうなの? なんで今まで教えてくれなかったの? ミカから聞いてないよ」


「脱力と緊張は自分の身体能力をしっかりと使えないとバランスが悪くなっちゃうの。アキくんと私は、急激なレベルアップの弊害で身体能力に振り回されていたから。私もボムズに行って、レベルアップが緩やかになってから、この技術をまた使えるようになったわ」


 確かにボムズでの火宮のダンジョンのミカの動きは違っていた。

 そういえば僕が朝寝ててもミカは良く鍛錬していたな。

 うーん。ならしょうがないか。

 僕は全然身体を動かして無かったもんなぁ。

 まずは自分の身体能力に振り回されないようにするのが大事か。

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