第67話 荒ぶる蒼炎

 3月1日の朝、僕は受験に行く準備をする。午前中に記述テストと魔法実技テスト、午後から面接だった。ミカが宿にお弁当の手配をしてくれていた。


 ここの宿は王国魔法学校から近い。ゆっくり歩いていく。受験生が多い。赤色、青色、緑色、黒色の髪色ばっかり。薄い髪色の僕は目立つ。多分水属性の劣等生と思われているんだろうなぁと思った。


 僕はマジックバックに【黒龍の杖】を入れてきた。蒼炎をそのまま撃つと危険だろうなって思っている。


 始めの記述の問題は簡単だった。まぁまぁの点数は取れたと思う。帝国の学院を卒業しているミカに教わっていたから当たり前か。


 その後、魔法射撃場に移動になる。

 マジックバックから【黒龍の杖】を取り出す。隣の受験生の青色の髪色の女の子から「魔法実技テストに杖は使っちゃ駄目なのよ。募集要項に書いてあったでしょ」と言われる。僕は冷や汗が出た。

 本当に今日、ダンジョン外でそのまま蒼炎の魔法を使うのか? 一応それでも杖を使って良いと言われるかもと思い【黒龍の杖】を魔法射撃場に持っていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 まずは属性ごとに分けられる。僕は火属性のところに並ぶ。試験官に本当にここで良いのかと再三確認された。僕の順番は真ん中より後ろのほうだ。殆どの人がファイアーボールを撃っている。杖を使う人はいない。試験官が僕のところに近寄ってきた。


「君、試験に杖は使っちゃ駄目だよ、その杖は預かるからこちらによこしなさい」


 僕は焦った口調で返答した。


「この杖は魔法の威力を抑えるものです。僕の魔法は威力が凄いのでこの杖を使わせてください」


 試験官は怒った顔になった。


「そうかわかったぞ。君が以前、問い合わせをしてきた子か! 私たちが作った魔法射撃場の結界を壊せるはずがないだろ! 早くその杖を渡しなさい!」


 僕は項垂れながら【黒龍の杖】を試験官に渡した。

 どんどん試験が進んで行く。僕は死刑台に向かう心境になっている。その時歓声が上がった。


 試験官が笑顔で言った。


「15歳であれだけのファイアーランスを使えるのは素晴らしい。貫通力も高かったな」


 そのファイアーランスを撃ったのはシズカ・ファイアードだった。

 そういえば同い年だったな。

 ぼんやり考えた。


 魔法実技テストは淡々と進んでいく。もう前の受験生が魔法を撃ったあとは僕の順番だ。

 僕はもう一度試験官に懇願した。


「お願いだから先程の杖を使わせてください。ダメなら試験をダンジョン内で実施してもらえませんか?」


 試験官は舌打ちをついて僕に言った。


「そこまで言うのなら分かった」


 僕はその言葉を一瞬疑ったがありがたいと思った。しかし次の瞬間、続きの言葉を聞かされた。


「俺たちの作った結界を壊してくれるんだろ。それを見せてくれ」


 試験官はニヤついていた。

 僕は愕然とした。


 自分の番になった。身体が震えだす。本当に撃って良いのか?

 僕が固まっていると試験官から声が上がる。


「魔法を撃たないと失格になるぞ。まぁお前みたいなそんな薄汚い髪色じゃ、この名門である王国魔法学校に受かるわけがないけどな」


 まだ試験官はニヤついていた。


 こんなところでも髪色の事を言われるのか。冒険者になって良い意味でプライドが付いてきているのを感じる。

 こんな奴が作った結界? 容易く壊してやるよ。見ておけよ!


「わかりました。あなた方の結界がどれほど無意味なのかその濁った瞳に焼き付けてください!」


 何か言い返される前に50メトル離れた的に向かっていつもの呪文を詠唱する。


【焔の真理、】

 蒼い炎が右手に集まってくる!


【全てを燃やし尽くす業火、】

 集まって来た蒼い炎が回転をしながら直径20セチルくらいになる!


【蒼炎!】

 その蒼い玉が的に向かって一直線に向かう!


 ダンジョン内での杖を使わない蒼炎の有効範囲は半径3メトルほど、さてダンジョン外ではどうなる?

 僕の想定では蒼炎はダンジョンで使用した時と変わらない半径3メトルほどに広がるだろうと思った。

 僕の懸念材料は、ダンジョン内と違ってエネルギーが吸収されないこと。蒼炎の余波がどの程度なのかわからないことだった。


 蒼炎は的の中心に当たると、そこから蒼い光が広がって行く。

 予想の半径3メトルを超えたがまだ拡大する。的の後ろに張ってあった魔術結界は何の抵抗も無く蒼炎に飲み込まれて行く。


 おいおいどこまで広がるんだ。撃った自分でも考えられない広がり方だ。

 蒼炎の炎は着弾点を中心に回転をしている。蒼炎は隣りの的も飲み込んで行く。まだまだ威力がおさまっていない。

 見ている人達は誰も声を出さない。蒼炎の回転する低い唸る音だけが辺りを包んでいる。僕は予想をあまりにも超えた蒼炎の威力に呆然としてしまった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 蒼炎は半径が25メトル、直径にして50メトルの球体になって拡大するのをやめた。ここまで25メトルもあるのに熱気が凄い。拡大はやめた蒼炎だったが回転はやめない。唸る音は死の音に聞こえる。


 1番後ろで全体を見ていた責任者が大声をあげる。


「受験生を避難させろ! 水魔法を使える教員を集めてあの炎にぶち当てろ! 急げ!」


 蒼炎はまだ燃えている。もう蒼炎を撃ってから5分は超えている。僕は避難を呼びかける試験官達の声を無視して蒼炎を見ていた。


 蒼炎は怒っていた。

 全て焼き尽くす炎。

 単純に死を予感させるが、この蒼炎はそれだけじゃない。僕は死の後の生を感じていた。

 美しいとぼんやり思った。


 僕は心の中で蒼炎に謝っていた。

 いつもダンジョン内で使ってお前のエネルギーを無理矢理弱くさせてたんだな。お前は我慢していたんだな。気がつかなかったよ。

 今日は好きなだけ燃えろ! お前の真の姿を皆んなに見せてやれ!

 その気持ちに応えるように蒼炎は回転しながら唸りをあげていた。


 10分ほどで水属性の教員達が現れ、蒼炎に向かって水魔法を撃ち込み始めた。

 辺りは水蒸気に包まれた。

 魔法研究所からも助っ人が現れ総勢30人くらいの人が蒼炎に向かって水魔法を撃ち込んでいた。水魔法はすぐに水蒸気に変わるだけだった。


 僕はそれを見て馬鹿だなぁって思った。

 蒼炎は消す事なんてできない。

 蒼炎自ら消えたい時に消えるだけ。

 僕は根拠は無いが確信していた。


 水魔法を撃っていた教員達は次々とMPが切れ魔法が撃てなくなっていった。

 半刻1時間が過ぎた。教員達は既に諦めていた。蒼炎は変わらない勢いで回転している。熱気が凄い。


 僕は心の中で蒼炎に語りかけていた。

 蒼炎。お前は美しいな。いつもありがとうな。今日は満足したかい? もうそろそろ今日は終わりにしようか。


 僕の語りかけを理解したように蒼炎の回転が弱まってきた。

 そのまま蒼い炎が白い炎に変わり、しばらくすると赤い炎に変わった。回転は止まり、球体の形が崩れてきた。燃やすものが無くなっているため急激に赤い炎が弱くなってきた。


 地面は半球体で抉れている。学校関係者が手作業で水をかけている。地面が熱くなっており、表面は黒くなっているがその下は赤い溶岩状だ。

 地面が深いところで25メトルほど消失しておりその下は溶岩だ。

 これ落ち着くまでどのくらいかかるのだろうとぼんやり考えていた。


 今日の実技試験と面接は中止になった。

 王国魔法学校からは、明日の朝にこの後の試験をどうするか連絡すると言われた。


 僕も宿に戻ろうとしたが【黒龍】の杖を試験官に渡したままだと思い、その試験官を探した。魔法射撃場の隅にいるのを見つけた。僕が近寄って行くと恐怖の表情を浮かべた。

 僕が「杖を返してください」と言うと慌てて杖を持ってきて返してくれた。

 僕はこの試験官に一言言っておいてやろうと思い口を開いた。


「良かったですね。あなた方が作った結界が壊れるところが見れて」


 そう言って僕は試験会場をあとにした。

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