第16話 キツイものはキツイです

 吐いた、思いっきり吐いた。胃液も出ない位に。


 最後に生き残っていた野盗は、前からオッサンが、後ろからアリシアが、挟み撃ちにして全滅させた。


 そして、ホッとしたとたん、周りの現実に直面した。激しい吐き気が湧き起り、そしてこのザマだ。アリシアが、駆け寄って来て<ヒーリング>をかけてくれてほんと助かった。


 この<ヒーリング>、これは精霊術の一つで、エルフ族のみが持つリラクゼーション効果のある癒しの力だそうだ。アリシアと最初に会った時にもかけてくれたものだ。


「大丈夫?これで少しは落ち着くと思うわ。初めてなんでしょ。無理だとは思うんだけど、あまり思いつめないでね。」


 アリシアは、僕の素性を知ってくれている。彼女の優しさが胸に染みます。いくら精神強化されていたとしても、キツイものはやはりキツイ。これだけは、慣れたくないものだ。


 オッサンは、僕の頭をわしゃわしゃと掻き回して、無言で去っていった。オッサンなりの優しさだと思うけど、それは勘弁してほしかった。なのに、ちょっとホロリとしたのは内緒だ。


 だが、悠長にはしてられないらしい。日中の内に、ターラントへ着く為には、少し急がなければいけないようだからだ。


 アリシアの優しさのお陰で、かなり落ち着いた。その後、自分自身に<回復(小)>を使い、胃の状態もなんとか復活しました。そして自分の顔を両手でパンパンと叩いて気合をいれた。


『負けるな!蓮。気合を入れろ!』


 そう心の中で呟いた。



 オッサンが向かったのは、人質にされていた子供達の方だ。冒険者の方々によって、救出されており、なんとか命に別条はないらしい。


 人質は5人、獣人が3人、人間が2人。実はその中の一人は教師なのだとか。その人は猫獣人の女性で、体格が小柄なため子供だと思ってしまったわけだが、実は、りっぱな大人なのだそうだ。初めて見る、猫獣人さん。耳だ!耳。あまりの可愛さにちょっと感動した。


 耳を伏せて、尻尾を両手でしっかりと掴んでいる。相当怖かったんだろうな。まだまだ警戒が解けないらしい。子供達を必死に守ろうとしたのだろう、そのために怪我を負っているようだ。


 アリシアが、皆に<ヒーリング>をかけてあげて、ポーションで傷の手当をしてあげている。


 怪我の治療も終わり、キャラバン隊が待っている場所まで帰ると、一行はターラントに向けて速やかに出発した。




 馬車での移動中に、猫獣人の先生に話を聞く事にしたのだ。子供達は極度の緊張から解放され、安心したのか、皆固まってのお昼寝中で、無邪気な寝顔がとてもかわいい。助ける事ができて本当に良かった。


 猫獣人の先生も、<ヒーリング>のお陰で落ち着いたのか、連れ去られた時の状況を話してくれた。


 学校の課外授業で4人の子供を連れて、薬草の採取に行っていたそうだ。そこは普段は安全な場所のはずだったのだが、まさか野盗が現れるとは思わなかったのだとか。先生は、魔法も使えて、防御術も習得しているのだが、最初に子供を人質にとられ、手が出せなくなったと、悔し気に語る。


 野盗達の所に連れて行かれ、そこでの話をまとめると、キャラバン隊を襲う計画をしていて、その役に立つかもと思い、街に潜伏していた野盗が、街外れにいた子供達を人質にしたとの事だ。


 キャラバン隊の奇襲が成功した後は、隣の帝国に奴隷として売ると言われたそうなのだ。隣の帝国は戦争の準備をしているらしく、今、闇市場が活発に動いていて、儲け時なのだとも言っていたのだとか。


 その為、各地で村や商隊を襲っては、そこに流しているらしい。ここでも、隣国のきな臭さの影響がもろに出ているようだ。


 話を聞いた者達は、皆、渋い顔をしている。思った以上に、深刻な状況になってきているからのようだ。また、闇市場の動向も気になる。


「師匠、なんとかならないものですかね?」


「参ったな。帰ったら、即、冒険者ギルドに行くぞ。こっちも別件で色々と煩わしい報告もあるしな。それに、この件もお前のおやじに報告せんとな」




 日暮れまでに、なんとかターラントに到着した。街の周りには高い石壁がそびえ立っている。その一か所に大きな城門があり、衛兵が守っているようだ。そこで街に入る手続きをするのだが、僕の手続きは、オッサン全てしてくれたので、ほんと助かった。


 門から一歩入るとそこには、中世西洋風の街並みが広がっている。ここは東門にあたるそうだ。門の周りには、商店や出店で賑わっており、大通りが中央に向かって伸びている。大通りは石畳で、その道の両側に二階~四階建てくらいの石造りの家が立ち並んでいるのだ。人通りも多く、とても栄えている街のようだ。


 一瞬にして、僕はファンタジーの世界に入ってきてしまった。なんだかケルト音楽が頭の中に流れてきた感じがする。


 とりあえず、オッサンと冒険者パーティーの両リーダー、それと先生と生徒4人は、まずは衛兵の詰所に行って、野盗の件の報告をして来るとの事。


 そこで、アリシアと二人で、冒険者ギルドに向かうことになったのだ。


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