第16話

 コの字に建てられた団地はところどころ壁材が剥げていた。

 中央にある公園に人影を目視する。

 霊災を避けるために声掛けをしようとすると蓮がニヤリと微笑む。

 て、天使がいる。公平はしばらく呆けてしまい動けなかった。

「ヨッ、保護天使じゃん」

 保護天使? 美貌にやられ精神が彼方へ飛んでいた公平。

 半ば意識が戻った公平は疑問符を浮かべる。

「蓮か。あんたさ、公務中に通称はやめてっていってるでしょ」

「いいじゃん、保護天使。その美貌でどんな悪霊もノックアウトさせ、保護もする事務方」

「うるさい真っ白白すけ」

「あの」

「ああ、ごめんなさい。私は金原初奈きんばらういなよ事務方をしてるの」

 その笑顔は反則だろう。上手く会釈出来ているか公平は気が気でなかった。

「金原っちが出張ってくるって相当ヤバイの?」

「幽体がなぜか数体溶け合って怨霊化してるわ。私が来てもうんともすんともよ」

 やれやれと彼女は手を上げお手上げのジェスチャーをした。

「俺にいかせてよ」

「だめよ、班のメンバーを待ちなさい」

「行くよ公平」

「え?」

 強引に引っ張られ何もない公園の石畳に連れてこられた。

 すると、蓮が逐一報告してくれる。いつの間にか公平の眼になってくれていた。

 それは、三メートルはあろう黒と紫がないまぜになったガス状の異物がそこに鎮座しているそうだ。

 足がすくみ動かない。保護天使と呼ばれていた金原初奈きんばらういなの時とは訳が違う。足の裏に接着剤で固定されたように棒と化した自身の体はやがて止めようのない震えに襲われた。

「バカ、不動くん連れて行ってどうするのよ。もうすでに霊障に遭ってるじゃない」

 金原初奈きんばらういなの言葉も虚しく遠のく意識、吐き気がするけれど、もどせない苦しみに、いっそ死にたいと思いかけた瞬間。

 母の面影が脳裏に再生された。

 パチンと頬を叩かれた。途端、憑物つきものが取れたように膝から崩れ折れた。

「大丈夫か、公平?」

「ここは……」

「公平、いくら苦しくても死にたいなんて思っちゃだめだぞ」

「ああ、うん」

 あの時の気持ち、何で蓮は分かるんだ?

「バカ蓮、不動くんにはまだ早いわよ」

「洗礼は早いに越したことはないよ〜」

「まったく、大丈夫?」

 違う意味で卒倒しそうだ。正負せいふ両面の心の振り幅が大きく目がチカチカしてきた。

「れ、蓮。何で俺の気持ちが解ったんだ?」

「エニシダさんと同じく黙秘するよ〜」

 蓮はまた白い髪の毛をくるくる指に絡めて話を流した。

 バディの公平にも言えないナニカ、を蓮も抱えているようだった。

 公平はよろめきながらも、蓮の肩を強く叩く。

「痛いよ公平〜」

 肩をさすりながら蓮は屈伸をする。

「不動くんはここで待機してて」

「いくわよバカ蓮」

「へいへい、俺一人でいいのに」

「なら何で不動くんを」

「公平はいいんだよ」

「はぁ?」

 二人が掛け合いをしていると、怨霊がいると思われる地点から二人は斜めに避けた。

 まるで触手が伸びてるのを避けているような動きだ。

 蓮は猿のように身軽に避けるが、保護天使と呼ばれた金原初奈は動かない。

 公平は危ないと手を伸ばすが。

 彼女は身長程もある数珠をバッグから取り出し華麗に舞った。

 すかさず間隙を縫って蓮は拳を握って何もない所を叩く。

 「小さく縮小してるよ怨霊」

 単細胞生物のように三体に分かれたと蓮は言った。

「妙法蓮華經 方便品第二」

 金原初奈は合掌し読経し始める。数珠の擦れるジャラジャラした音が周囲に響いた。

「〜所謂諸法 如是相 如是性 如是体 如是力 如是作 如是因 如是縁 如是果 如是報 如是本末究竟等」

 金原初奈の読経の声に合わせて数珠つなぎに縛られたようだ。数珠だけが円を描いて浮いている。

 その何もない空間に御秘符ごひふを貼る。

 数珠は完全に動きを止めた。

「とりあえず終了ね。バカ蓮のせいで疲れたわ」

「一人でやりたかったな〜」

「まだ言うかこの真っ白白すけ」

 これが、心霊庁捜索課保護係としての日常。

 宮仕えは辛いかも、と。公平はため息をついて地べたに座った。

 何もできなかった慙愧の念と、終わった解放感で不動公平は長く息を吐いた。

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心霊庁捜索課保護係 ヒロロ✑ @yoshihana_myouzen

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