第3話

 案内されたのは、築年数が判らない大きな寺だった。

 砂利道を歩くと小気味好い音が鳴る。

 ここにも桜の樹が植わっていた。

昇魂寺しょうこんじだよ」

「なぜお寺なんですか?」

 上がり框で靴紐をほどきながら問う。

 明らかに年下にしか見えない大菅蓮に対して敬語を使っていた。

「固くならなくていいよ公平」

 いきなりの呼び捨て。いやさすがにフランクすぎやしないか。

「ここはある意味。現場なんだよ。省庁の建物なんて事務方しかいないよ。まぁ報告する場所に過ぎないかな」

「なるほど」

「ここで保護した霊体を供養してもらうからね、それに。皆もここにいると思うよ」

 公平は少しドキリとし足を止めた。皆というのは生きてる人ですよね? と。

 霊感がない公平にとってはまだ心霊現象や体験というのに慣れない。


 奥の本堂には、重厚な御厨子おずし。その内に板曼荼羅本尊、黒漆塗りに金箔が張られた立派な本尊だった。中央に南無妙法蓮華經の文字が刻まれていた。

 思わず公平は手を合わせる。

 こっちだよ公平。蓮の呼びかけにすごすごとさらに奥へ進んだ。

 寒い。

 十二畳ほどの部屋に野太いコード、ケーブルが所狭しと鎮座していた。

 見上げるとモニターは暗転している。

「ほらほら、挨拶だよ公平」

「は、はじめまして不動公平ふどうこうへいです」

 反応はなく、お笑いでいう滑ったような静けさが漂う。

「ああそうか、エニシダさんて名前を言わないとだめだよ」

 クスクス笑う蓮に、少し苛立ちながら。

「え、エニシダさん」

「はい、エニシダですご要件は?」

 合成音声にしては妙に滑らかな滑舌だった。

「は、はじめまして不動公平です」

 ピロンとモニター横のスピーカーから電子音が流れる。

「はい不動公平さん、存じております。新年度から心霊庁に入庁された方ですね」

「そ、そこなんだけど、何で総務省消防庁じゃなくて心霊庁なの?」

「……黙秘します」

 ええ〜、AIが黙秘って。ナニ? さらに畳み掛けて二の句を告げようとしたら蓮が割り込んで言った。

「エニシダさん、近くに犬とラジオは居る?」

「功徳市東区の駅裏商店街にてランチ中です」

「ありがとう、やっぱりか」

「行こう公平」

 公平は、何が何やら解らないまま腕を引っ張られてまた本堂まで来た。

 すると、ヤクザも逃げ出すような反社会的勢力の人物が手を合わせている。

 多分だが、いや間違いなく昔、殺めた人を回向してるんだきっと。ゴクリと唾を飲む。

「おい大菅、お前また一人で捜索してたな……って」

「オッス欣志きんじさん、ぬふふ。これが一人に見えますかな」

「ありえねぇ、大菅が人と一緒にいる」

 いや、普通いるだろう。人と。

 それよりもこの反社会的オーラ出しまくりの人は。

鬼迫欣志おにさこきんじだ。新入りが来るって上からの引き継ぎは受けてるぞ」

 疑念が湧いた瞬間の返答に少し面食らった。

「ふ、不動公平です。よろしくお願い致します」

 頭を下げたら、髪の毛をワシャワシャされた。犬か猫かよ内心でツッコム。

 こっそり蓮が、「この人は顔は怖いけどパーフェクトヒューマンだから」と耳打ちしてくれた。

 パーフェクトヒューマンて……この人が?

「さっそくだ、丁度いい。二人はもう組んじまえ。初任務を言い渡す」

 え? いきなり?

「今は猫の手も借りたいんだ、それに俺達の仕事は机の上にはない」

 体育会系なのか。心霊庁って。

「じゃあ行こうよ公平」

 蓮はまるで遊びに行くようなテンションだった。

 A4のプリントを渡されて、二人はまた昇魂寺しょうこんじを出た。

 寺には鬼迫以外、誰も居なかった。

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